第41話 実はあたしは・・・
「お、おい! 妹者がなんか“赤色”だ!」
『う、嘘なんか吐いてねーよ!』
『もうあなた黙ってなさい......』
現在、僕らは王都周辺の森の中にて騒ぎを起こしている。原因はなんかルホスちゃんの嘘発見器みたいな【固有錬成】のおかげで、妹者さんが何かやらかしたことが発覚した。
僕も他人事とは思えないので気になる。
「【身体能力強化魔法】の話をスズキが二人に聞いたときに、我の【固有錬成】が反応したぞ」
「“赤色”って嘘吐いているって意味だよね?」
『はぁ。実はあたしの【固有錬成】は――』
『ちょ、ちょっと! 本気で話す気ですか?!』
左手が右手の言葉を大声で遮った。
これに対して僕とルホスちゃんは姉者さんの大声により驚いてしまった。め、珍しく声を張り上げたな......。
『黙っておくって話でしたよね?』
『いずれ話さなきゃなんねーことじゃねーか』
『で、ですが』
『姉者、鈴木を全部信用しろとは言わねーが、少しくらい信じてもいいんじゃねーか?』
『......。』
『このまま黙ってんと、もしもってときに状況と思考が追いつかずに力が発揮できねーかもしれねー。あのクソリッチのときも危なかったんだぜ?』
なんの話をしているんだろう。“状況と思考が追いつかずに”ってなに? どんな“状況”でどんな“思考”よ。
「く、クソリッチ......」
「......。」
ルホスちゃんはお爺ちゃんのことをクソリッチと言われてショックを受けているし。
ごめんね? 僕ら君のお爺ちゃんに殺されかけたから、これくらい許して。
『鈴木、今から言うことを怒って当然のことだし、許されざる事実だ』
「う、うん」
右手が真剣な面持ちで僕を見上げる。口だけになに“真剣な面持ち”とか言ってんだろ、僕。
『......やっぱ素直に話すから怒らないでくんね?』
「子供か」
『だって話すと怒りそうだし』
「子供か」
『や、やっぱやめとく』
「子供か」
そこまで言って逃げるのはズルいって。気になるじゃん。
「はぁ。どういう内容かわからないけど、今こうして健康に生きているんだし、多少のことは水に流すよ」
『妹者、言うなら言うで早くしてください』
『ああー! もうわーったよ! えっとな、あーしの【固有錬成】は実は【回復】だけじゃねー』
「「っ?!」」
まさかのスキル内容の詐欺ですか。
「とりあえず言いたいこと全部言って」
が、僕は一瞬驚きはしたものの、さほど動揺していない。嘘に気づいていた訳ではないけど、それでもまだ落ち着いていられるくらいの余裕は残っていた。
『おう、あんがとな。結論から言うとあーしの【固有錬成】は回復とは少し違って肉体調整を発動する』
「“肉体調整”?」
『ああ。使用条件は以前話した通りだ。内容は、例えばお前が怪我をしたとする。私の【固有錬成】にはその傷を癒やす......というよりは“元通りに調整する”、だ』
「うんうん」
“元通りに調整する”って言うのが、そのまんまの意味なら使用条件として、対象の情報を得る必要があるのは納得がいく。以前、ルホスちゃんに身長やら体重やら一通りの情報が必要だって言っていたのは、その情報が“元通りに調整する”のきっかけになるんだろう。
『損傷をしたことをマイナスだとすると、回復はプラスだな。そのマイナスと同じ量のプラスで中和、つまりゼロに戻す』
「回復と違う、とは?」
そう聞いた僕だが、少し回復と肉体調整の違いがわかってきたぞ。
回復がゼロを目標として、ゼロに戻すためのプラスの効果をもたらすならば、肉体調整は―――
『肉体調整、つまりその調整幅は損傷というマイナスの要素が掻き消して、ゼロを超えて十にも百にも調整が可能だ』
「......。」
なるほど。この内容を聞いては僕が怒ってもおかしくない。というか、普通に怒って当然だ。
怒っていい理由は簡単。今までの戦闘で僕は何度も死にかけた。その度に肉体調整ができる力があるのに......十にも百にも強化せず、ゼロで止めていたんだ。
それだけじゃない。
『それだけじゃねー』
「その0の値に戻すのを【回復】と称して、地味に少しだけ肉体を強化して上手い具合に、一とか二まで底上げしたんでしょ。さっきのゴブリン戦みたいに」
