第32話 本当の死と偽り
「かはッ」
『む? 【紅焔魔法】ト【凍結魔法】の上級を並列発動か』
僕は前方へ崩れるようにして倒れた。
原因は胴体に空いた大きな穴である。内臓が丸っきり無いのか。どくどくと血が僕の体内から流れ出ていく。
『尤も、儂には通用せんかっタがな』
痛い....とかもう無いな。こんな風穴空いたらもう一分ともたないだろう。
『苗床さん! 起きてください! 気を失っては駄目です!』
「あ.......ねじゃ....さん」
そうだよ。妹者さんが治してくれるまで意識を手放しちゃ駄目だ。
ああー、早く治してよ。
僕は虚ろな眼差しで右手を見た。
「いもじゃ..........さん?」
が、そこにはいつも煩くて仕方がなかった口が無かった。
「出できて.....早く治して....よ」
『違います! 先の攻撃であなたの体内から妹者の核が追い出されました!!』
妹者さんの核が? だから回復されなかったのか。
..................そうか。じゃあやっとあの口うるさい魔族から解放されたんだ。
「........どこ...なの?」
『起きなさい!!』
姉者さんがなんか怒鳴ってるけど、段々意識が遠のいている気がするから上手く聞き取れないや。
『な...さん!! 起きて.....も者...さい!!』
ごめん。胴体に穴が空いてるんだ。そりゃあ死ぬよ。
本当にごめん。こんな頼りない....弱い宿主......で。
*****
『お? 小僧は死んダか。呆気なイのぉ』
『よくも! よくも二人を!!』
『む? 貴様、なぜ左手に口がアる? もしや核はまだ生きてイるのか?』
『殺す! 絶対に殺す!』
リッチはそう問うが、左手からは期待していた返事は無かった。いつもの穏やかな話し方ではないことなど、初対面であるリッチにはわかる筈もない。
左手、姉者がこうして生きているのは、苗床が死んでも十数分は生きていられるからという猶予があったからだ。
つまり姉者の核はまだ苗床の中にあり、宿主の生命力を吸って生きられる。一方、右手に宿っていた妹者の核は苗床の体内ではなく、外に落ちていた。
核を強制的に体内から追い出しても、まだ妹者は死んでいない。と言っても、それはあと数分の話である。
『二人。二人。二人.......。ほうほう! ナるほど! コレか!』
『っ?!』
一人燥ぐリッチは苗床が倒れた後方十数メートル先に落ちていた真っ赤な宝石を見つけて拾い上げた。
妹者が【回復】を使えなかったのは、宿主である苗床から離れてしまったことから条件を満たせなかったからだ。
宝石を手にしたリッチは月明かりにそれを照らして鑑賞をする。
『この核が小僧の強サの秘訣か』
『返せッ!! それを今すぐ私に返せ!』
『ヤじゃ。その前に質問に答えんかい』
『っ?!.............そ、そうだ! 早くこの身体に帰さないと妹が死んでしまう! 私の大切な妹がッ!!』
『この核は魔族ノ核.......‟魔核”か?』
『そうだ! いい加減にしろ! じゃないと貴様に死が恋しくなるほどの苦しみを与えてやる!』
『お願いすル態度がなっとらんよ?』
左手しか自由に動かせない姉者にとって、まさに絶望的な状況だった。敵に返せと乞うのはどうかしている。普段の彼女ならば、そのような愚行はしないが、藁にも縋る思いで妹の心配をするしか術が残されていない。
故に怒りの感情が籠ったお願いを命令口調で言いつける姿勢となってしまった。
これに対し、リッチは特に気にすること無く軽い調子で対応する。
『ふむ。そうなるト人間である小僧の体内には二人の魔族の核があり、共存していルということか。実に興味深い』
『悠長にしている場合か! 早く! 戻せ!』
『死んだ核を取り込む器が魔族なラわかる。が、生きタままの核を取り込むとはな。それも器は人間トきた』
姉者の抗議に相手することなく、自問自答を繰り返すリッチであった。
が、
「......せよ」
『ぬ? 生きてタか、小僧』
『な、苗床さん!!』
倒れている苗床は、傍に居たリッチの外套の端を掴んで何かを言うが、その声にも、握った手にも、力は全くと言って良いほど籠っていなかった。
それでも尚、
「返せよ! その核を!」
妹者を取り戻そうと、絶対的な強者に立ち向かう。
今の苗床はもはや地面を這う羽虫のように満身創痍であった。対するリッチは少年を見下したまま問う。
『ふむ......貴様に問おウ。なゼそうまでして“魔族”を求める?』
「..........から」
『? どうも年を取ると耳が遠くテな』
「いも、じゃ......さんに......何度も助けてもらったからッ!」
