閑話 [ザック]上官はスパルタだが、悪魔ではない

 「タフティスさん......遅いですね」


 「総隊長と呼べ」


 「す、すみません!」


 アーレスさんに早々怒られた俺の名はザック。しがない騎士だ。


 今日の午後は緊急で国軍会議が開かれる。俺とアーレスさんが居るこの会議室には、この国のお偉いさんが集まっていて、予定のメンツが揃えばすぐにでも始まるのだが、重要人物である騎士団総隊長のタフティスさんがまだ来ていない。


 え? 俺がなんでここに居るかって? 俺はアーレスさんの付き人的な感じでここに居る。一応、これでも所属部隊は第一部隊のもんだし。


 「タフティスのことだからその辺で油を売っていることだろう」


 「アイツほんっと自覚無さすぎ」


 俺の目の前に座っているアーレスさんの向かいには、第二、第三部隊の隊長が同じく席についていた。


 前者は第二部隊隊長でマイケルさんといい、二十代後半の男性で、俺なんかよりも若くて部下からの信頼も厚い人だ。


 後者は第三部隊隊長でエマさんといい、初老の女性騎士だ。怒るとめっちゃ怖いと聞いた。


 この場に居るのは俺のように副隊長の付き人や、指揮官、捜査機関の連中など総勢十五名の騎士たちが集まっている。


 「ザッコ、あのティスはどれくらい遅刻している?」


 ザッです。


 大物たちを見物していたら、全身甲冑の姿のアーレスさんが背中越しに俺にそう聞いてきた。俺は腕時計で時間を確認する。


 てか、“クソティス”って......。一応あんたの上司に該当する人でしょう。


 「三十分くらいですかね?」


 「“くらい”?」


 「二十七分も待たせています!」


 意図してなめた口になったわけじゃないけど、アーレスさんを怒らせたら大変だ。


 ちなみに、アーレスさんの階級は、以前は隊長だったが、今は副隊長を担っている。第一部隊隊長は別に居るのだが、今日は別件でこの場には居ないのでアーレスさんがその代理だ。


 「ふッ。ザック、聞いたぞ? お前ら第一部隊のくせに、フグウルフに苦戦したんだってな」


 先程口を開いたマイケルさんが俺をからかってきた。


 アーレスさんの前でそんなこと言うなんて......。わざとだろうけど勘弁してほしいものだ。


 「もーそれやめてくださいよー」


 「かッー! だらしないねぇ」


 「まぁ、お前ら第一部隊は近接戦特化のゴリ押し部隊だもんな」


 エマさんも会話に混ざってきた。


 ちなみにうちの騎士団は全部隊比較的仲が良い。だから上下関係を軽く見て、つい砕けた口調になってしまう。こんな騎士団があっていいのかって話。


 「ええ、だから近づこうとしたんですけど、斬るとあいつらの有害な体液がかかるじゃないですか。おまけにすばしっこいから斬るのに神経つかいますし」


 「なんだ、まだ毒耐性つけていないのか」


 「アーレスの教育不足じゃないのかねぇ?」


 「日頃から口を酸っぱくして言っているつもりだ。毒食らったくらいで腹を壊すのは、鍛え方がなっていないからだ。もっと腹筋しろ」


 「「「......。」」」


 うちの副隊長、普段はこんな脳筋じゃないんですよ? ちゃんと知的な面もあります。


 そう内心でフォローさせていただきますが。


 フグウルフねぇ.....。そういえばあんときはナエドコに助けられたっけか。......そもそもアレは助けられたのか? 山火事起こしやがって......。


 『バンッ!』


 「おいっすー! めんご、待たせちったー?」


 「「「「「......。」」」」」


 「すみません! 何度も言い聞かせたのですが、全然ここに向かってくれなくて!」


 勢いよく開かれた扉と同時に、反省の色の無い総隊長タフティスさんと、その補佐役を常日頃担っているローガンさんが入室してきた。


 タフティスさんは相変わらずでけぇな。ゴリゴリマッチョだし、アレで鎧を身に纏っていたら、まさしく騎士のそれだよ。


 その総隊長の片手には紙袋が抱えられていた。


 「はぁ。毎度毎度総隊長が遅刻しちゃ下のモンに示しがつかないよ」


 「全くだ」


 呆れ顔で第二、第三部隊の隊長が言う。


 「わりぃわりぃ。ほら、差し入れのメロンパン」


 「「「「要らん」」」」


 「貰おう」


 この場に居る全員が口を揃えて総隊長の差し入れを拒むが、若干一名、第一部隊副隊長が貰おうとしている。


 あんた、甘いもの大好きだもんね......。


 「皆もアーレスくらい素直な方がいいぞ!」


 「勘違いするな。この場に居る全員がその差し入れを拒めば食料が無駄になる」


 「え? そんな気遣いいいんですけど。俺が後で全部食べます」


 「......。」


 「嘘です。だから剣先をこっちに向けないで」


 「私以外全員要らないと言ったから、私が全部引き取ろう」


 半ば強引にうちの副隊長は総隊長からメロンパンの入った紙袋を奪い取った。その声は少し満足気に聞こえてくるが、如何せんこの人は頭にヘルムを被っているので表情はわからない。


