第三章 ダンジョンにはまだ行けませんか?

第15話 新たな旅立ちは涙がつきもの

 「ひっぐ.....うぅ.....」


 『泣くなよッ! 男だろーが!』


 『息子は朽ち果てましたけどね』


 現在、僕は馬車に揺られながら、王都ズルムケ大国に向かっています。


 「リープざん.....」


 『まぁーたあの女かよ。いい加減諦めろよ』


 『ええ。少々酷な事をしましたが、あの女性とくっついては今後の予定に支障をきたしますからね』


 “少々”? なんなんだこの魔族共は。


 そう、あの晩はこいつらのせいで、息子が勃たなくなってしまった僕は、居ても立っても居られず、翌日の今朝には王都へ向かうことにしたのだ。リープさん、それとジョンさんたち、急にごめんなさい。


 全部、この魔族姉妹のせいです。


 『逆に良かったな? あんなブスで童貞卒業せずに済んでよ』


 「君に人の心は無いの.....」


 『魔族ですからね』


 『考えてもみろよ。王都に行けば美女共がわんさか居んだ。エルフやドワーフで捨てた方が後味良いだろ』


 「初体験に後味とか言わないでよ」


 『まぁでも、少なくとも後悔はしませんよ』


 リープさんでも後悔なんかしないよッ!! 勝手に決めないでくれる?!


 僕は自分勝手な魔族姉妹にため息を零しながら外を眺めた。辺り一帯は森である。今馬車で通っている道を真っ直ぐ辿って行けば、ズルムケ王国に着くのだと御者の人は言っていた。


 ズルムケって......。まぁきっと違う意味なんだろう。


 「王都に向かうのは良いけど、着いたらまず何をすればいいの?」


 『そうですね。まずは宿を取ります。手持ちのお金も少しですし、あまり贅沢はできませんが、四、五日はまぁなんとか生活できるでしょう』


 『日銭を稼がなきゃな』


 「ということは.....」


 『そりゃあアレしかねーだろ』


 『ええ。適度に稼げて、定期的な労働の義務もないアレです』


 「冒険者ギル―――」


 『大道芸だな!』


 『路上パフォーマンスです』


 「......。」


 ちょ、さすがにそれはない。なんというか、僕の気持ちを踏みにじりすぎ。


 「ねぇ、なんで異世界に来て大道芸なんかしなきゃいけないの?」


 『そりゃあおめぇー、金が無いし、こっちでは特に許可なく好きな時に出来るからな』


 『逆になんで冒険者ギルドとか血迷ったこと口にしてるんですか』


 「だって異世界だよ?! ダンジョンあるんだよ?! 美少女とパーティ組めるんだよぉぉおお!!」


 『お、お前、もうちょっと自分を抑えた方がいーぞ』


 『私たちが居ることを忘れてませんか? 人間の体内に核があるんですよ? それも二つ。そんな得体の知れない奴の存在がバレたらどうするんですか』


 「で、でもさ.....」


 『冒険者ギルドの依頼はほぼモ〇ハンと一緒だ。それにモンスターだけじゃねー。危険と見なされる魔族も狩る依頼だってある』


 『魔族を監視、または入国拒否するためでもある身分証なんです』


 そう言えば、魔族と人間の関係を聞いてなかったな。その身分証の発行には血の色や血液中の魔力濃度を調べて人間かその他か判別するんだっけ。


 「前から思ってたけど、人間と魔族の関係はどうなの?」


 『一概には言えませんが、良好な関係とは言えません』


 『今からざっと百年前の“第二次種族戦争”が原因だろーな』


 「“種族戦争”?」


 『はい。主に人間族、獣人族、魔族の三種族による大規模な戦争です』


 『結果は......まぁ、人間族の勝ち。人間族の望みは互いの不干渉。特に植民地化する訳でも賠償金を求める訳でもねー。“未来の平和”を謳ってたからな』


 なるほど、人類が勝ったのね。じゃあ互いに不干渉ってことは、今は別にどっかで争っている訳でもないのかな。


 「ふーん? でも人間が勝つってすごいことだね」


 『ほう? なぜそう思うのですか?』


 「偏見、というか漫画やラノベ知識だけど魔族に比べて魔法に劣るとか、獣人と比べて身体能力が低そうなイメージがあったから」


 『その認識は正しいです』


 「でもそう考えると、どうやって勝ったんだろーね?」


 『人間の得意とする戦法には“数で押し切る”という手段があります』


 「.....。」


 『ふふ。苗床さんと同じですね? 死んで死んで死にまくった際に得られたチャンスを掴んだのでしょう』


 僕と同じなもんか。僕の場合はちゃんと生き返る。命は一つということに関しては平等だけど、不死にも近い僕は絶対に戦死した人たちとは違う。ある意味、“生への冒涜”だろう。


