第20話 不本意な収入
「うぅ....ひっぐ」
『泣くなよー』
『いやまぁ、アレは泣いても可笑しくないですよ。そっとしておきましょう』
いや、君らのせいね?
現在、日はもうとっくに沈んでいて、僕は広間の噴水前でしょっぱい水を地面に落としているところである。
「なにも、あそこまで言わなくても良いじゃないか....うっ」
『悪かったって! あんなに盛り上がったらしょうがねーじゃん!』
『でも途中から半べそかきながら腹話術を続行するという神業に、皆さん感激してましたよ』
そう。僕らは昼過ぎから三時間くらいこの広間で腹話術を観客に披露したのだ。内容は僕の過去の痴態話で、それをこの魔族姉妹は容赦無く赤裸々に語った。
あまりの残虐さに僕は恥ずかしさを通り越して泣いてしまった。それはもう、すっごい泣いた。それなのに全然僕のことなんか気にせず、永遠と黒歴史をネタにするから、辛すぎて両手の切断を考えてしまった僕である。
『でも、ほら。めっちゃ稼げたからいーじゃん!』
「収入と引き換えに大切なものを失った気がする....」
『すごい金額ですね。一日で、しかもたったあの数時間でこれだけの量の硬貨を得られるとは....』
持ってきた木箱を見やると、硬貨で中身が埋め尽くされていた。観客が、気が向いたらこの箱にお礼としてお金を入れてくれるのだが、開始一時間でこの箱は硬貨で溢れ返ってしまった。
箱の辺りには入りきらなかった硬貨が散らばっている。
最初は足を止めて聞いてくれる通行人が三、四人だけだった。でもその人たちからの笑い声でどんどん人が集まって来たのだ。おかげですごい盛況だった。
『投げ銭で一番ヤバかったのは“同情”だよな』
『ああ、苗床さんの童貞黒歴史を聞いたら哀れすぎて金貨二枚くれた人ですか』
「ぐすん....」
『それにつられて何人も投げてきたし』
『苗床さん、あなた童貞の才能ありますよ』
「....。」
“童貞の才能”ってなに。
このように、僕の芸が売れた理由は主に三つある。僕の演技力と、腹話術の技術力、そしてネタによる“同情心を煽るトーク力”だ。まさか王都初日で観衆からあんな悲哀な目で見られるとは思っていなかった。
『さーて、今日は乾杯でもしよーぜ!』
『もう。お金が入った途端これなんですから』
「....おうち帰りたい」
『そ、そんなに落ち込む? 事実じゃん』
『こ、こら。それはNGって言ったじゃないですか。苗床さん、本当は明日も場所を変えてやろうかと思ったのですが....』
「ひぃっ?!」
『だ、駄目だなこりゃ。しばらくは大人しくしているか』
『え、ええ。人格が壊れては元も子もないですからね』
「日本に帰りたいよぉ」
僕はしばらく立ち直れなかった。
*****
「え?! 冒険者ギルドに登録してもいいの?!」
『はい。私たちの目的は肉体の回収か破壊ですから、情報を集めるにはそれが良いかと』
『おいおい! 金貨が三枚! 銀貨が四十三枚で銅貨が九十七枚だぞ! こりゃすげぇー! 童貞って得だな!』
右手切断したい気持ちが芽生えてきたのは気のせいじゃない。
路上パフォーマンスから帰ってきた僕たちは、今はもう夕食を買い込み、後は自室にて余暇を過ごすだけである。
そっか。ってことは、投げ銭だけで日本円にして大体8万円か。一日でそれだけ稼げたのは奇跡に近い。
僕は燥ぐ妹者さんを無視して姉者さんと会話する。
「でも前に冒険者ギルドは危険だって言ってたじゃないか」
『ええ。ですが、情報収集する手段が思ったより少なくなりました』
「“思ったより”?」
『予定では、王都で観光を兼ねて探索魔法や盗聴魔法を駆使し、情報を少しずつ得ようとしました』
「“索敵魔法”?! “盗聴魔法”?!」