『......ああ』
「僕にバレない程度にね」
『その通りだ。つっても、ある制限があって無限に強化することはできねーがな。どっちみちその肉体の強化が――』
「強化が僕の本来の力だと過信してもらえる程に調整した、と言えばいいのかな」
『......。』
僕が知らないことを良いことに、肉体調整で少しだけ僕の膂力をイジったんだ。
というか、“回復”という概念も肉体の調整で補えるのか。
「で、なんでそんな大切なこと黙ってたの?」
『それはあなたとは直接関係ありませんが、私たちの以前の宿主に関係します』
「っ?!」
僕が初めてじゃないのッ?! なんかちょっと変態チックなこと思っちゃったけど、気にしないようにしよう。
お、驚いたな。僕に寄生する前に他の人にも寄生していたなんて。
『詳細は語る必要がありませんが』
『姉者』
『......苗床さんと共通しているのは日本人というとこのみです』
「え?! 僕と同じ日本人?! ってことはその人も異世界人扱い?!」
『おう。名は石川なんとか』
「名前重要じゃん」
『私たちと同じくその女性も【ネームロスの呪い】で思い出せません』
「あ、そうなの。というか女性なんだ」
僕にとってその女性は宿主の先輩になるのか。
ちなみに隣に居るルホスちゃんを見やると、僕たちの話がつまらないのか、眠たそうに大きく欠伸をしている。彼女にとっては誰が嘘を吐いたかが気になっていたことで、話の内容までは興味が無いらしい。
『その女に寄生してこっちの世界に来て、いろんなとこを旅した』
「そうなんだ」
『ちなみにその石川という女性が初めての寄生先です』
「で? なんでその人から離れて僕に寄生したの?」
『『......。』』
ちょ、黙ってたら埒が明かないよ。
『最初は普通だった』
「は?」
『彼女......石川さんはあなたのように優しい方でした』
『あたしらも生きていくためにそいつに協力したし、実際楽しい生活を送っていたから自然と石川に惹かれた』
『でも彼女は途中から少しずつ、本当に少しずつ強欲に、傲慢になっていきました』
「え、なんで?」
『それは力を何一つ持っていない彼女が』
『自分には力があると錯覚をしちまったからだ』
「......。」
そう......か。きっと魔族姉妹も初めての寄生ということもあって、全力で異世界人である石川さんをサポートしたのだろう。それで大抵のことはなんでもできるんだと思い込んでしまったのか。
『そう錯覚させちまったのはあたしらの責任だ』
『何も考えず、ただただ思うがまま力を使ってきました』
「僕と同じように人選には“記憶”を覗いて判断したんでしょ?」
『ええ。優しくて、気さくで良い子でした。寄生先に選んだものも仰る通り、記憶から判断しました』
『性格に難がありそうな奴は短慮になって、なんかしちまうかもしれねーから選ばなかったわ』
「じゃあなんで......」
と、僕は言いかけたが、口だけの両手が歯を食いしばっていたのに気づいた。
『良い野郎だとは思ったが、戦闘の場面やこの世界の住人と関わる度に変わっていった』
『原因は、肉体は回復できても理不尽に痛みを与えられたことや、護りたい思う人たちからの裏切り』
「......。」
『当時、戦争中ということもあって、殺戮された者たちの顔と殺戮した者たちの顔が入り混じった環境に、彼女は置かれていました。私たちと違って生まれて十数年という若さが......あまりにも脆かった』
『なんつーのかなー。無責任な言い方すると......運が悪かったんだよ』
「......それらが石川さんを変えたんだね」
君らが招いた結果、石川さんが変わったんだなんて言えない。責める義務が僕には無い。この話を聞いたとしても、きっとこれは上っ面だけの内容でしかないからだ。
そして君らのせいじゃないと容易く声をかけることも、同じく僕にはできない。
その結果は魔族姉妹が望んだ結果じゃないことくらいしか、今の僕にはわからない。
「それで石川さんは......変わってしまった石川さんはどうなったの?」
『......ただただ悪人と感じた者を殺していったよ。有無を言わさずにな』
