第29話 厄介事は割と身内から来るのが常である

 「お、ドーテー! 昨日はすごい盛況だったな!」


 「ドーテー、おはよう。今度いつライブするの?」


 「すっごい人数だったよなぁ、ドーテーさんよ」


 「俺も後から行ったぞ、ドーテー。遅すぎてすっごい後ろからしか聞けなかった。あんま聞こえなくて残念だったわ」


 「今度、うちの魔道具店で拡声器作っからソレ使ってくれよ。あ、ドーテー」


 「『『....。』』」


 もう出国したいです。


 現在、宿で朝食を終えた僕は、冒険者ギルドに向かう道中で行き交う人々に昨日の路上パフォーマンスのことを絶賛されているところだ。


 皆会話の中に“ドーテー”って絶対一回は言うんだよね。なんなの。最後の人とかとりあえず言っとこみたいな感覚で言ってくるし。


 『有名になったもんだ』


 『ふふ。喜ばしいことです』


 「真面目に両腕を切断したくなってきた」


 早く二人の核を僕から引き離したいな。そのためには魔族姉妹の復活の条件を満たさないと。


 色んな意味でやる気が湧いてきた苗床である。


 「あ、マーレさん、おはようございます」


 「な、ナエドコさん?!」


 僕が掲示板に寄ってクエストを選んだ後、毎度のことのようにマーレに手続きして貰おうと思い、受付コーナーに行ったのだが、なにやら彼女は驚いた様子である。


 「?」


 「あ、いえ、えーっと、この間はご馳走になりました」


 「いえいえ。喜んでいただけたなら何よりです」


 気のせいかな。マーレさん、少し引き攣った笑みを浮かべていたような.....。


 たぶん昨晩の路上パフォーマンスのせいかな。マーレさんも観衆に混じって観てたんだろう。きっと内心、「童貞がクエスト受けに来たぞ! もしかしたら私も討伐されるかもしれない!」とか思ってるんだろうな。.....ぐすん。


 「それで、本日もクエストを?」


 「はい。このゴブリン五体の討伐クエストを受けようと思いまして」


 受けようと思ったクエストはゴブリンの討伐である。報酬は銀貨四枚と先日受けたオーク討伐クエストより安価だ。


 「問題ありません。ゴブリンだからと油断せずに気をつけてください」


 「はい。行ってきます」


 「あ! そうだ、ナエドコさん、同時に別のクエストを受けて見ませんか?」


 「え」


 そう提案したマーレさんはカウンターテーブルの引き出しから、何やらごそごそと取り出して束になった書類を僕の前に積み上げた。


 「えーっと.....」


 「ナエドコさんがよろしければ、この中のクエストも受けていただけないでしょうか」


 見るとその紙の束は全て依頼書だった。あれ、クエストってあの掲示板にあるヤツで全部じゃないんだ。


 「掲示板以外にもあるんですね」


 「はい.....。お恥ずかしい話、誰も受けていなかったり、達成できなかったりと様々な理由から長年未解決のまま放置されたクエストです」


 『アレだ。報酬額に見合わねーヤツとか、逆に報酬が高くても難易度高過ぎて受けねーヤツだな』


 『そのようなクエストは一般的に‟トゲクエスト”と呼ばれています』


 棘.....。リスクと報酬が釣り合わないのか。


 へー。あ、本当だ。偶々見つけたクエストに今日受けようと思ったゴブリン討伐クエストがあった。ランクEだけど、討伐数は十体で報酬は銀貨四枚だ。


 ちょ、今回のクエストより討伐数多いくせに同額って。妹者さんの言った通り報酬に見合わないや。


 「そもそも同時に複数のクエストを受けられるのですか?」


 「可能です。ギルド職員の許可があれば複数の受注が可能ですし、同一目的地、もしくは近辺で他のクエストも達成できそうならば、その方が合理的ですから」


 『ったりめーだが、掲示板から複数取ってきてもいいんだぜ?』


 『正直、このように職員がわざわざ回収して保管しているクエストなんて厄介事が多いので受けたくないですね』


 たしかに。というか、冒険者初心者によくこんなしょっぱいクエスト勧めてきたな。


 僕は掲示板から取ってきた、予め受けようとしていたクエストを再び手に取ってマーレさんに渡した。


 「すみませんが、現時点ではとりあえずコレだけ―――」


 「こちらのクエストも目的地は同じですよ?」


 「そうですけど、まだ自分は初心者で―――」


 「ああ、ここの周辺には村がありますね。いつ被害が出てもおかしくないです」


 「ですが―――」


 「ナエドコさん、お願いします。報酬は少し色を付けますから」


 「.....。」


 どんだけマジなんだよ。あなた新人職員でしょう? 研修中って胸に書いてありますよ。そんなあなたが必死になってまでお願いすることなんですか?


