第35話 作戦はピンチに陥っても遂行せよ

 「さて、さっそく奴隷商に行って調査を始めようか!」


 『なんだ、珍しくやる気じゃねーか』


 『無理もありません。きっと奴隷商で気に入った女性が居れば購入する気でしょう』


 し、ししししねーよ!!


 現在、僕らは安宿にて出かける支度をしている。出かける目的は例の誘拐された魔族の子を探すためだ。時間帯にして昼過ぎである。


 『あーしらが居るのになんで他の女に目移りすんだよ』


 「決して下心があるから奴隷商に行きたい訳じゃないけど、君ら魔族姉妹は僕に何か女性としてシたことある?」


 『うっわ。両手に何を求めてるんですか』


 「都合の良い時に主張を変えるよね」


 『ま、鈴木があたしらのこと好きだってことはよーくわかってっからよ!』


 『妹者、いい加減に目を覚ましなさい』


 これにはさすがの僕でも姉者さんと同意見だ。ラスボスリッチとの一戦からなんか変に距離が近いんだよな。元から結構フレンドリーな感じだったけど、今は特に接近してくる感じ。


 その証拠が謎の“鈴木”呼び。


 いや、謎では無いんだけど、もう捨てた名だよ。‟童貞”呼び どこ行ったって話。


 『はッ! 至って正常だわ!』


 「.....ちょっと聞きたいんだけど、妹者さん、なんで僕のことを急に“鈴木”って呼び始めたの?」


 『え? 以前から呼んでたじゃねーか』


 それは無理があると思うんですけど。


 一体全体、どこをどう判断して自分を正常と判断したのだろうか。


 『まぁ、そのうちまた“童貞”呼びに戻りますよ。気を取り直しましょう』


 「いや、別に鈴木が嫌な訳じゃないからね? ちょっと急すぎというか、今更というか.....」


 『ああ? んだよ、“童貞”って呼ばれんの嫌だったんじゃねーのかよ』


 普通に嫌です。鈴木でお願いします。


 『さて、話は変わりますが、魔族の子を探すのにコレを使いたいと思います』


 話を変えてきた姉者さんがズボンのポケットから金色の指輪を取り出した。この指輪はたしかラスボスリッチから預かったものだよね。


 『機能は話しましたよね? 実はつい先程、この魔道具に魔力を少し多めに流してみたんです』


 「色が変わるだけじゃないの?」


 『まぁ、見てください』


 そう言って、左手を前に突き出して親指と人差し指に挟んでいる指輪を部屋の壁に向けた。


 「っ?! こ、これはッ?!」


 魔力を込めたかどうかなんて僕にはわからないけど、姉者さんが魔力を込めた途端、指輪の中に埋められている宝石が緑色に光り出して、レーザーポインターのように一本の光線を放出した。


 『実はこの魔道具には、魔族の子が居る場所の方角を示す機能があるんじゃないかと思います』


 『実際に行ってみねーとわかんねーけどな』


 「そ、そんな.....」


 『ほら、左手わたしが左側に腕を動かしても、光線の向きは変わっていないでしょう?』


 『とりあえず、このレーザーの方角を中心に調べていくか』


 「これじゃあ.....」


 『『?』』


 「これじゃあ楽しみにしていた奴隷商にいけないじゃないかッ!!」


 『『.....。』』


 正式に売買されている奴隷商とか気になってたし、商品として売られているヒトが綺麗な女性だったら~って期待していたのにッ!!


 「この方角じゃあ、以前話し合っていた奴隷商は無いよ?!」


 『どれだけ奴隷商に行きたかったんですか.....』


 『ほら、馬鹿言ってないでさっさと行くぞ、


 「.....あい」


 ‟童貞”呼びに戻っているし。



*****



 『また壁ですか。右に曲がりましょう』


 「直線状で示してくれるのはいいんだけど、壁やら曲がり角に突き当ると迂回しなきゃだから面倒だね」


 『まぁ、贅沢を言ってらんねーからな』


 現在、僕らは目的の魔族の子を見つけるため、王都内で探し回っているところだ。姉者さん曰く、この指輪がその子の場所を示しているようなので、レーザーポインターが示す方向に沿ってただ進むだけだ。


 「っ?!」


 「お?」


 指輪だけに注目して歩いていたら人とぶつかってしまった。これにより僕は尻餅をつく羽目になる。


 「す、すみません。お怪我はありませんか?」


 「おう。こっちこそわりぃな。大丈夫か?」


 「ええ――――えッ?!」


 差し伸ばされた手を握って起こしてもらった僕は、ぶつかった人を視界に入れて驚く。


 「で、でか......」


 「? ああ、よく言われる。がははは!」


 ぶつかった人は男性で、二メートルにも及ぶ身長に加えてゴリゴリのマッチョだった。歳は三十代前半だろうか、特徴的なのは紺色の髪がロングヘアで前髪をヘアピンで留めている点だろう。


 そして何より驚くべき点は背負っている大剣だ。ただでさえ目の前の巨漢はバカでかいのに、その大剣は柄も含めてそれ以上の大きさを誇る。


 「ちゃんと前見て歩けよ? 俺も人のこと言えんが」


 「は、はい。ではこれで―――」


 「タフティス隊長! こんなところでなに油売っているんですか!」


 立ち去ろうとしたら横から怒鳴り声が聞こえた。見れば全身に鎧を纏っている男性が居た。


 「おう。ちょっとした事故があってたな」


 「言い訳は後で聞きますから! さ、国軍会議の開始まで時間がありませんので向かいますよ!」


 「うへぇー。俺、あんま頭使うのヤなんだよねー」


 「あなたそれでも騎士団総隊長ですか......」


 驚いた。タフティスと呼ばれるこのおっさんは騎士団総隊長なんだ。鎧とか一切身に纏ってないけど......。階級的にあのアーレスさんより上なのかな?


