第11話 ブスと中身と最低と
『コユーレンセイ.....リキテン、ショウカ』
僕は訳のわからないまま目の前のゴブリンによって上空に飛ばされた。
「がはッ?!」
『かかッ。二回目のスカイダイビングだな!』
「
痛みが後になって湧いてきた。
鋭い激痛が全身を駆け巡る。呼吸もしづらい。喉に何か......血の塊が詰まっている感じだ。視界に映った自身の四肢が関節に関係なく、あらぬ方向に折れ曲がっているのを目にする。
でもそれは束の間。頭の天辺から足の爪先まで痛みが駆け抜けて、どこを攻撃されたのか未だにわからない。痛いとか通り越して、身体の感覚が無くなってきた。
そして着地なんか碌にできない僕の身体は、無様にも頭から地面に叩きつけられる結果に。
『【固有錬成:回復】。おら! 姉者、起きろ! 久しぶりの大物だぞッ!』
『ちょっとは寝かせてくださいよ。.....おや、目の前のモンスター、‟トノサマゴブリン”じゃないですか』
「おえッ。ハァハァハァハァ.....うっ」
い、痛みが退いた? 妹者さんが回復させてくれたのか。
あのでっかいゴブリンは‟トノサマゴブリン”と言うのか。トノサマゴブリンを見ると、吹っ飛ばした僕なんか見向きもせず、今度は必死に逃走しているリープさんを徐々に追い詰めていった。
その気になればあっという間に狩れるはずなのに、そうしないのはモンスター故の人間を嬲りたいという性だからだろうか。
『そうそれ! アレなら今までの奴らより魔力持ってんだろ』
『たしかに。しっかしまぁ、次から次へと忙しないですねー』
「.....げよ。ハァハァ」
『おーし、気合入れていくぞぉー』
『
「逃げよう!!」
『『は?』』
僕は両手に向かって叫んだ。
「あんなの倒せない。僕じゃ、無理だ」
『てめぇーはな。あーしらなら時間かければ倒せるぞ』
『ええ。良い機会ですから格上相手に色々と試しましょう』
「ふざけるなッ! 時間をかければ?! 色々と試す?! 僕の身体だぞッ!!」
『【固有錬成】があんじゃねーか。死なねーよ。気楽にいこーぜ?』
『そんなんでこれからどうするんですか.....。これからトノサマゴブリンなんか比じゃない敵と戦っていくんですよ?』
「僕が痛い思いするって言ってんだよッ!!」
『『.....。』』
僕は内に秘めていた感情を二人にぶつける。
「異世界に来た! 痛い思いをするだろうとは思ってた! でもなんだよ、この一方的な暴力は?! パワーバランスもクソも無いじゃいか!」
『『.....。』』
自分は先程までフグゴブリンを蹂躙したというのに、どの口がパワーバランスなんて単語使ってるんだろう。
「さっきの見たよね?! 僕が食らった奴の棍棒の一撃! 痛みは一瞬だったけど、打ち所が悪かったら即死じゃすまない! 受ける度に治るまで!! 少しの間でもあの痛みを感じないといけないんだよ!!」
『『.....。』』
逃げようと言った矢先、こんな大声を出してはあのトノサマゴブリンに気づかれてしまうかもしれない。
それでも叫ばずにはいられなかった。
「なんだよそれ、なんなんだよぉ。僕だってこんなこと言いたくないのに、逃げたくないのに、あの痛みをもう身体が覚えちゃったんだよぉ.....」
『逃げるか? あたしは別にかまわないけど』
「..................え?」
『まぁ、‟トノサマ”クラスは苗床さんにとって少し早かったのかもしれませんね』
え、僕が泣いて縋ったら.....このまま逃げてもいいの?
