第42話 戦力差を埋めるにはまずは油断から
『苗床さん、そこの角を左に曲がってください』
「え?」
『つけられてんな。数は二人ってとこだ』
「まッ?!」
現在、僕らは昼食を取るため、いつもの“とんでも亭”へ向かっている最中だ。が、穏やかじゃない雰囲気になってしまった。
僕は緊張から早歩きになって、姉者さんに言われた通り角を左に曲がった。大通りを曲がった所は人気が無く、昼間だというのに日の当たらない、少し湿度を感じさせるジメッとした建物と建物の間の細い道である。
「もしかして闇奴隷商?」
『の可能性が高いな』
『尾行が下手くそですから、大した実力は無いと思いますが』
僕はその尾行に気づかなかったけどね。ちなみに僕の隣にはルホスちゃんも居る。この子をまた攫いに来たのかな。
「わ、我も気づいていたぞ!」
「『『......。』』」
付き合いが長い訳じゃないけど子供特有の嘘はあっさり見抜かれるものだ。
「どうする? テキトーな魔法を使ってアーレスさんに知らせる?」
『それでもかまいませんが、以前、地下で魔法を使っても、あの女騎士来ませんでしたよね』
『この
じゃあ、いつか来るか、という期待より僕らで取っ捕まえて衛兵に引き渡した方が無難か。
「ルホスちゃん、多分揉め事になると思うけど、自己防衛を第一優先にしてね?」
「スズキは大丈夫なのか?」
『あーしらがついてんだからへーきよ』
『お、案の定相手も曲がってきました』
僕はルホスちゃんを背で隠すようにし、彼女を追ってきた奴らから遮るような態勢を取った。いくら人目の無い場所だからって即攻めてくるとはね。
そして僕は追手たちにシニカルな笑みを浮かべて語った。
「ふ、その下手くそな尾行で僕に気づかれないとでも?」
「「っ?!」」
「『『......。』』」
ごめんね。そんな引かないでよ、三人共。言ってみたかっただけなんだよ。
振り返ればそこに居たのは二人の男である。一人は小柄で、もう一人はその男性と比較して筋肉質な巨漢だった。
「バレちまったのなら仕方ねぇな」
「あんちゃん、そこに居るガキはどこで見つけた? それと地下での件に覚えはねぇか?」
「さぁ? 氷漬けにされてたり、炭と化したおっさんが居たのは覚えているけど」
「......なるほどな。じゃあ殺すしかねぇ」
「あいつらは仲間って訳じゃねぇけど仕事だからな。てめぇには死んでもらうぞ」
「はは。できたらいいね」
「「っ?! 殺す!!」
大の大人が子供相手に血相を変えて飛びかかってきた。
煽るだけ煽ったんであとは魔族姉妹に任せよう。
「二人共! オナシャスッ!!」
『おめぇーなぁ......』
『はぁ。まぁ、いつものことです。【
「わ、我も戦うぞ!」
いや、君は下がってて? 何があるかわかんないんだし、敵と同様に宿主である僕にも優しくない魔族姉妹の魔法が君を巻き込むかもしれないんだから。
僕は生成された鉄鎖を振り回した。
「死ねッ!!」
「ぐッ!」
小柄の男の方が僕に接近して短剣で斬りつけてきた。対する僕は先程生成された鉄鎖を両手で掴み、引き伸ばした状態で刃を受け止める。
「妹者さん! あのバフスキルお願い!」
『ええー。あんな話したのにすぐ頼るのかよー』
『妹者、ルホスちゃんも居ますし、できるだけ早く事を済ませたいのでお願いします』
バフスキルとは妹者さんが今まで僕に偽ってた彼女の【固有錬成】のことである。肉体調整がスキル内容で、それは損傷した肉体を回復させるだけでなく、身体能力を引き上げることができるらしい。
「なに独り言してんだ! このガキがッ!」
小柄な男に続いて巨漢が僕目掛けてメリケンサックのような物を両手に嵌めて襲ってきた。殴られたら絶対痛いヤツだ。
『わーったよ。【固有錬成:祝福調和】』
「うおおぉぉおおぉぉお!! 力が漲ってきたぁあああ!!」
「うおッ?! なんだこいつ急に強くなって―――」
身体の内から熱い何かがこみ上げってきて―――
「「「......ない?」」」
僕と悪漢たちがハモる。
あれれ? スキル発動したよね? 漲ってきたと思ったら以前とあんま変わらない感じがするんだけど。
「驚かすんじゃねーぞ! このクソガキがッ!!」
「ねぶしゃッ?!」
僕は小柄の男から腹部に蹴りを食らって後方に吹っ飛んだ。
「ちょ、なに?! 全然強化されてなくない?!」
『いや、強化してんぞ。微々たるもんだけどな』
「だから今更そんな微調整みたいな強化いいから! あいつらを圧倒できるくらいのパワーアップをしてほしいんですけど!」
『ばーろ。前にも言ったろ? 上限があんだよ』
“上限”?!
