第31話 笑って見逃してくれるヒト程怖いものは無い

 『ヌぉぉおおおおおぉぉ!!!』


 『やったか!』


 「君のその一言で台無しだよッ!!」


 会心の一撃にフラグ立てんな!


 現在、僕はラスボスリッチと交戦中である。先程、僕が接近してリッチの肋骨の空洞部分に向かって、火属性魔法を文字通り叩き込んだので、敵の身体は炎に包まれた。


 アッパーパンチのように【天焼拳】で殴りつけたから、胸から上の穴という穴から、隙間という隙間から、火が勢いよく噴き出る様はオーバーキルを思わせる光景だ。


 僕は慌てて距離を取る。


 『かなり威力ありましたね。ランク昇格試験のときの比じゃありません』


 『全魔力使ったからな』


 「今のうちに逃げる?!――」


 『良い魔法ダったのぉ。儂にはあんま効かんかったケど』


 「『『....。』』」


 ピンピンしてんじゃん。


 ラスボスリッチは先程まで炎に身を包まれていたのに、然も何事も無かったかのように立っていた。マントに付いた埃を手で払うような仕草すら見せてくる始末である。


 『見たとこ冒険者のヨうだが、ランクは?』


 「え? ああ、Eランクです」


 『え? その実力デ?』


 「つい先日登録したばかりでして」


 『ほう。なら精進セぇ。儂がAランク冒険者まではいけルと保証するわい』


 「さ、さいですか....」


 目の前にいる僕はアッパーパンチを食らわせたのに全然気にしてないや。それどころか励ましてくれたし。


 「あ、じゃあもう終わりで....」


 『ほほ。まだ夜は長いゾ』


 「....。」


 そんでもってまだ見逃してくれないみたい。


 『あーしもう魔力空なんですけどー』


 『魔力譲渡ディープキスしましょう』


 『『んちゅ、ん、ぷは......ちゅ』』


 姉妹共はキスし始めたし。それが魔力を分ける行為だってわかっててもちょっとなぁ。


 なので僕はラスボスリッチを前に合掌している感じだ。そんな僕を不思議そうに見つめている。


 『ふむ。小僧の身体は面白イな。体内でを始めるとは』


 たしかに魔族姉妹の核に保有している魔力を譲渡し合うこの行為は、傍から見たら魔力の“循環”だ。まさかこの核が自我を持って共存しているとは誰も思わない。


 「ええ。それと僕からも聞きたいことがあるのですが......」


 『構わんヨ』


 「なぜ王都のこんな近辺へ? 見たところ、この森に居て良い方とは思えない」


 『ああ、ちょっと“お嬢”.....人探しみたいなもンじゃ』


 「え、じゃあ王都に入るのですか?」


 『うん』


 “うん”って.....。


 「それって侵入ですよね? 王都にはとっても強い騎士たちが居ますよ?」


 『儂、バレないで行く方法あルし。バレたとしても問題ナい』


 「“問題ない”?」


 『アレじゃ、アレ。王都くらい、一晩あレば滅ぼせるよ』


 「......。」


 どっからその自信湧くんだ。でもこういうデカい事言う奴って大体真剣マジでやっちゃいそうなんだよな。ラノベ知識だけど。


 『ああー、でもアレかのぉ。アーレスとか言う面倒な奴が居タら難しいかのぉ』


 「え、アーレスさんとお知り合いなんですか?」


 『以前、一度戦ったことがアるんよ』


 「な?!」


 と驚く僕だが、アーレスさんと戦ったことが無いし、どれくらい強いのかわからないけど。


 『結果は儂の敗北』


 「さ、さいですか。よく生きてましたね」


 『ちょうど夕暮れ時に差し掛かるときだったカらな』


 「時間帯が関係しているのですか?」


 『そ。儂は“屍の地の覇王リッチ・ロード”と呼ばれていテな。夜に力が増し、昼は弱まル。アーレスとか言う女騎士と戦っタのは昼じゃ。もしあの時が夜なら儂は敗北などシない』


 そんなに昼夜で差があるの?


 それになんかやべぇ単語出てきた。なんだ、“屍の地の覇王リッチ・ロード”って。“トノサマ”どこいった。“ロード”って、明らかにそれより上なクラスに聞こえるんですけど。


 じゃあ今は夜だから普通に全力で戦えるのね。僕じゃ勝てないってわかってたけど、昼でも勝てる気がしないのは、気の弱さから来ているのだろうか。


 『で、話戻すけド、儂、誘拐された魔族の子を探しに王都に行くんジャよ』


 「誘拐?! 魔族を?!」


 『王都に居るって情報が入っててネ』


 子供だからって魔族を誘拐する奴いるのか。というか、その誘拐犯のせいで王都はワンチャン戦場と化すのかよ。


 『さて、長話したことだし、そろそろ準備はええカ? 儂の魔力を遠慮なく吸いよって』


 「え?」


 『あ、やっぱバレてました?』


 『さっき【天焼拳】打ち込んだときに鉄鎖の一部ちょいゲロも肋骨の中に引っかけた』


 めっちゃ敵対行動取っとるやん。いや、敵だけど勝ち目無いんでしょ? 何してんの、君ら。てか、僕から鉄鎖って離れていても魔力を吸収できるのか。知らなかった。


 リッチさんを見れば、片腕を自身の肋骨の中に突っ込んで『あったあった』と言って、姉者さんが仕込んだ鎖のリンクを取り出した。まるで歯に挟まった青のりを取るかのような仕草で、だよ。おっかないなこの骨。