てっきり戦闘を強制されるかと思ったんだけど。
「さ、さっき二人共.....」
『そりゃあせっかく目の前に“トノサマ”クラスが居るんですから挑みたいですよ?』
『んでも、てめぇーの‟心”が壊れたら元も子もねーからな。精神にあたしの“
「.....。」
『仕方のないことです。諦めましょう』
『まっさかこんなヘタレだったとはなぁー! ちょっと寄生先間違えたわー!』
そんな安い挑発には乗らない。逃げよう。なんと言われようと逃げよう。
幸い、アイツはまだこっちに気づいていない。リープさんが囮のような役割を担ってくれているおかげだ。
.....そう、彼女のおかげだ。
僕はあのモンスターに背を向けて、この場から立ち去ろうとした。
『あ、おい。待てって』
「え、な、なに?」
『なに普通に逃げようとしているんです?』
「は?」
『どっかその辺に隠れろ。んで少しでもあのデカブツを観察しろ』
『でないと次会った時の参考にできないじゃないですか』
.....このまま隠れてリープさんが嬲り殺されるのをじっと見ろと? 冗談じゃない。
僕は二人にかまわずこの場を去ろうとするが、近くの木に右手がめり込む程がっしりと掴んでいて進むことができなかった。
「き、気づかれたらどうするのさ。少しでも遠くに―――」
『甘えんなよ、クソガキ』
「っ?!」
『てめぇー何様だ? なにしにこの世界に来たんだ?』
「ぼ、僕は異世界で旅をするために―――」
『そこに痛みはねーのか? 存在しねーって言い切れんのか?』
「.....。」
『楽して生き残れるような世界じゃねーぞ。もっかい言う。目の前のモンスターが、あの女を殺すまでちゃんと見届けろ』
「なんで僕が.....」
『それが、できるのに何もせず、怖気づいた野郎の最低限のマナーだからだ』
妹者さんは未だかつてない程の怒りを
『苗床さん。あなた、運が良いですね?』
「っ?! 僕のどこがッ!」
『だってそうでしょう? 痛みを感じるのは誰でも平等。でもあなたには誰にも無い回復方法があって、何度でも元通りに治る』
「そ、それのせいでまた何度も同じ痛みを味わうんだぞ!」
『それと同時に何度も治す
「....いったい何が言いたいの?」
『彼女を見てください。あの女性には私たちのように何度でも回復する術はありますか?』
「....。」
『前にもお伝えしたように、妹者の能力は基本、自己対象のようなものです。苗床さんは一時的に妹者と共存しているため、その対象にあなたが含まれているだけ』
「....リープさんが一撃でも食らったら死ぬだけだよ」
『そうですね。確実に死にますね。でもさっき自分で言いませんでした? 「打ち所が悪かったら~」って』
「....。」
そうだ。打ち所が悪ければ、例えば片足だけを狙っての一撃、急所を外した一撃を食らえば死はまだ許されず、次の一手を相手に許してしまう。
その一手がまた痛みを呼ぶんだ。
僕が全てだと思い込んだあの痛みを。
『あなたは本当に運が良い。あの痛みを......たった数秒間、味わうことしかなかったあの一瞬の痛みを、さも一生に一度しか無い痛みだと豪語できる程に錯覚できて、我儘を胸張って言えるんですから』
姉者さんも普段通りに落ち着いてる様子だが、妹者さんと同じく憤りを感じる。
口だけなのに、どうしてこうも二人の感情は僕によく伝わってくるのだろう。
「じゃあ僕はどうすればいいんだよ....」
『だーかーら! 最初から言ってんだろ!! 嬲り殺すところ見ろって! ブスでもお前が重要なのは中身だって、そう思えた女が殺される貴重なシーンなんだから!』
「そんなこと―――」
『一段落したら村に戻りますよ? そして彼女の家族に伝えてください。「モンスターに襲われて娘さんは臓物をまき散らしながら死にました」って』
ああ、そう言えばこの二人は人間じゃなくて魔族か。だからこんな最低なことを言えるんだよね。
..........最低なのは僕もか。口にするか行動するかの違いで
この先、僕は今逃げたことを必ず後悔する。逃げる度に後悔する性格だって一番わかっているんだ。
なにが、人は‟可愛い”より‟性格”だ。異世界ライフのこんな序盤で、こんな葛藤は要らない。少なくとも、これからこの世界で生きていく僕には――必要無い。
「はは。そうだよね、大切なのは......中身だ」
『『?』』
いつの間にか、僕の足は前へ。
「
いつの間にか、僕の頬は吊り上がっていた。
「あーあ! 童貞ってほんっと損だなぁー!」
そしていつの間にか、僕の存在を忘れ去ったクソゴブリンの瞳に―――
『グガァッ?!』
―――僕の指先が映った。
さっきの仕返しだ。はは、痛がらないでよ。ちょっと目を突いただけじゃないか。僕は指先に付いたトノサマゴブリンの血を振り払った。
「な、ナエドコさ―――」
とリープさんは声を掛けてくるが、悪いけど、今の僕は聞く気になれない。
「よし、フグ要素が無いだけマシと考えよう」
『かかッ! 違いねぇー!』
『今度は私が加勢するんです。死ぬ回数を減らしてあげましょう』
「死ぬ前提かぁ。......さ、第二ラウンドだ! 妹者さん、こんな時はなんて言うんだっけ? アレで良いんだっけ?」
『ったりめーよ! んなもんアレしかないだろ!』
『アレですか。あまり口にする
お、じゃあ三人でいっせーのでいきますか。
いっせーの―――
「手始めに
『クールにいこうぜぇー!』
『ふふ。燃えてきました!』
......まぁ、こういうこともある。
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