 マーレさんに推された僕は挫けて呆れ顔をしてしまった。


 「はぁ.....。どれを受けるかはお任せしますが、できれば手間のかからない依頼でお願いします」


 「はい! ありがとうございます!」


 『『.....。』』



*****



 『おいおい。一体いくつクエストあんだよ。さっきから色んな雑用してんぞ』


 『あと一件ありますね』


 「棘クエストだっけ? 最悪、途中放棄しても、通常クエストと違ってキャンセル料は発生しないから、気楽に行こ」


 マーレさんから余計な仕事を頼まれた僕たちは、王都周辺の森に来て依頼をちょこちょこ片付けていた。


 昼前から行動を開始してもう十時間近くかかっている気がする。辺りはもう真っ暗だ。松明無しじゃ歩くのも一苦労しそうだが、妹者さんが火属性魔法で辺りを照らしてくれているので平気だ。


 日が暮れる前に帰りたかったけど、どっちみちもう王都の入国時間は過ぎてしまったので、今日は諦めてこの森で野宿することにした。


 『ったく。お前が黙って首を縦に振ってっから、あの女、調子に乗って五件もクエスト任してきたじゃねーか!』


 「ご、ごめん」


 『日本人って損な性格をしてますよね』


 謙虚さは美徳だよ。たぶん。


 と言っても、マーレさんから任された棘クエストは僕が元々受けようとしたクエストとは別に五件。全部で六件のクエストをこなしている最中なんだけど、そのうちのゴブリン討伐二件、フグウルフ討伐一件、薬草採取一件、素材採取一件と五件は済ませた。


 残り一件は‟スケルトン”三体の討伐である。名前からしてゾンビみたいな骸骨野郎が相手なんだろう。ちょうど夜だし、なんかそれっぽい雰囲気で出現しないかな。スケルトンって夜行性でしょ。偏見だけど。


 僕は残り一件の依頼書の詳細を見ながら歩みを進めた。


 「って備考欄のとこ、‟FランクからDランクに相当する”って書いてあるじゃん。なにこの難易度の幅」


 『ああ、スケルトン種は昼夜で戦闘力が違うからな』


 『ちなみに今のような夜間が一番強化されます』


 「マジすか。じゃあ森って危ないじゃん」


 『いや、場所にもよるが、こういった王都周辺じゃあスケルトン種は数が少ねー』


 『スケルトン種はモンスター、人間、魔族など種族問わずに放置された死体から生まれますから』


 「え、じゃあその辺で死んだらマズくない?」


 『埋葬されなきゃ誰彼構わず成る訳じゃねー。その場所がダンジョンだったり、魔力濃度の高い地脈が流れてたりといくつか条件が必要だ』


 『ですので、通りすがりの人に討伐でもされない限り、おそらくこの依頼書に記載されている“スケルトン”は健在です』


 あ、そんな数が少ないのなら、そもそも居るかすらわからないのね。なんだ、ちょっと心配しちゃったじゃないか。


 「よし、この辺で今日は休もう」


 『『.....。』』


 「?」


 あれ、いつもなら妹者さんが『さんせー。はよ飯ー』とか言ってくるんだけどな。無視しないでほしい。


 「どうしたの二人共?」


 『.....苗床さん、前を見てください』


 「え」


 姉者さんに言われた通り、僕は暗夜を月明かりで照らされた前方を目をやった。


 「っ?!」


 そこには、


 『ほぉ、コれは面白い。お嬢を迎えるためニ、わざわざ出向いタ訳だが.....散歩も悪くなイのぉ』


 一体の骸骨が立っていた。それもどう見たって異様な骸骨である。


 その骸骨は地面に引きずる程の丈の外套を纏い、頭の上に白銀色の王冠を乗せているなど、やたら装飾品を身につけているモンスターだった。


 スケルトンって何か身に付けるんだ、とかそんな感想はどうでもいい。


 月明かりが目の前の異様な恰好をした骸骨の半身を照らした。


 『小僧、選択肢を与えヨう。儂を楽しませるか、その体内にある核を寄越セ』


 人語を話せるモンスターには経験がある。それでも話しかけられた途端、僕は背筋が凍りつく思いをした。僕でもわかるくらい.........威圧感のある存在だ。


 僕は乾いた口の中で、ごくりと唾を飲み込むことしかできなかった。

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