 『んな顔すんな。てめぇーが気にすることじゃねーよ』


 「だね。そっか、じゃあ今の平和は人間が勝ち取ったものか」


 『.....違いありません。きっとそうなのでしょう』


 「?」


 『.....ま、結果人間族の勝利なのに違いねー』


 『さ、この話はここまでです。大道芸の打ち合わせでもしましょう』


 なんか二人共誤魔化してない? というか、大道芸一筋でいくの決定なのかな。少しは異議を聞いてもらいたいんだけど。


 『ふふ。想像してください。あなたの披露する芸で人々が笑顔になるのですよ? 立派なことじゃないですか』


 「ええー」


 『血生臭い冒険者なんかよりゃあマシだぞ!』


 「でも記憶を覗いたからわかると思うけど、人様にお見せするような芸なんて持ち合わせてないよ?」


 『ばーろ。んなこと知ってるっつーの』


 『私たちが居るじゃないですか』


 いや、君たちさっき人前に出たらマズい的なこと言ってたじゃん。


 「えーっと」


 『あたしらはこうして喋られる』


 『そこを売りにしていきましょう』


 「も、もしかしてだけど、それってまさか―――」


 『『腹話術』』


 異世界に来て腹話術で生計を立てるって......。



*****



 「お、見えてきた。アレがズルムケ王国かぁ」


 遠いし、外壁で良く見えないけど、おっきな国だってことはわかる。


 馬車に揺られながら、ここまで辿り着くのにほぼ一日は経っただろうか。空はもう真っ暗だ。途中休むことはあったが、なんとか日付が変わる前に王都に着くことができそうだ。


 別に焦っていなかったので、馬を休ませてほしいと御者さんに言ったのだが、あちらのミスか、明日には別の仕事があるとかで、急いで他所へ向かわないといけないらしい。


 お馬さん、お大事に。馬刺しになったら絶対ご馳走になるから。

 

 『やっとか。尻いてーわ』


 『こらこら。苗床さんが美女わたしたちのを想像しちゃうでしょう』


 しねーよ。あんたら手に欲情なんかするか。それに尻無いだろ。


 というか、二人の元の姿は一体どんな容姿なんだろう。魔族って言うからには、偏見だけど、角とか尻尾が生えているのかな。


 「お客さん、そろそろ着くと思うけど、入国できる時間はもうとっくに過ぎてる。悪いが、あと数時間したら開門するから、それまで待っててくれ」


 「はい。ここまで本当にありがとうございました」


 ちなみに六十代男性と思しきこの御者さんとは、少し前まで一緒に休憩を取っていたのだが、その際、僕に向かって「若いうちは悩むことがたくさんある。辛かったら周りの大人を頼るんだぞ」と言ってきた。


 僕はこれに対して思い当たる節が無かったので「善処します」としか言えなかったのだが、そういえば魔族姉妹との会話は例の魔法によって他人には聞こえないので、単純に僕が独り言を永遠としていると思った故の気遣いだろう。


 不気味だったよね。ごめんなさい。これからは気をつけないと。


 『んじゃ、今日は近くで野宿か』


 「そうだね。一応食料はあるけど、デザートにその辺の木の実でも食べようか」


 『もう妹者の【固有錬成】ありきの発言ですね。木の実だって有毒な物あるんですから』


 はは、たしかに。


 僕らは馬車の荷台から下りて御者さんと別れた。場所は森を出た付近である。こっから王都までは木などなく、ただの平野が続いた。


 寝床となる場所を探すため、適当にそこら辺を散策することにした。


 『もうこの辺で良くね? 持ってきた肉食おーぜ!』


 「賛成。じゃあ準備しよう」


 食材はエエトコ村で貰った生肉を使う。さすがに何もせずに持ち歩いては腐るので、保存方法として姉者さんの魔法で凍らしてもらった。【凍結魔法】の初級ほどのレベルじゃないので特に副作用は無かった。あとはこれを妹者さんの火属性魔法で解凍して焼くだけである。


 僕は少し森に引き返して焚火に適してそうな枝を集め、さっそく料理に取り掛かることにした。


 『苗床さん、あの核はどうしますか?』


 「え?」


 『ゴブリン戦での核です』


 火で解凍する妹と違ってすることが無いからか、姉者さんがそんなことを僕に聞いてきた。


 「どうするって言われても。核って使い道あるの?」


 『上位のモンスターなら使い道は山程ありますし、素材も利用価値があります。ですがフグゴブリンの場合は有毒な体液の処理に加えて、そもそもゴブリン自体に需要がありません』

 

 「じゃあ売れる訳じゃないのか」


 『ええ、二束三文です。が、トノサマゴブリンは違います』


 トノサマゴブリンを倒した後は特に素材回収なんかしなかった。疲れたってのもあるけど、なにより上半身部分は姉者さんの魔法で消し飛ばしたからね。手元にあるのは核だけだよ。


 「トノサマゴブリンの核ってどれくらいで売れるのかな?」


 『いえ、売らない方向でいこうかと思います』


 「え? あまりお金無いんだよ? 売って生活費にしないの?」


 『ただのトノサマゴブリンなら売ります。が、今回の場合は―――』


 『食う。お前がな? トノサマゴブリンの“核”を』


 僕らの会話に入ってきた妹者さんは解凍の途中だったのか、それとも終わったのか、肉を視界に入れていない僕にはわからない。彼女の発言に驚いてしまったからだ。


 モンスターの“核”を食べるって.....。

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