第33話 [姉者]姉者としての
『なぜそれを私たちがしなければならないのですか?』
『拒否すれば、せっかく助かった命をまた失う羽目になルぞ』
現在、私たちは先程まで交戦していたリッチと交渉(?)をしています。
『‟お嬢”ってのはなんだ?』
『血縁関係は無いが、儂の可愛い孫ヨ』
『リッチの“孫”? なぜ王都に?』
『儂、放任主義なんじゃケど、孫娘が森を歩いていたら奴隷商人に捕まったみたいなんだよネ』
この骨、戦ったときと比べて態度が軽いですね。腹が立ちますが、現状の私たちでは目の前のリッチに勝てませんし、大人しく話を聞きましょう。
『あなたが奴隷商人から連れ戻さなくていいのですか?』
『王都に潜入して人間にバレることなく成すことはできる。が、先も言ったように放任主義だから、孫娘が勝手に出歩いて捕まっタのなら、儂は出過ぎた真似はせん』
『可愛い孫娘なんだろ』
『なんというかのぉ.....。少し前までは過保護だったんじゃけど、それでは立派な魔族にならんとある者から言われて放任主義に転じタんよ』
『『.....。』』
リッチが......見た目骨だけの野郎がなんか保護者面してますよ。
『まぁ、あの子が今は無事だから、こうシて落ち着いている訳なんじゃが』
『‟無事”? なぜそう思うのです?』
『あの子に持たせている魔道具で現状を把握できるからネ』
キモイですね。放任主義とか言っておいて、孫娘を監視しているじゃないですか。プライバシーもクソも無いとは可哀想に。
こんなこと間違ってもこの骨には言えませんけど。あとついでに苗床さんにも。
『この魔道具がソレじゃ。主らにコレと同じよウな物を渡すから、孫娘の居場所を特定して救い出せ』
そう言って、リッチは私たちに金色の指輪の形を模した魔道具を渡してきました。
『なんであたしらが.....』
『拒否権はありません。きっと私たちがその場しのぎで頷いても、嘘だとわかったら殺しに来るのでしょう?』
『ほっほっほっほ。そノ通り』
いずれにしても拒否権が無いなら、殺されなければ、この依頼を受けてもいいでしょう。
そもそも王都では許可されていない奴隷売買は禁止されています。あの騎士連中の協力も見込めますし、事を運ぶのはそう難しくないはずです。
『では決まリじゃな』
『その孫娘とやらの特徴は?』
『おいおい。マジで引き受けんのかよ』
『可愛いとしか.....。背丈も儂の腰辺りカな。ああ、それとおでこに二本の角が生えトるかもしれない』
『なるほど』
『奴隷商に捕まってんだろ? なら酷い扱い受けてるかもなー』
こ、こら。煽るようなことを言うのはやめなさい。あなた、さっき死にかけたでしょう。
『さっきも言ったように、この
なるほど。今は緑色の宝石になっているから安定していると。おそらく持ち主の‟状態”というのは、利用者の肉体、魔力が安定しているから‟緑色”と判定されているのでしょう。
『それじゃ、アとは頼むよ』
『ちょ、おい! 助け出したらどうすんだよ!』
『まだその子をどこに連れていけばいいのか聞いていません』
『ああ、まぁ、奴隷商から解放してくれれば、それデええよ』
『『.....。』』
放任主義ってこんな感じなんですかね? とてもじゃないですが、先程口にしていた「過保護だった~」が信じられません。
可愛い子には旅をさせよと言いますが、孫娘を心配している様子ではないですよ、コレ。
『テキトーに後で儂が迎えに行ったり、場所を指定したりスるから』
『はぁ』
『保護者として最悪だな』
だからそういうこと言わないの!!
『儂が今回の件でそこまで躍起になっておラんのは、単純にお嬢の身の安全が保障されているからじゃ』
『『?』』
『知らんデええ』
囚われの身である孫娘が安全? 何を言っているんですか、この骨は。
『ああ、それと』
『まだ何か?』
『早く用件を言えよ』
『お嬢はとある‟蛮魔”の娘でもある。丁重に接セよ?』
『『っ?!』』
ば、‟蛮魔”の親を持つ子ッ?!!
