第10話 一難去ってまた一難は世の常である

 「うおう!」


 『成功です』


 『案外上手くいくもんだな』


 現在、僕たちはエエトコ村周辺の森で鍛錬しています。二、三日の滞在予定だったけど、もう五日はジョンさんの家でお世話になっている。理由は言わずもがな。


 今やっているのは筋トレで、腕立て伏せを一セット五十回目指して頑張っているところだ。


 「手の甲にまで‟口”を移動できるようになったんだね」


 『ええ。これなら腕立て伏せの最中も引っ込まなくて済みます』


 『くぅー! シャバの空気が美味いぜぇー!』


 数分間引っ込んでただけでしょ。


 そう、今まで手のひらにしか無かったあの二人の口が、なんと今では僕の両手の甲に移ってきているのである。


 「手の甲か」


 まぁ、手で言えば、表か裏かの違いなので僕のSAN値はさほど削られない。許容範囲である。


 『ゆくゆくはてめぇーの頬とか腹に移動するがな』


 「やめて。今の状態でもギリギリ人間なんだから、これ以上僕の身体で好き勝手しないで」


 『ふふ。驚くのはまだ早いです。実はもう一つ――』


 「あ、居ました。ナエドコさーん!」


 すると僕の下へリープさんがやってきた。何やら彼女の背には背負い籠がある。どうしたんだろう。


 「二人共、引っ込んでてね。....はーい! 腕立て伏せ千回やってたナエドコでーす!」


 『『....。』』


 僕は近くに置いといた上着を回収してリープさんのとこへ向かった。


 「どうしたんですか?」


 「これから薬草を摘みに。すみません。訓練の邪魔をしてしまいましたか?」


 「いえいえ。まぁ、あと十セットはしようと思ってたところですが、リープさんを蔑ろにしていい理由にはなりません」


 「すごい一万回も?! 私じゃ無理ですよ」


 すみません。僕も一万回どころかその十分の一もできません。


 「はは。このくらい余裕です。ところで、お一人ですか? 森は危険ですよ?」


 「はい。その....」


 「?」


 リープさんがモジモジしながら、若干身長が彼女より高い僕を上目遣いで見つめてくる。


 「本当は、その、よろしければナエドコさんに護衛を、と思いまして。お強いですし」


 『あざとッ!!』


 『あざといですねー。百アザトーイポイントを差し上げます』


 「っ?!」


 僕は慌てて右手と左手の平を交互に叩いた。バチン、バチンと。


 「?」


 「あ、あははは」


 僕は笑って誤魔化すしかできない。


 こいつら、何したかわかってんのか。僕の声ならまだわかるけど、いやわかりたくはないけど、地声で今『あざとい』って言ったぞ。聞こえたじゃん。これ絶対に丸聞こえじゃん。どーすんのぉ。


 『ってーな!』


 『安心してください。この声はある魔法を使った効果で、ナエドコさん以外には聞こえません』


 あ、そうなの? この頃、保有魔力に少し余裕があるからか、二人はいろんな魔法にチャレンジしていたよね。


 でも『叩いてごめんね』とは言わない。あざといとか失礼すぎ。


 「それでそのぉ」


 「はい。お供させてください。ゴブリンだろうとドラゴンだろうと守ってみせますよ」


 『『.....。』』


 「ありがとうございます!」


 斯くして僕はリープさんの薬草採取の護衛をすることになったのであった。



*****



 「「.....。」」


 薬草採取をして、かれこれ三十分くらい経つだろうか、ついでにフラグも回収さいしゅしてしまった。


 僕とリープさんの前に多数のゴブリンが出現したのだ。


 「な、ナエドコさん」


 『ぎゃはははは! 本当にゴブリン来たじゃん!』


 『くくっ。これは滑稽ですね。ほら、守ってみせるんでしょう? 頑張ってください』


 「.....気をつけてください。僕から離れないで」


 二人の笑い声は例の魔法によってリープさんには聞こえていないだろう。


 くそぅくそぅ。なんでこんなことにぃ。


 『いーや、鉄鎖を振り回すのに邪魔だから離れさせろ。もしかしたら戦闘に巻き込むかもしれねぇーし』


 「.....やっぱり戦うとなると巻き込んでしまうかもしれないので離れてください」


 「は、はい!」


 『いえ。ゴブリンは狡猾なモンスターなので、離れたらきっと彼女が真っ先に狙われますよ』


 「.....すみません、やっぱこっちに来てください」


 「は、はぁ」


 どっちだよ! リープさんで遊ぶな!


 『お、あいつら‟フグゴブリン”じゃねーか』


 『本当ですね。フグカモと同じで体液は有毒なので気をつけてください』


 「さいですか」


 フグ要素多すぎ。なんなのこの異世界。


 フグゴブリンと呼ばれるモンスターは、顔と腹がフグのように膨らんでいて、小柄なモンスターだ。数が多いな。ざっと十体近く居るようだ。


 『まぁ、大した敵じゃありませんよ。【固有錬成:鉄鎖生成】おええぇぇえええぇええ!!』


 「だ、大丈夫ですか?!」


 「え、ええ。さっきの腕立て伏せによる吐き気がしただけです」


 『来るぞ! クールにいこうぜぇ! 敵が来るだけに』


 やかましいわ。


 吐いた声って男女区別つかないよね。でも僕じゃないなんて言えない。


 っていうか、さっきの声を隠蔽する魔法あったじゃん。ゲロ声隠せたじゃん。できなかったのかな。吐くときって妙に力入るもんね.....。制御できなかったんだろう。マジゲロスキル。


