第25話 全く悪びれない人

 『おい、起きろ童貞!』


 『息子はもう起きてますよ』


 「う、うぅ....。こ、ここは?」


 段々と覚醒していく僕。気づいたら見知らぬ天井と鎧の格好をした人たちが居た。


 「おっす、ナエドコ。大丈夫か?」


 「まぁ、無理もない。アーレス副隊長が相手だったんだ」


 「ざ、ザックさん? それにハルバードンさん」


 いや、知っている人たちだった。二人は王都周辺でフグウルフの群れと遭遇した時にお世話になった騎士さんたちだ。


 もっと言うなら、この部屋はいつかの関所ライブした休憩室じゃないか。僕の黒歴史の。


 「僕は一体....」


 『あのクソ女騎士に殺られたんだよ』


 ああ、なるほど。って僕、殺されたの?!


 そう言えば、盗人を追っかけてアジトに辿り着いたんだっけ。そこでアーレスさんと居合わせて、盗人共の仲間だと思われた僕は連行されたんだ。


 「副隊長の勘違いだってよ。災難だったな。現場が近かったから、お前はこうしてここまで運ばれたって訳だ」


 「勘違い?」


 「おう。さっき叩き起こした罪人に確認を取ったんだが、その際、反応や返答でお前と関係無いことがわかったんだよ」


 それで誤解が解けた僕は手錠などされずに、こうしてソファーの上で寝かされていたのか。


 『童貞の容姿で盗人じゃないくらいわかんだろ!』


 「つうか、お前みてぇな腰抜け童貞が盗人やる訳無いよな!」


 「むしろ『僕の童貞を盗んでください』って側だろ!」


 「「『ぎゃはははははは!!』」」


 意味わかんないし。童貞が盗人してもいいだろ。殺すぞ。


 「貴様ら! 仕事せずに何をしている!」


 急に怒鳴り声が聞こえてきたと思ったら、僕に暴力を振った張本人のアーレスさんだった。相も変わらず鎧姿で一瞬誰だかわからなかったが、すぐにあの時の女性騎士と身体が思い出した次第である。


 「ひぃッ?!」


 「た、副隊長?!」


 『げ。クソ女騎士じゃん』


 人のことを馬鹿にしていた騎士さんたちは顔面蒼白だ。アーレスさんには魔族姉妹の話し声を隠す魔法が効かないので、僕はバチンと右手を叩いた。もうバレてるけど、なんとなくである。


 「失礼しました!」


 「す、すぐに持ち場に戻ります!」


 「なら早く行け!」


 「「は、はいッ!!」」


 ザックさんたちは僕を置いて立ち去っていった。


 なんというか、部下の前だとめっちゃ声量大きいよね。正直、非番のときの私服姿のアーレスさんと会話したことあるから職場とのギャップが凄いな。


 フルフェイスヘルメットを外しているザックさんたちと違って、アーレスさんは頭から爪先まで鎧に身を包んでいるから、僕の知っているあの赤髪の女性とは別人のように感じてしまう。


 「ザコ少年君、気分はどうだ?」


 「あ、はい、まぁ、普通です」


 「そうか」


 “そうか”って......。一言謝ってもいいんじゃない?


 「数時間前の事とは言え、傷痕一つも残って無いのだな」


 「え? ああ、いえ、自己回復魔法は得意ですから、アレくらい平気ですよ」


 「ほう? それはか」


 ..................ん? “断頭”? 頭を切り飛ばすこと?


 アーレスさんの言葉にいまいち要領を得ない僕は首を傾げた。


 『この女、どういった訳か、てめぇーの頭を切り飛ばしたんだよ』


 「は?」


 『「話は署で聞こう」と言ってからの断頭です。笑っちゃいますよね?』


 聞き間違いじゃなかった。え、マジ? 僕の頭、アーレスさんに首ちょんぱされちゃったの?


 さっき妹者さんからアーレスさんに殺されたと聞かされていたが、まさか頭を切り飛ばされていたとは。


 というか、二人はアーレスさんの前で普通に話してるし。机の上に乗せた僕の手は、手のひらを上にして晒しているし。君らの“口”見えてるよ。......隠す気無いってか。


 「気づいていたが、ザコ少年君の身体は面白いな。その女性の声は人じゃないのだろう?」


 『おう。あたしの【固有錬成】が無かったら、お前一般人を殺してたからな?』


 「ちょ、【固有錬成】のことは秘密じゃなかった?!」


 『いや、アレが魔法で無いことくらい、この女にはもうバレてます』


 「加減が苦手でな。本当は後頭部ら辺を‟トン”したかった。貴様ら以外にも、現にあの場で二人程殺めてしまったが」


 「マジすか」


 『で、あたしらが人間じゃないって知ったら、おめぇーはどうすんだよ?』


 『言っておきますが、タダで死ぬ気は無いですので、こちらが負ける結果となっても、あなたに一生もんの傷を与えます』


 なんか物騒なこと言い出したんですけど。王国騎士団第一部隊副隊長になんか言ってるんですけど。


 するとアーレスさんは近くの棚から瓶を取り出して、その瓶に入った透明な液体を二つのグラスに注いだ。そのうちの一つを僕の下に置いた。どうやら水みたい。変に警戒しちゃった。