「妹者さんの【固有錬成】には制限が無いんじゃないの?!」
『それは条件を満たしていれば制限なく発動できることだ。あたしが言ってんのは発動じゃなくて効果の制限だ』
“効果の制限”ってなに?! 身体能力をめちゃくちゃ強化できるって話じゃなかったっけ?!
『苗床さん。妹者の【固有錬成:祝福調和】でできることは肉体の状態の調整です。その調整はなにも上限なく強化し続けることではありません』
「と言いますと?!」
『上限幅があんだよ。その範囲内なら、いくらでも肉体の状態の調整の上げ下げができる』
『そしてその上限幅を決めるのは対象の身体能力が上限となります』
「っ?!」
『つまりあいつらを圧倒できるような膂力は得られねーってことよ』
ちょ、それめっちゃ重要なことじゃん。なんで僕にそれ言わなかったの......。
じゃあ僕があんまり強化されていないと感じたのは、奴らの身体能力の上限が僕とあまり大差無かったからか。逆に以前戦ったあのラスボスリッチやトノサマゴブリン戦では、身体能力が僕より圧倒的に上だったから僕と差が大きかったんだ。
というか、その上限はどうやって相手の身体能力を測っているのかな。
「おら! 逃げてんじゃねーよ!」
「くっ! でもそのスキルがあれば、とりあえず身体能力の面に置いては互角にできるってことでしょ?!」
『おうよ! 要は戦闘の“釣り合い”よ!』
『今度はこちらから仕掛けますよ。【冷血魔法:氷壁】』
姉者さんが行使した魔法により、この細道の出入り口を塞ぐように、氷の壁が五メートル程の高さで生成された。
これには二つの目的がある。一つは奴らの退路を断つこと。
そしてもう一つは、
「はッ! 馬鹿がッ! これで逃げられねーぞ! 【雷電魔法:雷槍】!」
『狙い撃つぜッ! 【紅焔魔法:螺旋火槍】!!』
魔族姉妹から放たれる馬鹿みたいな火力の魔法によって齎される周囲への被害を最小限にするためだ。
小柄の男が放った雷属性の魔法は槍のように細長く、雷のように発光しながら僕らへと飛来してきた。
対して、僕の右手からは宿主の安否無視の火属性の槍である。お陰様で右腕が焦げ臭いよ……。槍というジャンルで括るならば同じだが、纏う魔力量が違う。
雷の槍と火の槍が正面衝突する。
「んなッ?! 押し負け―――」
【螺旋火槍】はその名の通り、螺旋状の槍だ。螺旋故に貫通力に優れる。相手の雷の槍なんかで勢いは弱まらないし、止められない。
そしてそのまま着弾し、
「ぐあぁあぁああああぁあ!!」
「ルーカス!!」
ルーカスと呼ばれる小柄の男はその一撃を喰らって戦闘不能になった。
ちょ、死んでないよね? 今回は生け捕りにする予定なんだからさ。
「す、凄い威力だな。まぁ、我ほどじゃないが」
「ルホスちゃん、まだ戦闘は終わっていないから下がってて」
連れがやられたからか、巨漢の方は先程までの感情に任せた攻撃をしなくなり、僕から距離を取った。
「よくもルーカスをッ! 本当は使いたくなかったが、仕方ねぇ!」
「「『『?』』」」
僕らは巨漢が次に何をするか注意しながら、態勢を崩さずに待機した。
相手は懐から拳ほどの大きさの黒色の結晶石を取り出した。そしてそれが紫檀色の輝きを放ち始める。
「おらよッ!」
『『っ?!』』
「ぐッ?! あ、アレは?!」
「え?! なに?! 皆どうしたの?!」
奴の手にある結晶石が光り出した途端に、魔族姉妹、ルホスちゃんの様子がおかしくなった。僕は何ともないけど。
ど、どうしたの、急に。
『あの結晶石のせいか、あたしらの魔力がアレに吸収されていやがる!』
『......。』
「あ、アレだ! 我が奴隷商に捕まったときもアレを使われた!」
「はぁ?!」
