第37話 二人は半分魔族
「はむ! んぐ! もぐもぐ」
「『『......。』』」
「おかわり!」
現在、僕らと魔族の女の子は飲食店の“とんでも亭”にて夕飯をとっている。この魔族の子、名前はまだわからないけど、さっきまで奴隷商に捕まっていた子である。
夕食時だからか、店内は人で賑わっていた。ここに通い始めてから思うんだけど、毎晩飲み食いで馬鹿騒ぎする連中がやたらと多い。活気があって何よりだ。
というか、めっちゃ食うな、この子......。
お金足りるかな......。
「雑炊ってメニューに無いかな......」
『んなもんここにある訳ねーだろ』
『まぁ、今の時点で大人十人前は余裕で食べていますからね。お財布の中身が心配です』
「お、おかわり!」
ああー、はいはい。僕は店員さんを呼んでテキトーに何品か注文する。
まだ目の前の少女の名前すらわからないのに、僕らは彼女に従って追加注文せざるを得ない。わかるのはお会計時の金額がシャレにならんことくらいだ。
魔族の子は追加した注文の品が届くまで暇なのか、お行儀よく座って待っている。
僕を睨んで。
「あの」
「『『?』』」
お、やっと食べること以外で口を開いたな。
「デザートはプリンが良いんだけど」
「......。」
こいつッ!!
まぁ、別に良いけどさ。
「わかったよ。もう好きなように食べて」
『どーせ後で鈴木が稼ぐからな』
『腹話術で』
なんでそっち。ギルドのクエストでいいじゃん。
魔族の女の子は今度は僕をじっと見つめてきた。
見た目は小学生高学年くらいだろうか。この子の腰の長さまである黒色の髪は日本人の僕にとっては普通なんだけど、この世界ではちょっと珍しい方らしい。そして特徴的なのは真っ赤な瞳である。万〇鏡写輪眼使えそう。
ちなみにさっきまで地下に僕らと居た時は、彼女の額に黒光りの角が二本生えていたんだけど、どういう訳か今は引っ込んでいるので、この容姿だけ見れば普通に可愛らしい女の子である。
「......なんで私――我を助けたの?」
「え? ああ、君のお爺ちゃんから頼まれてさ」
「お爺ちゃんがッ?!」
ロリっ子魔族ちゃんがテーブルを乗り出す勢いで僕に接近してきた。“ロリっ子魔族”とか言ってごめんね。名前わかんないんだもん。
あと一人称言い直して“我”なのね。よくわからん背伸びしている感じがちょっと可愛い。
「うん。偶然この国の周辺で会ってさ、なんか戦う羽目になったんだけど手も足も出なくてね。今回の件は僕を見逃してくれる代わりの依頼だよ」
「でしょ! 我のお爺ちゃんは強いんだから!」
「うんうん。大体の事情は聞いたから、あとは君をお爺ちゃんの元へ送るだけ」
「......。」
「どうしたの?」
お爺ちゃんの話になったらめっちゃ元気になったのに、急に暗くなってどうしたのだろう。
「......せっかくお外に出られたんだから、もうちょっと冒険したい」
「ちょ、君、さっきまで奴隷商に酷い目に遭わされたじゃん......」
「で、でも!」
“でも”じゃないでしょ。君があの男二人に連れ去られる前に助けられたことは、本当に運が良かったんだ。きっとあの感じだと、まだこの国に違法奴隷の組織は居る。ならまたこの子が襲われるかもしれないんだ。
僕はそのことを目の前の子に言った。
「お、お前はお爺ちゃんと戦って生き残ったんだよな?」
「いやまぁ、手加減されてね?」
「お爺ちゃんがそうしたってことはお前に見込みがあるからだよ! なら我の護衛をしてもいいでしょ!」
見た目小学生の子に上から目線で言われたんですけど。
「護衛の問題じゃないから!」
「我の身が安全なら、お爺ちゃんも文句を言わないし大丈夫だって!」
「君に何かあったら僕らが殺されちゃうんだって!」
この食堂は人で賑わっているので、周りの客も騒がしいが、僕たちの声も負けず劣らずと大声になったしまった。しかし先程頼んだ追加の料理が来たことにより、互いに冷静さを取り戻す。
そこまでして外の世界に興味があるって好奇心旺盛だなぁ。
『しゃーねーから、この会話が他所の連中に聞かれないように、半径一メートルくらいで結界張ってやんよ。姉者が』
『私ですか。まぁ、いいですけど』
「ありがと。そもそも君は蛮魔の子だよね? なんで奴隷商なんかに捕まるの? そんなにあの連中強かった?」
「わ、私―――じゃなくて、我の正体を知っているの?! 我の本来の力が発揮できれば、あの程度の奴隷商なんかに負けない!」
「どういうこと?」
「......なんか変な魔法具を使われて、思うように魔法が使えなかった」
『そんな魔法具あったっけ?』
『さぁ? 私たちもこの世界に来るの久しぶりですし、文化が発展したんじゃないですかね』
魔族姉妹も検討がつかないみたい。
「なんだろうね。魔法を阻害する魔法具みたいなもんかな? そんなの可能なの?」
『可能......ですね。魔法の行使はどこまで簡略化、応用化しても結局は術式の集まりですので、そこを崩せば発動は不可能です』
『が、その術式に使用者以外の他人が魔法具なんかで干渉できるなんて聞いたことねーぞ』
「......。」
へぇー。もしそれが可能だったら、肉弾戦か固有錬成を頼るしか手段が無いよね。
「さっきから聞こうか迷ってたんだけど、なんで両手に話しかけているの?」
「え?」
『そりゃあ、あたしらの声は例の魔法で聞こえないようにしているからな』
だから声隠すなよッ!! 僕が変人みたいに思われるじゃん!