 「今回の件と全く関係無いのであれば放置する。....したいところだが、まずはその判断の前に事情聴取だ」


 「“事情聴取”?」


 『黙秘権を行使しまーす』


 『ちょっと。水だけですか? 温かい茶じゃなくて水ですか?』


 「ああ、まずその二匹の生命体はなんだ?」


 「え、えーっと」


 『まずは弁護士を呼べ。話はそっからだ』


 『それとカツ丼をお願いします』


 「....。」


 「あがッ?!」


 『暴力反対です!』


 『回復っと』


 アーレスさんは先程の水が入っていた瓶を僕の頭にぶつけて叩き割った。当然怪我して頭部から血が流れるが、即座に妹者さんの【固有錬成】で治してもらう。


 ....魔族姉妹が招いた結果でいっつも僕が傷つくんだ。もうヤだ。


 「共存しているのだろう? 少しは言うことを聞かせられないのか」


 「すみません、できたら苦労しません」


 『なんであたしらが宿主の言うこと聞かねきゃなんねーんだよ』


 『ただでさえ自由を奪われた身である私たちなんですから』


 僕の意思はどこにも存在しないのだろうか。そう思えてしょうがない。少しは宿主を労わってほしいものだ。


 僕はアーレスさんが淹れてくれた水を飲んだ。


 「そう言えば、どうやって姉者さんたちの存在を知ったんですか?」


 「姉者? ああ、そのうちの一匹か。そうだな、私には認識阻害系の魔法は効かない、とだけ言っておこう」


 「は、はぁ」


 「今度はこっちの質問に答えろ」


 質問とはさっきの問いのことだろう。この魔族姉妹が魔族なのか知りたいのだろうか。もう今更だから隠しても意味無い気がする。


 『魔神――じゃなくて、魔族です』


 『それも美女な』


 「そうか」


 『大体わかってたんだろ』


 「なぜお前らは共存できる?」


 『私たち姉妹がそのように彼の身体を作り変えたからです』


 本人の許可無くしといてコレだよ。魔族姉妹もアーレスさんも申し訳なさとか感じないタイプなのかな。


 「ならザコ少年君、貴様は人間か?」


 「お、おそらく。二人は作り変えたって言ってましたけど、これと言って僕自身に変化はありません」


 「なぜあの場に来た?」


 「宝石を盗んだ人が居ると知ったので、持ち主への見返りを求めて、です」


 事情聴取をされる僕は目の前の全身鎧が怖くて怖くてしょうがなかった。また後頭部をトンで断頭されそうで怖かった。


 「アレは宝石じゃない。魔族の核、“魔核”だ」


 「えっ?!」


 『マジ?』


 『嘘言ってもしょうがないでしょう』


 「貴様の話を鵜吞みにするならば、人間なのに魔核を取り込んでいるその身体だ。今回の件は狙った犯行じゃないのか?」


 「し、知らないことですって!」


 『核にしては魔力微塵も感じなかったぞ?』


 『それは私も思いました』


 ちなみに人間族以外の種族にある核というのは、持ち主が死んで離れ離れになっても砕けない限り、魔力を多少なりとも帯びるらしい。僕たちが見た核は綺麗な立方体だった。


 「アレは核だが通常の役割を成さない。‟空の核”だ」


 「‟空の核”?」


 『『っ?!』』


 空の核って、文字通りの意味で言うならば、中身の無い核ということなんだろう。魔族姉妹たちを見れば、知っていると言わんばかりにあからさまな反応を見せる。


 『空の核....。そのまんまの意味だ。核を人工的に作ったものなんだぜ』


 『ほら、地球では人工臓器とかあったでしょう? あんなものです。本当はもっとヤバいものですが』


 「何がヤバいの?」


 『危険なのはその精度が天然モノ、つまり生物に与えられたマジもんの核並みの域に達している場合だけだ』


 「いや、だから?」


 『苗床さんには前にも説明しましたよね? 人間族以外は核があって、それを原動力に生きているって』


 ああ、そう言えばそうだね。でも空の核には中身が無いって言うんなら無害な気がする。


 『空の核は“器”だ。そして使い方は決まって“魂の移植”』


 『核を原動力としている種族は、自身の魂をお引越しできるということです』


 妹者さんたちにそこまで言われてやっとわかった。中身が無いモノを作って意味があるのかと思っていたがそうじゃない。


 アーレスさんは続けた。


 「核と別に肉体さえあればどんな致命傷や病気になろうと、移り替えれば半永久的に生き永らえる......そういう代物だ」


 核保有者の特権だということを僕は知った。

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