第19話 チョーショックな出来事

 「ご、ご無沙汰しております」


 「先程会ったばかりではないか」


 現在、王都へ入国したばかりの僕に危機が迫っています。


 あの虐待女性騎士さんが......自分の部下を躊躇なく火刑に処したあの女性隊長さんが目の前に居るんです。


 「まぁ、こんな早朝では腹拵えできるような店は多くないからな」


 「は、はぁ」


 そう言って隊長さんは右手の人差し指で、カウンターテーブルをトントンと軽く小突いた。


 ....隣へ来いと言わんばかりに。


 僕は大人しく従った。


 「関所で部下たちから聞いた。世話になったな」


 「あ、あはは」


 「王都と言っても娯楽はそう多くない。きっと万人に歓迎されるだろう」


 「はぁ」


 「言い遅れたな。私はアーレスだ。王国騎士団第一部隊に所属している。今は副隊長の役を担っている」


 「僕は....ナエドコと申します。旅人です」


 なんてこった。第一部隊とか明らかに戦闘力に特化してそうな部隊じゃないか。しかも副隊長って。絶対ヤバい人じゃん。


 「あの、昨晩からまだ時間はそう経っていませんが、もしかして―――」


 「ああ。ずっと見回りを兼ねてそこら辺をほっつき歩いている」


 「....。」


 人手不足なのかな。副隊長さんがするようなことじゃなくない?


 「まぁ、今は見ての通り非番だ。朝食をここで馳走になってから、家に帰って少しの間身体を休める」


 「お、お疲れ様です」


 だから私服姿なのね。まさかがあの鎧の中身がこんな美人さんだなんて思いもしなかった。さっきまでは全身鎧に身を包んでいたからギャップがすごいのなんの。


 「その、あまり詳しくは無いのですが、副隊長であるアーレスさんが夜通しで勤務するほど忙しいのですか?」


 「......いや、そんなことはない。私の場合はこの仕事が好きでやっているようなものだから勝手に動いているだけだ」


 なんか間があったな。


 「では私はこれで」


 「あ、はい」


 「王都は良い所だ。きっと気に入るだろう」


 その言葉を最後に、料理を食べ終わったアーレスさんが席を立った。


 この料理......もしかして僕にお勧めしてくれた品だよね? 炭火焼きの良い残り香がするもん。これを朝からって...。いや、今更だけど。


 そして銀貨を5枚、テーブルに置いてアーレスさんはこの場を立ち去ろうとする。


 「最後に一つ。忠告しておこう」


 「?」


 彼女の手がスイングドアを掴む。こちらからは背中しか見えない。


 「私はこの目で見たモノしか信じない。この街で妙な行動をするならば―――ただじゃおかない」


 「っ?!」


 そう言って、片目だけで僕を睨んできたアーレスさんは素人の僕でもわかるくらいに殺気を放っていた。背筋が凍る。先程までの空腹と疲れが嘘みたいに感じなくなった。


 「...まーじか」


 『ありゃ、あたしらの正体バレてんな』


 『ええ。おそらく魔族だからと言ってすぐ斬りかかるのではなく、しばらくは様子見をするつもりでしょう』


 だよね。バレてたよね。どうしよう、あの人が居る街とか怖すぎてもう出国したい気持ちが湧いてきたんですが。


 ちなみにカウンター席だから目の前で料理している店主が居るのだが、二人の声は例の魔法によって聞こえないようにしている。僕の声は聞こえていると思うけど。


 『つーか、‟フグブタ”かよ』


 「ああー、ね? なんか成り行きで注文しちゃったよ」


 『それは良いのですが、コレ絶対高いですよ』


 は?


 あ、そう言えばアーレスさんが席を立つときに銀貨5枚をテーブルに置いて行ったっけ。たしか銅貨が百円、銀貨が千円、金貨が一万円という感覚で良いと姉者さんから聞いたな。