 「じゃあな、坊主」


 「あ、はい」


 「?」


 部下と思しき騎士さんは僕とタフティスさんが話していた理由を知らない。騎士団総隊長とかなんか恐れ多いので早く立ち去りたい気持ちに駆られる。


 僕は回れ右して早く逃げようとした。


 が、


 「坊主、指輪に魔力を込めるのは良いが、込めすぎたら、その探知魔法具サイトフォーンが反応するぞ」


 「『『っ?!』』」


 「サイトフォーン? なぜその少年が?」


 は?! なんでポケットの中に入れておいた緑色の宝石があることを知っているんだ?!


 サイトフォーンはアーレスさんから所持を強要された物で、魔力を派手に使わなければ認識されない魔法具だ。そして僕の葉子機にあたり、親機の魔法具で監視できる。


 「はは、んな警戒すんなよ。アーレスの野郎の得意な監視技だ。お前さんみたいに怪しい奴は探知魔法具サイトフォーンを持たせるんだ」


 「......なぜ所持がわかったのですか?」


 「なに。そのサイトフォーンの親機の一つを俺が持っていて、常に魔力を流して要注意人物共を監視しているからよ」


 持ってんのアーレスさんだけじゃないのかよ。


 「ってことは、ぶつかったのも故意ですか」


 「親切心からだぜ?」


 物は言いようだな。


 その言葉を最後に僕は騎士さんたちと別れた。当然、魔力を込めすぎないように忠告されても、僕にはさっぱりなので魔族姉妹に任せるしかない。


 「騎士団総隊長ってことはやっぱり凄い人なのかな」


 『そりゃあそーだろ』


 『ほら、時間を無駄にはできませんよ。早く探しましょう』


 姉者さんにそう言われて、僕らは探索を再開した。タフティスさんにぶつかってから魔族姉妹がだんまりだったのは、きっとあの人の実力を見通してのことだろう。


 慎重なことでなにより。アーレスさんみたいに魔族姉妹の声を隠す魔法を使ってもバレちゃうかもしれないしね。


 「あ、気になったことがあるんだけど」


 『『?』』


 「あのリッチ.....ビスコロラッチさんと戦ったときに僕から妹者さんの核が離れたよね?」


 『ええ、そうですね』


 『傷一つねぇーから安心しろ』


 「あ、うん。でね、怒らないで聞いてほしいんだけど、その際、『核はお前の生命に直結している』って言ってたじゃん? 変な話、二人のうち、いや三人のうちどの核が死んでも、残りの核が生きていれば僕は死なないの?」


 『『......。』』


 僕は歩きながら二人に話の続きをする。


 「核を取り出せることはあの戦いで可能だってわかった。僕の身体に姉者さんの核は残っていて、妹者さんのは無かった。僕が気を失った......というか死にかけた理由は腹部にあいた穴のせい。つまり失血死だよ。妹者さんは関係無い」


 『......そうですね。私たちの核がどれか一つでも苗床さんの身体に残っていれば死ぬことはありません』


 『加えて言うなら、どちらかというと、お前よりあたしらの方が身体から離れたら危ねー。そこまで行くと時間の問題だしな』


 「最大二個の核を取り出せる。そして君らは僕が宿主であるから殺されないように立ち回るし、殺せない」


 『んだ、あたしらが邪魔な存在のように聞こえるな』


 『得策じゃありませんね。私たちが居なければあなたは何度も死んでいましたよ?』


 「あ、うん? “邪魔”?」


 『『え?』』


 「え?」


 『『え?』』


 いや、だから何? ちょっと君ら勘違いしていない?


 「いやいやいやいや。なんでそうなるの?」


 『違うのか?』


 「全然違うよッ!!」


 僕はつい両手に怒鳴ってしまった。行き交う人たちが僕を奇異な目で見る。


 「たしかに君らは鬱陶しい存在だけど、それ以上に君らの存在に感謝している」


 『『......。』』


 「僕は戦いには役に立てないけど、もしこれ以上核を失うような状況に陥った場合、僕は少しでも生き残る......逃げることを選ぶ」


 本当はこんなこと聞きたくなかった。三姉妹のうち誰かが死んだらなんて話題をしたくはなかった。


 でもそれ以上に僕は真実を知りたい。核を一つ失っても僕は死なないなら、僕は何としてでも生き残る手段を選ぶ。残された姉妹の手助けをしたい。きっと死んだ核も......それを望んでいるはずだ。 


 『あたしらのことを想って....か』


 『ふふ。苗床さんらしくないですね』


 「はは、単純に死にたくないだけだよ」


 『そういうことにしといてあげます』


 『鈴木は素直な奴だと思ってたんだけどなー』


 「う、うるさいな」


 僕が照れくさく言うと、姉者さんから声が上がった。


 『あ、ちょ、止まってください!』


 「え? うん」


 姉者さんに言われて立ち止まった僕は何事かと思って左手を見た。


 『こ、この金色の指輪の宝石を見てください』


 「『っ?!』」


 見れば左手に着けている指輪の宝石の色が――


 「『『あ、赤色になっとる......』』」


 やべぇ、僕ら全員生命の危機だよ。

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