 せっかくの美人さんが台無しだな。


 「んおっほん!! 総隊長、会議を始めますよ」


 「うぃ」


 なに馬鹿やってんだか。この国大丈夫かよ。お偉いさんが青筋立ててるぞ。


 「では昨日、捜査機関から報告があった内容の確認からだ。すでに各部隊に通達したと思うが現在、王都では―――」


 こうして待ちに待った国軍会議がやっと始まったのであった。



*****



 「以上で会議を終了します。現状では事細かな情報は無いので、それぞれの部隊で臨機応変に対応してください」


 「うぃ」


 「了解した」


 「いつも通りだね」


 会議はものの二時間程度で終わりを迎えた。それぞれの部隊の隊長が課せられた指示に相槌を打つ。


 「む? 終わったか?」


 「「「「......。」」」」


 すみません、うちの副隊長は会議の後半、タフティスさんの差し入れから放たれる香りのせいで、メロンパンが頭から離れていなかったみたいです。


 「ぶははははは! そんなにメロンパンが食べたかったのかよ!」


 「ザック、あとは頼んだぞ」


 「ザックを連れてこさせて正解だったね」


 「あい」


 俺のこの返答を最後に、ほとんどの人はこの場を後にした。


 隊長と俺も他の隊に伝えるため屯所へ帰ることにした。


 「今回の会議もあまりこれといった情報は無かったな。時間を無駄にした」


 「そうですね」


 「そもそも会議が長い」


 「そうですね」


 「ザッコ、私が何を言いたいかわかるな」


 「後で今回の会議の書類をまとめておきますのでお目通しください」


 「うむ。メロンパンをやろう」


 「あ、はい」


 俺は副隊長からメロンパンを一ついただいた。


 道中、今回の会議について文句を言う隊長だったが、これは俺へのお願いでもある。会議の話を半分聞いていなかった証拠とも言う。


 「む?」


 「どうなされました?」


 歩く足を止めた副隊長が懐から何か小道具を取り出した。


 「それって......」


 「監視対象用に持たせた探知魔法具サイトフォーンの親機だ。今反応したな」


 探知魔法具サイトフォーンと呼ばれる魔法具は二つの使い道があり、一つは俺ら騎士の連絡手段、もう一つは監視対象の人物に持たせて、魔法の発動および現在地などを把握するために使う。


 今回は後者で、今のところ持たせている要注意人物は童て―――ナエドコだけだ。


 「ナエドコに何かあったんですかね?」


 「知らん。とりあえず現場に向かうぞ」


 ああー、仕事が増えるー。



*****



 「アレは......」


 「ザコ少年君だな。私が贔屓している食堂で呑気に食事をしている」


 見ればわかりますね、監視対象は食事中です。


 移動を続けるナエドコを追っていたが、今は“とんでも亭”と呼ばれる飲食店の窓ガラス付近に居る。


 外からナエドコの様子を伺うためだ。


 「特に何も無さそうですね」


 「ああ」


 「とりあえず、監視対象が魔法を行使したんですし、事情聴取でもします?」


 俺はマニュアル通りの対応を隊長に尋ねた。


 が、隊長はヘルムの顎部分に手を当てて考え事をしている。


 「いや、いい。引き返すぞ」


 「え? いいんですか?」


 「ああ。見ろ、ザコ少年君と同席している子を」


 そう言われて俺はナエドコの席の近くを見た。


 そこには豪快に食事をしている黒髪の少女が居た。な、ナエドコ、てめぇ童貞だからって、まさかそんな幼い子に貢いでワンチャン狙ってんのか。見損なったぞ。


 「あれ? あの子の格好は......」


 「おそらく奴隷だろう。あの様子だけで判断するならば、ザコ少年君があの子のために何らかの魔法を行使したように思える」


 なるほど。見れば黒髪の少女は所々汚れていて、服装もズタボロだ。首輪をしていないのが気になるが、奴隷なんだろう。


 そしてあんな小さな子が奴隷にまで成り下がるのは稀なケースだ。


 正式な奴隷商が関わっているなら、例えばあの少女が殺人をしたとか、窃盗を繰り返したとかじゃないと犯罪者にはなれない。


 可能性で言うならば、の話だがな。


 そんでもってその可能性ついでに言うならば―――


 「“闇奴隷商”ですか」


 「その線が濃厚だ。現状の王都では裏で取引している貴族が居ると報告が上がっている」


 「怖いもの知らずですね」


 騎士団の俺らが居るのに、よくまぁ王都で違法奴隷売買するもんだ。早く居場所を突き止めて取っ捕まえねーと。


 「ナエドコはあの子を助けたんですかね?」


 「さぁな。まぁ、あの少女の顔を見れば、そうなのかもしれない」


 たしかに楽しそうに食事しているな。とてもじゃないがお先真っ暗な奴隷がする顔じゃない。


 「でしたら、ナエドコなら闇奴隷商の住処を知っているかもしれませんよ」


 「ならば、いずれザコ少年君から報告してくるだろう」


 「......今聞かなくていいんですか?」


 「それはあの子の笑顔を絶えさせてまですることか?」


 ああーこれだよ、これ。隊長のこういう地味な優しさが普段の厳しさとギャップがあって堪んねーんだよなー。


 俺ら部下にもあの少女みたいな扱いしてくれないかな。うーん、なんと言えばいいのかね。


 「案外、そのメロンパンと引き換えに、雰囲気を壊さずに情報を引き出せるかもしれませんよ?」


 「冗談はよせ。これは私のメロンパンだ」


 「......。」


 そう、うちの隊長はスパルタだが悪魔ではないんだ。


 甘党なだけ(笑)。

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