叫んだ本人は同じことを伝えたつもりだが、一度目の言葉はリッチまで届かなかった模様。故に再度、聞き逃されないように、少年は叫び声に思いを乗せて理由を言い放った。
「何度怪我をしても、殺されても、その度に治してくれた!」
『お互いに都合が良かっタのだろう?』
リッチがそう言った真意は“お互いの延命のため”ということを意味する。魔族姉妹が死ねば宿主は死ぬ。逆も然り。宿主が死んでも魔族姉妹は生き永らえない。
「それでも......そうだとしても妹者さんは......二人は僕と旅をしてくれた」
『ハ?』
「知らないことを教えてくれて、僕の代わりに戦ってくれた」
『だからそれは互いの利害一致だロう』
「もし......もし仮に僕たちの関係がそうだとするなら、なぜ僕に猶予を与えれくれたのかわからない」
『“猶予”?』
「あの日に挫折をさせなかったのも......理由がわからない!」
“猶予”は異世界転移までの時間を与えたこと。
“挫折”はいつかのトノサマゴブリンとの逃げを差す。
どちらも苗床を想っての言動。この二つは利害の一致に該当せず、どちらも苗床の“覚悟”を煽っていた。
それを宿主である苗床は理解しているから、大切な場面では必ず選択肢をくれたから、魔族姉妹に恩を感じていた。
そしてなにより、
「こんな別れ方はしたく.......ない。騒がしい二人が居ないと寂しいじゃないか.....」
『.....。』
『苗床さん.....』
魔族姉妹の普段の行いから早く解放されたいと切に願っていた苗床だが、その気持ちとは裏腹にこんな賑やかな日々も楽しいと感じてしまっている。元居た世界で送ってきた生活との比較からか、少なくとも二人の死は心から望んでいない。
伝えるべき気持ちを伝え終わったからか、先程までの苗床の力強さを感じなくなったリッチは見下す姿を崩さず呟いた。
『ふむ.....』
生きていることが奇跡と言えるほどの致命傷。あと数分もせずに息絶える目の前の少年を見て、考える素振りを見せたリッチはしゃがんで苗床の傷口に手をかざした。
『な、何を―――っ?!』
『【反転魔法:修復】』
【反転魔法:修復】は魔法の使用者が直接関わった行動を対象とする。自己対象、他対称問わず修復を可能とする魔法だ。この場合、苗床に傷を負わせたのはリッチであるので発動の条件に問題は無い。
『き、傷が塞がってい.......く?』
『【修復】は【回復魔法】トは違う。応急処置のようなモのであって、そもそもこのような使い方はあマりしないんよ。血液が足らんが、とりあえず、もう出血の心配はナい』
なぜ敵対していたリッチが宿主の傷を治すのだろうか。そう疑問に思う姉者である。
『小僧は目を覚まさないか。この核、貴様に返ソう』
『.....何が目的ですか?』
姉者の口調が戻ったのは冷静さを少しばかり取り戻したからである。理由はリッチによる宿主の延命措置と妹者の核を返されたからだ。
『なに、言っただロう? “楽しませろ”、と』
『ソレを信じろと?』
『貴様がドう思おうが構わんが.....。ほれ』
『あ、ちょ!』
何を企んでいるのか理解できないまま、姉者はリッチから投げられた妹者の核を受け取った。
そしてあまり先を考えず、一秒でも宿主から離れてしまった妹者の身を案じて、姉者自身の口から妹者の核を取り込む。
その行為から時間をおかずに、
『【固有錬成:祝福調和】』
「がはッ?! ごほッ! ごほッ!」
急な回復に吐血をした苗床だが、蒼白だった顔色は血の気を取り戻して健康的な色となった。
だが、まだ意識は戻っていない。傷は治り、失った血液も取り戻した。何事も無かったかのように思わせる状態になったが、衣服の中央に空いた大きな穴だけが負った傷を物語った。
『やはり【回復魔法】では無イか』
『『.....。』』
『儂と戦ったときの小僧の膂力は、その肉体に得られるものではナい。支援系統の魔法すら無しでアレなら猶の事ヨ』
実は今まで妹者が苗床にかけていた【固有錬成】は回復では無い。‟回復”効果のみならず、そのスキルにただ‟回復”が含まれていただけだった。
『小僧はそれに気づいていないのだろう? 戦い方を見ればわカる。なぜか隠しているようだが、まぁ、どうデもよい』
『あたしらの敵だろ? 何がしてーんだ、てめーは』
『ほっほっほ。なに、ちょっとした‟頼み事”よ』
『頼み事.....ですか?』
そう言って、髭の無い顎に手を当てて、摩るような仕草を見せたリッチは肉眼の無い視線を、今も尚、倒れている状態の苗床に向けて言った。
『王都に居るお嬢を.....儂の代わりに助けロ』
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