閑話 件の受付嬢さん、実は・・・

 「お先に失礼します」


 「お疲れ」


 先輩上司、トルアに仕事を切り上げることを伝え、すぐさま帰る支度をする部下のマーレ。彼女は先程決心した巷で噂の路上パフォーマンスを見に行った。


 「え」


 情報では、開催場所はギルドからそう遠くない大広間とのこと。やがて目的地に辿り着いたマーレは、目の前の光景に驚愕してしまう。


 確かにあの大広間なら、結構な人数が居ても通行人に迷惑は掛からないだろう。しかしそれは常識の範疇の人数ならば、だ。


 「な、なんですか、この人数.....」


 百、いや百五十人は居るだろうか。特にどこへ行く訳でもなくその場に立ち止まって、皆同じ場所を見つめている。


 路上パフォーマンスに適した場所と言えば適しているが、それでもこの人数を信じられないで居るマーレだ。


 (もしかしてこの人集りが噂の路上パフォーマンス?)


 半信半疑な彼女は当初の目的を達成するべく、民衆の右端や左端に行くが噴水付近に辿り着けない。おそらく噴水近くで、例の旅人は路上パフォーマンスを行っているのだろう。そう思ったマーレだ。


 (しかしこんな後ろの方では聞こえませんよ?)


 見れば、民衆の中には、無許可では使用が禁止されている【盗聴魔法】を使っている者もちらほら居る。そこまでして例の腹話術を聞きたいのだろうか。


 (ただパフォーマーの会話を聞いているだけでは腹話術を楽しめないじゃないですか。でもそれは話の内容に面白みがあるからとも受け取れますね)


 ちなみにギルド職員という非戦闘員であるマーレでも、魔法に関しては人一倍詳しいので、【盗聴魔法】の使用をすぐに感知できた。


 (一体どんな人がッ!!)


 もっと早く職場を上がれば良かったと後悔するマーレだった。



*****



 「ハァハァ.....やっと..最前列に.....来れましたぁ」


 どれくらい時間が経っただろうか。路上パフォーマンスが終わったのか、隙間ができた所を狙って突き進んだマーレであった。彼女の諦めの悪さが如実に示される行為である。


 「って、ナエドコさん?!」


 そう彼女が口にした名前の少年は、虚ろな目でどこか遠くを見ているようだ。マーレには気づいていない様子である。


 (え、嘘?! 路上パフォーマンスしているのって本当にあのナエドコさんですか?! Bランク相当の冒険者の実力の方が?! なんで?!)


 彼の顔を見て困惑し始める最前列の受付嬢。やっとの思いでここまで来ても、せっかくの芸を素直に楽しめない。


 それもそのはず、苗床の素性がバレたこともあるが、一番はやはり―――


 『それでこの人はローションを切らした代わりに何を使ったと思います?』


 『答えは.....片栗粉をお湯で溶かして使ったんだよ!! そんでもってせっかちなコイツは熱々のソレをイチモツにかけちまった!』


 「「「「「ぎゃははははははは!!!」」」」」


 何が面白いのか、自虐ネタでは笑えなかったのだ。


 片栗粉ローション。それを聞いたマーレはドン引きである。


 『でもそんな苦労したローションも本番には使わねー。相手してくれる女なんていねーしな』


 『まさかのこんにゃくに切れ目を入れて使うという奇行です』


 「ぶはははははは!」


 「可哀想過ぎる!」


 「ほら、銀貨五枚やるから、これで娼館にでも行ってこい!」


 「ばっか! そんなことしたらせっかくの童貞成分が勿体ねぇだろ!」


 「そーだ! そーだ! 卒業するなよ!!」


 観衆も観衆で酷過ぎる。見れば男性だけじゃない。意外と子供やその母親と思しき人も少なからずこの場に居て、彼の腹話術を笑っていた。


 そんな光景とは裏腹に、同時に凄い腹話術だとマーレは悟った。


 右手、左手、交互に腹話術で役を演じているが、両者独立しているのではないかと思える程の技術力。もちろん魔法など使っていない。全て彼の演技力によって披露しているのだ。


 (で、でも内容はどうにかならないのでしょうか。プライドを持ち合わせていないにしても、あそこまで語るなんて......)


 虚ろな目で腹話術を続けるという演技力も相当なものだ。そう関心したマーレだが、事実はそうじゃない。


 実際は彼に寄生した魔族が単純に彼の記憶からネタとして、それを公衆の面前で会話しているだけだ。だがそんな小細工、この場に居る全員が知る由も無い。


 (........帰りましょう)


 聞くに堪えないマーレは自分がパフォーマンスを見に来たこと苗床本人にバレないよう、そっとこの場を去ったのであった。



*****



 「くくっ」


 場所は先程の大広間から少し離れた人気の無い路地裏である。そこでただ一人、十数分前の路上パフォーマンスを脳内再生して口元に手を当てている女性が居た。


 「っあはははははは!! もう駄目です! 限界です!」


 別に路地裏に面白いものなど無い。日の当たらないこの場所では、同じ王都でも少々じめっとした湿度のある環境であった。


 「ぷっ。なんであんな醜い自虐ネタをナエドコさんは披露するんですかね?」


 「あ?」


 そんな場所にて、違和感しか覚えさせない女性の服装は職場から変わらず、きちっとした正装だ。


 そう、マーレである。


 場違いなギルド職員は酔っぱらって足下がおぼつかない一人の男の前で笑ってしまった。男はこの路地裏の常連だろうか。呑んだくれたその様はどことなくダラしなさを漂わせていた。