『悪人が消えれば世界は救われる、という最悪な思考が芽生えてしまいました』
「今は?」
『もう居ない。あたしらが殺した』
『最後には彼女が護ってきたものを、彼女自身で壊してしまいそうでしたから』
淡々と二人はそのことを語った。魔族姉妹にとって以前の宿主はきっと大切な人だったのだろう。
そうか、姉妹たちで宿主を殺したんだ。
「結局君らの目的に向けて、こうして僕がこの世界に来たんだ。もしかしたら石川さんみたいになるかもしれないね」
『そうならないように嘘吐いてたんだよ』
『巻き込んだ私たちが全面的に悪いので、罵倒されようとかまいません』
「僕が君らに罵詈雑言を浴びせたところで何か変わる?」
『『......。』』
魔族姉妹の目的は自身の名前と肉体を取り戻すことだ。その過程で石川さんという女性は、ある意味被害者になったのかもしれない。
僕は黙る二人を無視して言葉を続ける。
「こっちの世界に来て数ヶ月が経った。日頃君らと居るんだから多少なりとも二人がどんな性格なのかは知っているつもりだよ」
『『......。』』
「今後何に巻き込まれるか、僕がどうなるかなんてわかんないし、魔族姉妹に殺されたくもない」
『鈴木......』
『......ならどうしますか?』
「結局このまま付き合っていくしかないんだ。答えは簡単じゃん」
『『?』』
僕は不意打ちで少し強めに拍手した。
『いっつッ?!』
『な、何するんですか?!』
二人は僕がこんなことするなんて思わなかったのだろう。僕にとって拍手とは魔族姉妹のお互いの顔面をぶつける行為に等しいからね。痛いはずである。
「これで許してあげよう」
『んだとてめぇー!』
『真面目な話をしているんですよ?!』
「......僕は石川さんじゃないからわかんないけど、おかしくならないように気をつけるよ。死にたくないし、君らに殺させたくない」
『っ?!............あっそ』
『......なら私たちができることは協力することに出し惜しみしないことですね』
それでいいと思う。どっちにしろ全滅が一番避けたいことなんだから。この話はここまでにしようと僕は姉者さんの言葉に返答はしなかった。
今までずっと黙って、僕らの会話が終わるのを待っていたルホスちゃんを見ると、眠たそうに欠伸をしていた。
「ふぁーあ。終わったか?」
「すごい欠伸。別にいいけど他人事のように言うよね」
「我が会話に入る必要無いし」
それもそうか。
僕らはゴブリンから核を回収して王都へと戻ることにした。が、道中足取りを止めた者が居る。ルホスちゃんだ。
「世界だの、狂人と化しただの......話は我にはよくわからなかったけど......スズキはスズキでしょ?」
「? うん」
「姉者も姉者でしょ?」
『ええ』
「妹者も」
『おう』
さっきの僕たちの会話のことかな。ルホスちゃんが気にするようなことじゃないんだけど、なにか気になったことでもあったのかな?
その質問の本質もルホスちゃんの【固有錬成】で何かわかるのかもしれない。
彼女は真っ赤な瞳で僕を真っ直ぐ見つめた。
「じゃあずっと、ずーっと仲良くしていようよ!」
「『『......。』』」
僕たちにそう訴える彼女の声は―――とても寂しそうだった。彼女とは数日の付き合いで、しばらく一緒に居るとは言っても、ずっと居る訳じゃない。
いや、期間は関係ないか。ルホスちゃんは今を大切にしたいんだ。僕たちと居る今を。
これからどうなるかなんて話で、多少なりとも暗い雰囲気になっちゃったから気にしているのかな。
「当然だよ。これもなんかの縁だ、これからも僕ら皆仲良しさ」
『あたぼーよ。喧嘩や言い合いになることはあるかもしんねーが、それも仲が良い証拠なんだぜ?』
『ほら、さっさと王都に戻りますよ。ルホスちゃんが野宿するにはまだ早いでしょうし』
「だ、だから我を子供扱いするなッ!」
こうして僕らは道中、今後の課題や世間話でもしながら王都へ戻った。
そして僕は内心、魔族姉妹がこれから各々の身体を取り戻すには、必ず戦闘といった脅威になる壁が立ちはだかることを確信したのであった。
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