『ですが例の女性、アーレスさんでしたっけ? あんな化け物が居ては下手な魔法を王都で使えませんから』
なるほど。アーレスさんの魔法に対する鋭敏さは侮れない。加えてこちらの正体もバレているとなると、入国してから情報収集のために魔法を使っては怪しさ大だ。
そこで僕はあることが気になったので、二人に聞いてみることにした。
「....もし仮に―――」
『アーレスさんには勝てません』
『アレはまず敵対すること自体が間違った存在だ』
言葉の続きは「アーレスさんと戦ったら勝てる?」だ。その僕の問いがお見通しのように二人は即座に答えた。
「....そっか」
『言い訳になるが、全盛期のあたしなら、まぁ、いけるな。でも今は普通に無理』
『苗床さんが彼女に蹴られたとき、私は魔力吸収をしましたよね? アレで現在の私のキャパのほとんどは回復できました』
「マジ?!」
『ええ。鉄鎖の接触面積や時間に比例して魔力を徐々に吸収できるのですが、あの一瞬でも充分得ることができました』
『今はお前の身体にあたしらの核をぶち込んでいるから、魔力の上限量が元々低いってのもあんな』
「ちなみに姉者さんは魔力をそうやって回復できるけど、それを妹者さんに分けることはできないの?」
『できますよ。いや、正確にはできるにようになった、ですね』
『魔力の譲渡には対象者同士で接触しなければならねー』
『当然接触したからって供給はできません。渡す側の許可が要ります。例えば、地球ではスマホを充電するのに充電器を用いたでしょう? 充電器もコンセントに差し込まなければ電気を流しません』
「なるほどね。そのコンセントに差すかどうかが“許可”に当たるのか」
『そゆこと。とりま接触すれば、自分の魔力を譲渡し合えるってこと』
聞けば、いつぞやのゴブリン戦以降でこの身体でも魔力譲渡ができるように努力したのだと。あの時は魔力があんま残っていなかった妹者さんに対して、姉者さんは吸収した分余裕があったもんね。だからあんなリスキーな戦法を取れたんだ。
つまり、これからは姉者さんが吸収した魔力も二人で使うことができるのである。これで戦法のバリエーションが増えるはずだ。
「でも接触ってどうするのさ。体内にある二人の核同士をくっつけるってこと?」
『ちゃうちゃう。こうやんだ、姉者』
『はい』
そう言って、相変わらず両腕の支配権が無い僕と違って、彼女たちは好き勝手に両手を動かした。
‟合掌”という形で。
「っ?!」
『んっ』
『むぅ』
これは傍から見たらただの合掌である。お願いするときや謝るとき、神頼みするときなんかにする手のひら同士をくっつけるアレだ。
でも僕の場合はこれは違う。
『ハァハァ.....ぁ』
『んちゅ』
「.....。」
完全にキスである。しかもレズキス。
『と、まぁ、こんな感じで魔力を譲渡できる。詳しい説明は省くが、魔力の譲渡には体液が深く関わっていてだな、これを相手の体液と交えることで、互いの魔力にパスが繋がんだ』
『なんで前屈みになっているんですか?』
「しばらくタイム」
オ〇禁生活が続いたからか、本来欲情しちゃいけない両手でも声だけで反応してしまった駄目息子。
これじゃあ薄っすい本の魔力供給じゃないか。
『も、ももももしかして、勃ったのか?! 自分の両手で?! お前やべぇーな?!』
『おやおや、そこにも魔力が流れてしまいましたか(笑)』
「うぅ」
これはマズいな。聴覚がヤバいのなんの。ぴちょぴちょと瑞々しい音が、耳を防ぐ手段を持たない僕にダイレクトアタックを仕掛けてくる。視覚は平気かな、と思ったけど、両手を離した後の唇同士を繋げる一本の唾液の糸がエロ過ぎ。
僕は戦闘中におっ勃てないよう気をつけることにした。
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