 「え?! 炭火焼きって五千円?! 高ッ?!」


 『一食で銀貨五枚とは........』


 『フグ系モンスターはうめぇーけど、たけーからな』


 「はい、お待ち!」


 そんなリアクションと同時にフグブタの炭火焼きが盛られた皿が僕の前に出された。たしかにボリュームはある。見ているだけで空腹がファンファーレだ。


 「あ、どうも」


 「はは。ちゃんとメニューに値段書いてあっただろ? 払えねーのはちとこ困んな」


 そう言って苦笑する店主さん。い、いえ、払います。


 ジョンさんから餞別として頂いたお金は金貨が三枚。つまり日本円にして三万円だ。ここで支払ったら手元に残るのは金貨二枚と銀貨五枚である。


 「いただきます」


 「おう!」


 僕は目の前の炭火で焼かれて堪らないくらい良い匂いを発する料理を口に運んだ。


 「うんまぁー!!!」


 『ずりぃー』


 『くっ』


 「そうだろう、そうだろう! がははははは!」


 こうして高いなりにも美味であることに納得した僕は、しばらく一人で食事を楽しむのであった。



*****



 「ああー、腹が満たされたから眠くて眠くてしょうがないや」


 『あーしもくいだいぃぃいいいぃぃいいぃいい!』


 『ここは我慢しましょう。代わりに今度森に言ったときにフグカモをたくさん食べましょう』


 宿屋の一室を借りることができた僕たちはベッドの上で寛いている。妹者さん、姉者さんマジ美味しかったです。とか煽ったら、仕返しされるんだろうな。


 『さて、ナエドコさん。少し休憩したら散策がてら、路上ライブできそうな所を探しますよ』


 「.....本当にするの?」


 『ったりめーだろ! ここの宿代だって一泊二日で銀貨6枚だぞ!』


 ですよね。そうだよ、もう手元にそんな残ってないから早くお金をゲットしないと。


 「僕、腹話術ほど辛かった経験無いよ」


 『てめぇーはただ会話に参加していればいいだけだろ』


 『ナエドコさんの記憶からテキトーなこと話していれば、客は大喜びしますからね』


 ほんっと黒歴史だった。関所で騎士さんたちに披露した腹話術は姉者さんが言った通り、僕の思い出話ばっかだった。


 内容は‟ナエドコ痴態百科”。読んで字のごとく僕を辱める話ばっかである。それを腹話術というかたちで、お客さんに披露した地獄の一時だった。


 「せめて話す内容変えよ。あの内容は僕のSAN値がガンガン削られる」


 『ヤだ』


 『盛り上がってたじゃないですか。当分の間はアレでいきましょう』


 「.....。」


 僕に拒否権は無いらしい。一休みも兼ねて不貞寝する僕であった。



*****



 『鈴木くーん、起きてぇ♡』


 「っ?!」


 耳元で綺麗な女性の声に囁かれたので、僕はベッドから飛び跳ねて起き上がった。


 『ぎゃはははは!! 見たかあの反応! ち〇ぽもおっきしてんじゃねーか!』


 「なっ?!」


 『ふふ。男という生き物は醜いですね。これで腹話術で話せる内容が一つ増えました』


 まさかこの魔族姉妹があの声で、僕の耳元で囁いたのか?! な、なんて卑劣な.....。


 「さ、最低だよ。男心を弄び過ぎだ」


 『わりぃわりぃー』


 『でも結構色気があって興奮したでしょう?』


 「くっ。ちなみにさっきの声はどっちが?」


 『あーし』


 『妹者です』


 「くそぉぉおおおおおお!!」


 『おい! “くそ”とはどーゆーことだッ!!』


 『大方、声が女性ってだけで、ろくに魅力を感じない妹者に欲情してしまったことを後悔しているのでしょう』


 『ざけんなッ!! あたしだって好きでやったんじゃねーんだよ!』


 「だったら、やんなきゃいいじゃん!! どーせ、またしょうもないことを二人でジャンケンして決めたんでしょ?!」


 『おや、起きてたのですか?』


 「やっぱりそうかよ!!」


 『息子さんは逸早く起きてたけどなー』


 『ほら、さっさとこの凶悪なモノを治めてください。出かけますよ』


 この魔族共には反省の“は”の字も無いな.....。


 部屋の窓を見ると日はすっかり一番高い所まで昇っている。あとは日没まで数時間照らしてくれるだろう。僕も数時間は寝れたみたいで気分は最高だ。起きた時は最悪だったけど。



*****



 「お、広間だ」


 『ここなら路上パフォーマンスできそうですね』


 現在、宿屋から出発して散策を始めた僕たちは数十分後には街の広間に辿り着いていた。広間の中央には噴水があって待ち合わせにはもってこいのスポットである。


 『けっこー賑わってんな』


 「たしかに。これなら腹話術ライブしても人が集まってきそう」


 『ではさっそく披露しましょうか。苗床さん、募金箱を出してください』


 え、もう?


 心の準備ができてないんですけど。ディスられる心の準備が。


 それでも背に腹は代えられないので、僕は中央の噴水に向かいながら、持ってきた箱を取り出した。この箱は姉者さんが言った通りに貯金箱である。大きさはバイクのフルフェイスヘルメットがすっぽり入るくらいの物だ。気が向いた観客がこの箱にお金を入れてもらうのである。


 「はぁ。本当に上手くいくのかな」


 『ダイジョブダイジョブ~』


 「......。」


 不安で不安でしょうがない僕であった。

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