『勘違いしないでくださいよ? 段取りを持って説明しないと事態に収集がつかないじゃないですか』
「本音は?」
『苗床さんが変人認定されると反応が面白いので』
“本音は?”って聞いたら、微塵も隠さずに言うよね。許さんけど。
僕は隠す方が面倒事になりそうと思い、目の前の少女に両手の口を見せた。魔族姉妹は例の魔法を解いて口を開く。
「っ?!」
「この手のひらの口との会話は、ある魔法で他人には聞こえないようにしているんだけど......独り言じゃないからね?」
『ちわーす、ガキンチョ』
『こんばんは、蛮魔の親を持つお嬢さん』
ロリっ子魔族は僕の両手を見て食欲が失せたのか、今まで絶え間なく続けていた食事を止めて絶句した。
「き、きも......」
『てめぇーぶち殺すぞッ!!』
『こう見えて元の姿はすっごい美人なんですよ?』
姉者さんは大人の対応(?)をするが、一方の妹者さんは小学生相手にブチギレである。
「“元の姿”?」
『訳あって、こいつの身体に寄生してんだ』
『ちなみにあなたの親と同じように私たちも“蛮魔”です』
「“蛮魔”ッ?!」
『おう。リスペクトしろ』
『こらこら。ところであなたは蛮魔の子と聞きました。両親とも蛮魔ですか?』
「......ううん。ママだけ」
『父ちゃんはちげーのか?』
『まぁ、体内の魔力的に純粋な魔族のそれじゃなさそうなので、ハーフ魔族ってわかっていましたが......』
“ハーフ魔族”って。僕も体内に君らの核があるわけだし、半分魔族みたいなもんなのかな?
すると、ロリっ子魔族はどこか落ち込んだ様子で、眼の前の料理を見つめていることに気づく。
「わかんない」
「『『?』』」
「ママはレイプされて私を産んだってお爺ちゃんから聞いた」
ちょ、これ聞かなかった方がいいヤツじゃん。一人称戻ってるし。
つーかなんちゅーことを孫娘に教えてんだよ、あのクソリッチ。
『店長ぉぉおお!! プリン十人前頼むッ!!』
『さ、美味しい物を食べて嫌なことは忘れましょう』
「え、あ、うん。食べる」
魔族姉妹も聞くに堪えなかったのか、とりあえず目の前の女の子を元気づけるべく追加注文をした。もちろん、注文する際には魔法で僕の声を真似ている。
『ガキンチョ、しかたねぇーから、あたしらがしばらく面倒見てやんよ』
「え、いいの?!」
「ちょ」
『良い機会ですし、外の世界を学んでも罰は当たらないでしょう』
そんでもって魔族姉妹はあっさりOK出しちゃってるし。どんだけチョロいんだ。
この子のこれまでの境遇が不幸なことばかりであったとしても、今回の件は僕らの命にも関わることだし、それ以上にこのままロリっ娘魔族を王都に居させちゃ危ないと思うんだけど。
どこに奴隷商の輩が居るかわからないし。
『さて、まずはその奴隷の服をなんとかしないといけませんね』
『おい、鈴木! この後服屋行くぞ!』
「“スズキ”? お前の名前?」
「そ、僕の名前。っていうか、この時間帯じゃ、どこの服屋も開いてないでしょ」
というか、食事代だけじゃないの? この子の服も買わないと駄目なの?
......駄目だよね。ええ、はい。見るからに奴隷って感じで布面積も厚みも無いから目立つし、このままじゃ可哀想だよね。
でもお金が......。
「わ、我は別にこのままでもいい」
『金の心配か? 気にすんな。鈴木が稼ぐからよ。黒歴史で』
『ええ、そうですよ。女の子らしくお洒落でもしましょう』
「......。」
この魔族姉妹の食費を削ればいっか。食わなくても生きていける連中なんだし。
ロリっ子魔族は食事が一通り終わったのか、豪快に食べていたので汚れてしまった口を、自身が身に纏っている薄布で乱暴に拭った。
「あ、そうだ。しばらく一緒に居るんだろうし、軽く自己紹介でもしようか」
『あーしは妹者。火属性の魔法が得意だ。“妹者ねーちゃん”って呼んでいいぞ』
『私は姉者と言います。氷属性魔法が得意ですね。“姉者お姉さま”って呼んでください』
“妹者ねーちゃん”という矛盾。
“姉者お姉さま”という重複。
僕も魔族姉妹に続いて名前や年齢などをロリっ子魔族に伝えた。
「我はルホス! 蛮魔のママの娘で、最強のお爺ちゃんの孫娘!」
そう声を大にして宣言した魔族の少女はルホスという名前らしい。可愛らしく片手にピースをして満面の笑みである。
「これからよろしくッ! スズキ! 姉者! 妹者!」
「うん、よろしく」
『よろ』
『よろしくお願いします』
ただでさえ騒がしい僕の日常が、これから更に騒がしくなりそうな予感がしたのであった。
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