あの黒色の結晶石は、ルホスちゃんから聞いた話では、たしか魔力を吸収したり、魔法を使えなくさせたりする効果があるとのこと。
「ははははは! ざまぁねぇな! 喰らえッ!」
「っ?! ルホスちゃん!」
巨漢が小柄の男から取り上げた短剣を、ルホスちゃん目掛けて投げてきた。奴らにとって彼女は、商品だから僕を無視して攻撃してくるとは思っていなかったので、完全にノーマークであった。
僕は未だ絶不調のルホスちゃんを守るべく、身を挺して庇った。戦闘は終わっていないと言っているのにこっちに来るからだ。
肉壁とも言えるその行為は相手が放った短剣を背中に直撃してしまうことを意味する。
「ぐッ!」
「す、スズキッ!!」
『ちぃッ! 【固有錬成:祝福調和】!』
幸い貫通することは無かったのでルホスちゃんに怪我は無い。
「なんで回復魔法が使えんだよッ!」
『姉者! 鈴木! 魔法の調子がわりぃから姉者の【固有錬成】と肉弾戦でいくぞ!』
「わかった!」
『......はい』
僕は左手から生成された鉄鎖を武器に、巨漢に接近した。相手もこれに応じ、両手に嵌めたメリケンサックで迎え撃ってきた。
が、姉者さんの鉄鎖をぶつければ、強制的に魔力を根こそぎ吸収してくれるので、魔力切れまで追い込めば僕らの勝ちが確定する。
「死ねッ! 死ねッ!」
「んぐッ! うおりゃッ!」
「んだ?! 鎖巻きつけたくらいで―――ッ?!」
接近を試みる僕に乱打を浴びせるが、妹者さんに回復をしてもらいながら構わず突き進む。そして十分な距離に近づいた僕は鉄鎖を投げて巨漢の腹部に巻きつけた。
「魔力が吸われるッ?!」
「そっちもしたでしょ!」
魔力が鉄鎖に吸われることを実感して巨漢の男は攻撃を中断した。その隙を見て僕は全力で顔面を殴りつけた。体格差からアッパーパンチのようになったが、僕の拳はちゃんと相手の顎を捉えていて、【祝福調和】のおかげで普段の僕以上の膂力を発揮した。
「がッ?!」
『まだ吸われている上に、魔法は威力が落ちるけど使えんな。この一撃で仕留めてやるよ! 【烈火魔法:
「うがぁぁあぁああああ!!」
至近距離で鎖を伝って火属性魔法が放たれたことにより、眼前の巨漢は引火して全身が炎に包まれた。
そしてあっという間に火は消えて、姿を表したのは巨漢の焦げ臭い裸体だった。見た感じ息はしているみたいだから生け捕り成功だろう。
「ふぅーこれで終わったかぁ」
『姉者の鉄鎖でこいつら縛るか』
『ええ。その後はあの魔力を吸収する結晶石を回収しましょう』
今回も特に苦戦することなく倒せたな。何度か死にかけたけど、ビスコロラッチとかいうラスボスリッチとの戦闘と比べたら序の口だ。
魔族姉妹が有能でほんっと助かる。
「あ、ルホスちゃん。もう隠れなくていいよ?」
僕はルホスちゃんに戦闘が終わったことを伝えて振り返ろうとした。
が、
「へぇー。この魔族の子、“ルホス”って言うんだ」
「『『っ?!』』」
振り返った先に居たのは、気を失っているルホスちゃんを抱えている見知らぬ男性だ。男性と判断できたのは、中肉中背でも体格的に判断できたからだ。
僕が気づけなかったのはまだいいとして、魔族姉妹が驚いた様子ってことは声をかけられるまで気配を感じなかったってことだ。
「こんにちは」
「だ、誰だ?! ルホスちゃんを放せ!」
「挨拶くらい返してほしいんだけど」
男は角が生えた仮面を被っていて外套に身を包んでいた。その仮面はどこか牛のようなデザインを思わせる。
「まぁいいさ。私は<
そして仮面越しで表情は見えなくても、不敵な笑みを浮かべていることだけは声色でわかってしまった。
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