 『コレは小僧が生み出した鉄鎖の一部じゃろう? 魔力を吸収する鎖..........懐かしい』


 「“懐かしい”?」


 『『っ?!』』


 両手に寄生している魔族姉妹たちが驚いた表情をした。リッチさんが言った“懐かしい”という言葉に反応したんだ。


 『......見た感じ数百年は生きているリッチのようだが、あんな奴、種族戦争に居なかったぞ』


 『ええ。あの戦場に居たのなら、私たち姉妹が忘れる筈ありません』


 「種族戦争が関係あるの?」


 『魔族側が、あの化け物をっちゅーことが可笑しいんだ』


 『人間側としては嬉しい話ですが、今となっては笑えませんね』


 「まぁ、今はその話どうでもいいと思うけど」


 二人からは直接聞いてないけど、きっと魔族姉妹たちは種族戦争に参戦していたのだろう。人間か魔族、どっちの味方かは知らないけど、今はどうでもいい。


 そんな過去の話より今を生き延びる方法を考えないと。

 

 『小僧、“運命の三大魔神モイラー・クシスポス”を知っテおるか?』


 『『....。』』


 「いや? 初耳ですね」


 『人間の間じゃ有名じゃないのカのぉ。あんなにも人類のために尽くシたのに』


 「はぁ。その三大魔神がどうしたんですか?」


 『......童貞、これ以上話すことは無い。仕掛けんぞ』


 『私たちは互いに魔力が満タンです。全力の一撃をぶち込みます』


 え、時間稼ぎはどこ行ったの? というか、勝ち目無いんでしょ? そんな笑えない一撃をぶち込む気?


 『まぁ、アレよ。要はその魔神のうちの一柱が得意とスる戦法に、特殊な鉄鎖で―――』


 と、リッチさんは言いかけるが、僕の右手は勝手に前へ伸びた。


 『【烈火魔法:火逆光】ッ!!』


 『「眩しッ?!」』


 僕とリッチさんは不意打ち魔法を食らって視界を失う。やるならやるって言ってよ....。


 っていうか、リッチさん、あんた目あるの? 眩しさを感じる目があるの?


 そして今回は妹者さんのスキルによって僕の視界は回復された。こういうときはちゃんと回復させるのね。できるなら以前のフグオーク戦でもやってほしかった。


 『苗床さん、もっと距離を取って―――』


 「っ?!」


 姉者さんにそう言われたので後退しようとしたが、僕は受け身もできずに地へ倒れてしまった。


 四つん這いになってから起き上がろうとするが、なぜか足に力が入らない。


 「は?」


 『なッ?!』


 『か、【回復】ッ!』


 妹者さんが慌てた様子で回復させてくれたから元通りになったけど、僕は一瞬だけだったその光景を見て驚愕した。それと同時に転覆したことにも納得する。


 僕は何らかの原因によって下半身が......腰から下が骨だけとなっていたのだ。


 肉は無く、辺りに血など一切飛び散っていない。骨だけとなった下半身のせいで僕は倒れたのだ。


 ちなみにズボンごとやられたので、全回復した僕の身体はフルちんである。


 『ほぉ。今のも瞬時に回復しテみせるか』


 「な、何をした?!」


 『骨だけ残して他を消し去る魔法を使っタんじゃ』


 「け、消し去るって......」


 『尤も、そう回復されては意味が無いガな。思ったんジャけど、切断したらその部位はどうなる? くっ付いて回復するノかえ? もしくは新たニ生えるとか?』


 僕は答える余裕も義理も無いので無視した。くそ、下半身がやられたことに全然気づかなかった......。


 『【死屍魔法】ですか....。触れてもないのに、アレでは厄介ですね』


 「下半身だけに範囲を絞ったのは僕の下半身だけが限界だったとかじゃない。まだ殺す気が無かっただけでしょ」


 『そーだ。加えて言うなら、この骨野郎、全ッ然魔法名も詠唱もしねー』


 以前、二人から聞いた話では、魔法の詠唱の有無は発動時間の短縮だけじゃないと聞いた。


 詠唱をしないで発動するということは、それを発動するのに造作もないことを意味する。そして省略できても魔法の名称だけは口にしなければならない。


 でもこのクソリッチは違う。苦労して覚えて行使する魔法をまるで呼吸するかのように使った。


 要は僕を火達磨にしようが、骨だけにしようが朝飯前なんだ。


 『小僧、言い残すことはアるか? そこそこ面白かったが、これ以上芸が無いならば死んでモらおう』


 『チッ!! 童貞! あたしと姉者で全力の一撃を放つ!』


 『あなたはその衝撃で肉体が爆散しても、私たちの核が引き離されないように護ってください!』


 「はぁ?!」


 核ってどこにあんだよ?! というか、爆散するのにどうやって君らの核を護ればいいのさ!


 が、そんな僕を無視して三体の魔族は魔法の行使を止めない。


 『<ナクト写本>、開放。【死屍魔法】―――』


 『【紅焔魔法】―――』


 『【凍結魔法】―――』


 両手から今までに感じたことの無いほどの魔力を吹き出た。


 右手と左手で相反する属性魔法をそれぞれ繰り出そうとするが、僕の耳が聞き取ったのは聞き慣れた二人の声じゃない。


 『【封殺槍】』


 瞬間、僕の胸に風穴がぽっかりと空いた。

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