 「なにわらってんら?」


 「え? ああ、失礼しました。ただの思い出し笑いです」


 「ばかにしてんのら?!! ああ?!」


 酔っぱらっているせいで男の呂律は回らない。聞き取りにくいが、マーレは表情からして自分に絡んできたと判断した。


 王都では、このような路地裏を通って目的地に向かう方が却って近道になることもある。が、先も述べたように路地裏には人気が無い。理由はこういったチンピラなどが好んで使うからだ。だから常人はここを滅多に利用しない。


 「聞いてください。先程、大広間で自分の痴態を恥ともせず、人々に腹話術として披露する人が居たんですよ」


 「はぁ?」


 マーレは絶えず笑みを浮かべる。あの場では笑えなかったが、今となっては可笑しくてしょうがないと言った様子だ。


 そしてまたあの冒険者が路上パフォーマンスをするならば、また見に行こうと強く決心していた。


 「いいかげんにしろよぉ? どいつもこいつもおれをばはにしらあっへ!」


 「はぁ.....。せっかくの気分が台無しですよ」


 つい先程まで思い出し笑いで口と腹を抱えていたのに、今度は余韻に浸るところを邪魔してきた男に呆れ顔を見せた。


 男を捉えるマーレの目は、少し前まで持ち合わせていた愛らしい目ではなく、軽蔑が混じった見下すような眼差しへと変わっていた。


 「あなたは先日、ここ、王都で‟核”を密輸していた組織の一人でしょう?」


 「っ?!」


 「ああ、嘘吐く必要はありません。弁解も。もうこっちは知っているので」


 「は、はぁ?!」


 酔っぱらっていた男性の顔はマーレのその一言を聞いて、一瞬で青ざめた。


 なぜ目の前の女がそれを知っているのか、と。そう思ったのである。


 「お、お前何者だ?!」


 「あ、普通に話せるんですね? まぁ、どうでいいですが」


 「ああ?! こっちは<幻の牡牛ファントム・ブル>の―――」


 酔っ払い男の言葉は続かない。


 「え? あ、あ、あああぁぁぁぁぁぁあああ!!!」


 両腕がなんらかの原因で肩から先を切り落とされたからだ。


 否、この場にはマーレと酔っ払いしかいない。なら目の前の女がやったと悟った酔っ払い男である。


 「<幻の牡牛ファントム・ブル>から追い出されたから、あんなに酔っ払うまで飲んでたんじゃないですか?」


 「クソッ!! なんだよこれ?! いてぇぇええ!」


 「まぁ、無能な騎士さんたちはあなた一人だけ逃してしまったようですね? 代わりに一般人が勘違いされて捕まったのだとか」


 その一般人とは苗床のことである。いつの日か、アーレスによって組織の一員と勘違いされたことによる一件から、目の前の男は運良く逃げられた一人だ。


 と言っても、マーレの言う通り、この酔っ払いは‟核”の運輸を失敗したことが原因で、組織から追い出された訳だが、この場に居る二人は誰が代わりに捕まったのかまでは知らない。


 「死にたくねぇ! 死にたくねぇ!」


 血相を変えて逃げ出す男。これを黙って見過ごす程、マーレは意味の無いことをしない。


 「あ」


 今度は男の両足を切断して逃げる手段を奪った。


 「あぁぁぁあぁあああああ!!」


 「私、あまり好きじゃないんですよね。人間側の味方するの。でも今の生活も気に入ってますし.....」


 「俺が悪かった! 聞きたいことはなんでも話す! だから、だから―――」


 またも男の言葉は続かない。


 目の前の不気味な女性が腰から生えた真っ黒な羽を見せたからだ。加えて先程まで見受けられなかった頬の赤い模様。髪で隠れていた耳も長くなって先端が尖っていた。


 またいつの間にか正装だった衣服も変わって、露出の多い淫らな服装へと変化した。色気を伴い、煽情的と言えばそうだが、目の前の男は生き延びることに必死で、彼女の美貌は眼中に無い。


 「へ? ま、魔族?」


 「違いますよ」


 そしてなにより特徴的なのが常人と異なるその両目だ。人間であれば白目である部分は黒く、虹彩は紫檀色と、闇を思わせる両目であった。


 それは達磨人間と化した男を恐怖のどん底に陥れるほど気味が悪かった。


 「な、なんで、魔族が人間に化けて王都に居ん―――かひゅ」


 「だから違いますって。魔族じゃありません」


 達磨人間だったのも束の間。防ぎようが無い不可視の斬撃で、首をいとも簡単に切り飛ばされた男は無残な死体と化した。


 「人間で言うところの“英魔”ですよ? って、聞こえてませんか」


 彼女は数少ない存在、“英魔”の一人だ。


 冒険者ギルド新人職員マーレ。別名、<夜風の淫魔:ビトライカ>。


 人間の間で“英魔”と呼ばれるは魔族と区別され、呼ばれ方も異なる。


 一方、魔族の間では、“英魔”ではなく、―――


 「ああー、ナエドコさんは魅力的な殿方です。男の意地プライドを捨ててまで観衆を笑顔にさせるとは.....とても興味深い」


 ―――“蛮魔”と呼ばれた。

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