『ほほ。腐っても魔族ということか.....。蛮魔を知っているのは、大半が魔族の間だけじゃ』
『.....他種族では呼ばれ方が違いますからね』
『蛮魔.....か』
蛮魔。かつて起きた種族戦争で知れ渡った名称ですね。個体数は未知数ですが、非常に少なく、同時にその希少性に反し、歴史が今も尚語り継がれているということは、生存力に長けている証拠です。
その生存力には地位や権力、将又、戦闘能力など多岐に渡ります。
要するに蛮魔とは、その生命体一つで戦況をひっくり返す程の力を秘めている者のことを差します。
『常軌を逸した能力をソれぞれが持ち、自身の種族のために使わず、他の種族のために使い、母国を裏切っタ』
『魔族の間ではソレを‟蛮魔”と言います。そして逆に救われた種族、特に人間族の間では―――』
『“英魔”と称されている.....だな』
そう、人々にとってはその“蛮魔”の存在が英雄に見えたからこそ、称えられる魔族です。
『ところでリッチさん。あなたの容姿から察するに、魔族側の味方ですよね?』
『それな。なんで魔族が嫌う“蛮魔”の娘の保護者をすんだ?』
『ほっほっほっほ。単純に“英魔”だの‟蛮魔”だの、どうでもイイからじゃ。儂、種族戦争トか興味無かったし』
でしょうね。もしあなたのようなリッチが参戦していたら、当時、戦場のど真ん中に居た私たち姉妹が気づかない訳無いですし。
“蛮魔”だからといって差別しないのであれば、もし私たちが数少ないうちの“蛮魔”の一人だと知られても問題なさそうです。おそらくですが。
と言っても、それは秘密事項ですので口にはしませんが。
『そレと儂の名はビスコロラッチじゃ。お嬢にそう言えバわかるだろう』
『『......。』』
『こちらが名乗ったのじゃカら、そっちも名乗らんかい』
『......【ネームロスの呪い】の影響で本名はわかりませんが、姉者です』
『同じく、妹者だ』
『変わった愛称ネ』
とりあえず一通りの交渉は終わったことですし、もう解放されたと思っていいんでしょうか。
『じゃ。儂、帰るカら。達者でな』
『『......。』』
骨のくせによくまぁペラペラと......。
リッチは黒い霧に包まれて姿を消しました。おそらく【転移魔法】でも使ったのでしょう。あんな【転移魔法】は見たこともありませんが。
『行ったな』
『ええ』
こうして地獄の時間が終わって、やっと自由の身となった私たちは、互いに命に別状はないことを安堵しながら、今後の予定について話し合いました。
『こいつ、起きねーな』
『無理もありません、怪我は完治しても、相当に精神的苦痛を受けてましたから』
『そうか.....』
苗床さんは未だフルチン姿でうつ伏せになっています。
『彼が眠っているこの状態なら、私たちに身体の支配権があるんですし、場所移しますか?』
『いや、どうせこんな夜遅くじゃ王都には入れないし、森はどこ行っても変わんねーだろ』
『じゃあ彼が起きるのを待ちますか』
それにしても苗床さんはよく頑張りましたね。土手っ腹に大きな穴があいても尚、あのリッチに抵抗したのですから。
『起きたらいい子いい子してあげましょう』
『......。』
『妹者?』
『あ、いや、そうだな! それがいい!』
え、いったいどうしちゃったんですか。いつもの妹者なら『んな必要ねーよ!』とか『甘やかすな!』とか言うはずなのに。
それにさっきから様子がおかしいような......。
『どこか調子が悪いんですか?』
『な、なんでそう思うんだ?』
『いやだって、あなた、普段、苗床さんには厳しいじゃないですか』
『うっ。その、なんというか......あたしの核がこいつから離れている状態でも』
『“でも”?』
『こいつがあの骨野郎に抗っている声は聞こえていたんだよ』
ああー、なるほど、それで。
たしかに私たちの核は肉体から離れたからといってすぐに死ぬ訳ではありませんから、意識はあるんですし、そりゃあ会話は聞こえてましたよね。
『今まであたしらが言葉にしてこなかったことを、こいつはちゃんと気づいていて、それを優しさと勘違いしてやがる』
『ふふ。勘違いですか? まぁ、でも鈍感ではなかったですね』
『そ、それにあーしらのこと、けっこー好きなんだなって』
『............え?』
『あ、あんなに熱烈に求められても.....えへへ』
『ちょ!』
本当にどうしちゃったんですか?!
そのツンデレ具合は私たち姉妹だけにしか見せないヤツじゃないですか!
『しっかりしてください! きっと先の攻撃で核が少し傷ついたのでしょう?!』
『なんでそうなるんだよッ!! つーか、姉者はこいつの言動に感動しなかったのかよ!』
『べ、別に』
『“別に”?!』
こうして暫し苗床さんが起きるまで、私たち姉妹は互いの価値観の差異を討論するのでした。
な、苗床さんのどこに魅力があるんですかね? ちょっとお姉ちゃん、よくわからないです。
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