閑話 とある冒険者ギルドの受付嬢さん

 「んんー! おいひいー!」


 「最高ね!」


 ここは王都ズルムケの冒険者ギルドにある休憩室である。


 そこで寛いでいるのは新人受付嬢ことマーレと、その上司である女性ギルド職員トルアの二人。休憩室は特に男女関係無く、指定の時間内であれば自由に利用できる一室だ。


 「しっかし冒険者があんたに貢ぐとはねぇ」


 「ええ?! 私、自分で言うのもなんですが、結構男性受けする方なんですけど....」


 「自分で言うか!」


 「少なくとも私とトルア先輩が受付の席に居たら、私の方に冒険者さんたちは来ますよ?」


 「このッ! 生意気になったな! 小娘が!」


 「あひゃひゃひゃ! くすぐったいですって!」


 とある冒険者から貰った肉を軽く焼き、二人で摘まんでいるときに、上司にくすぐられる部下は傍から見ればお行儀悪いだろう。


 マーレの容姿は言わずもがな。トルアは四十代前半の女性で、パンチパーマが特徴のマーレの上司である。部下には優しくて頼られる存在がトルアという職員であった。


 が、部下の間ではパンチパーマ、略して“パパ”と呼ばれていることを彼女は知らない。そしてその不名誉な二つ名を付けたのが目の前に居る可愛い後輩職員、マーレであることなんて想像もしていないだろう。


 「なーんであんたみたいな細っちぃ身体が人気あるんだか」


 「スレンダーと言ってください」


 「はいはい」


 「あ、最後の一枚私が食べますね!」


 「あ、こら!」


 が、それと同時に、二人は仲が良い上司と部下だ。今もこうして二人で食い意地の張った争いを繰り広げているのだから。


 休憩室にあるテーブルの上に置かれた皿には、フグカモのお肉があった。部位はもも肉。それをスライスにして焼いたのが皿に載っていたのである。


 軽くソースや塩を付けて食べていたが、もう皿には何も残っておらず、全て彼女らの胃袋の中へと移ってしまった。


 「いやいや。元々私へのプレゼントですから。私が多く食べて当然の権利です」


 「まぁ、それもそうね。私は偶々その肉を隠しているあんたを見つけたから、こうして口止め料としてお裾分けしてもらってるのだし」


 「そうそう。感謝してくださ―――いッ?!」


 「チクろっかなー」


 「いはいれふ痛いですー! ごへんははぁいごめんなさい!」


 調子に乗ったことを口にしていたからか、上司に頬を抓られる部下。今後はもっと気を付けようと誓った痛みである。


 「でもその冒険者は狩猟が上手みたいね?」


 「ですね。フグカモは毒がある以前に野鳥ですから。臭みが全くと言っていいほど感じません」


 「血抜きや有毒部分の切除が適格かつ迅速じゃないとできないよ、コレ」


 そう言って、名残惜しそうにまだ食べ足りないフグカモのもも肉に、涎が無意識に分泌されてしまうギルド職員たちである。


 「で、どんな冒険者さんだったの?」


 「えっと、先日、うちで新規登録したEランク冒険者のナエドコさんです」


 「もしかしてあのジーザとデンブのCランク冒険者二人を相手して勝った少年?」


 「はい。トルア先輩にも見せたかったですよ」


 「え、そんなに圧倒してたの?」


 「圧倒....とは違う感じでしたが、傷を負っても瞬時に回復して、戦闘に特化した魔法を連発していましたね」


 思い出すは、苗床こと新人冒険者の戦いぶりである。新人ギルド職員であるマーレでも、その実力はEランクの域ではないと瞬時に悟った。Cランク冒険者をあそこまで余裕を持って倒せたのは、どう低く見積もってもBランク冒険者の実力があると見ているからだ。


 実際に魔力を測ったときに、Bランク相当だったこともその実力に裏付けられる。


 「得意な魔法の属性は?」


 「【回復魔法】以外には火属性で【烈火魔法】、【紅焔魔法】と、たしか氷属性で【冷血魔法】も使っていましたね」


 「複数の属性持ちかい。そりゃあ強いのも頷ける」


 苗床の活躍は今のとこCランク冒険者二人を倒したことと、Dランククエストに相当するフグオークの日帰り討伐である。


 今後、必ずギルド側は彼の行動に注意を払わなければならない。目立ち過ぎたこともあるが、ギルドからの緊急招集があった場合、きっとランクに関係無く実力を見込んで、苗床にも召集がかかるとマーレにはわかるからだ。


 「そう言えば、今日は例の旅人が大広間で路上パフォーマンスするんだってね」


 「路上パフォーマンスですか?」


 「なんでも自虐ネタを腹話術で披露するのだとか。私は見てないからわからないけど」


 「魔法を使えば、誰でも腹話術なんてできますよ」


 「それが魔法を一切使わずにできるらしいんだって。しかも声まで変えられるとか」


 「そ、そんな芸達者なのに自虐ネタですか....」


 それを聞いて少し興味が湧いてしまったマーレである。


 思い返せば、‟問題中年冒険者”のジーザとデンブも似たようなことを苗床に言って馬鹿にしていた。それでも路上パフォーマンスをしているのが、あのBランク冒険者並みの実力の持ち主がするとは思えないので、マーレはパフォーマーが彼だと気づけない。


 また当時、元から苗床にあまり興味を抱かなかったのも、気づけなかった原因なのかもしれない。


 こうして今は休憩室で寛いでいるマーレだが、今日の仕事はもう殆ど残っていない。早く上がれるから帰る途中で少し覗いてみよう。そう決心した新人ギルド職員だ。


 「トルア先輩はどうしてそれを知ってるんですか?」


 「普通に。冒険者たちが噂してたよ。『金が無い冒険者おれらでも投げ銭せざるを得ない状況だった』って」


 「....。」


 ますます興味が湧いてきてしまったのは好奇心旺盛だからだろうか。晩年金欠な冒険者から投げ銭を強要する自虐パフォーマンスが気になってしょうがないといった様子の彼女であった。

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