 フグゴブリン達は一斉にこちらに向かってきた。中には武器を持っている者も居る。数が多いな。


 「リープさん! 目を瞑っててください!」


 「え? あ、はい!」


 僕はリープさんが目を瞑ったことを確認してから右手を前に突き出した。そして僕も目を瞑る。一応、作戦が無い訳じゃない。まずは事前に話していた通り、行動開始だ。


 「さっそくだけど、さっき練習したヤツをやるよ!」


 『うっしゃあ! 【烈火魔法:火逆光かぎゃっこう】!!』


 『まぶッ!』


 め、目を瞑っててよ。と言いつつ、薄目で見ていた僕も若干眩しくて戸惑った。


 【火逆光】と呼ばれる魔法は火属性系統の準攻撃型魔法である。つまりこの魔法自体に殺傷能力はあまり無い。“眩しい”と言ったのは、この魔法が“発光する”というだけの、ただの目眩ましだからだ。


 最近、安定した食生活のおかげか、空いた時間は森で野生動物を狩りをして二人に食べさせているため、回復しつつある魔力で複数の戦法を考えていた。


 「はあああ!!」


 僕は目くらましで足止めしたフグゴブリンたち目掛けて鉄鎖を鞭のようにぶつけた。


 全員罠に掛ったからか、順調に横薙ぎ攻撃で打撃を与えては魔力を瞬時に吸い取る行為を繰り返す。元々魔力が少ないモンスターらしいので、根こそぎ吸い取ったらすぐ魔力切れで戦闘不能に。


 ある程度距離は保っているので、なんとか有毒な体液を浴びずにいられるから、立ち回りは比較的安全だ。


 『二体こちらに来ます。アレは闇雲ですね』


 「くそ!」


 『プランBで行くぞ!』


 「‟プランB”ってなに?!」


 『了解です。.....両腕に鉄鎖を巻き付けました』


 『よし! おいクソ童貞! 目の前の二体にラリアットしろッ!!』


 「ふぁあッ?!!」


 なんか有毒モンスター相手にラリアットしてこいとか言われたんですけど!


 『安心しろ! 毒食らってもあたしの【固有錬成こゆうれんせい】があんから!』


 「え、いや、でも―――」


 『男は度胸ですよ。なに、腕立て伏せ一万回よりはマシです』


 え、ええー。


 『早せんかッ!』


 「え、ええい! ままよ!!」


 『私、定時なんで引っ込みますぅ』


 くそ姉者ッ!


 僕はこのまま勢いよくフグゴブリンに突っ込んでいった。


 いつもより身体が軽く感じる。最近始めた筋トレのおかげか、極限状態で肉体のリミッターが外れたのかわからない。でも今までの僕が出せるような全力疾走ではないことは確かだ。


 綺麗なラリアットとはお世辞でも言えないが自身の腕で、面積の広そうなフグゴブリンのお腹に目掛けて思いっきり殴りつけた。


 「「フグゥッ!!」」


 「っ?!」


 逆流でもしたかのようにフグゴブリンの体液が勢いよく口から噴き出される。


 当然僕にかかる。口や目に入ったし。マジ汚ねぇ。


 「ハァハァハァハァ」


 『ガッツ見せたなぁ! 見直したぞ!』


 「うぐっ!」


 『ああー毒浴びたんだっけ。わりぃわりぃ。【固有錬成:回復】』


 即座に毒が回り始めたかと思ったが、妹者さんのおかげでなんとか全回復できた。


 そんな僕の所へリープさんが駆けつけてきて心配してくれた。


 「ナエドコさん! 大丈夫ですか?!」


 「あ、ああ。余裕だよ」


 『なぁーにが余裕――だッ?!』


 右手をバチン。きっと例の魔法でリープさんには聞こえていないだろうけど、僕は右手を叩かないと気が済まない。少しはかっこつかせてよ。


 「さ、薬草採取はまた今度にしましょう」


 「あ、あのこのゴブリン達は.....」


 「リープさんを送った後、また来て処理します。魔力切れで倒れているので、そうすぐには起き上がれませんよ」


 『いや、今ここで殺れよ』


 だって目覚めたら怖いじゃん? もう放置しようかと思ってるんだけど。駄目かな?


 『言っとくが放置なんて論外。また目覚めて今後その女が襲われたらどうすんだ?』


 「.....。」


 駄目みたい。


 ああー、モンスター殺すとか初めてなんですけど。絶対夕飯食べれなくなるよ。モンスター狩りって何一つ良いこと無いな。


 「とりあえず、リープさんを村に―――」


 『オウオウ、ヨクモマァ、コンナニタオセタナ、ニンゲン』


 「っ?!」


 誰かと思って振り向いたら十数メートル先に、棍棒を肩に担いだ一体の大きなモンスターが居た。そのモンスターを目にした瞬間、背中を冷たい物でなぞられたような悪寒が走った。


 体格はフグゴブリンとは比べ物にならない程大きい。二メートルはある。筋肉もゴリゴリだ。ただ肌は深緑色という点はゴブリン共と同じである。


 「う、嘘。モンスターが言葉を.....」


 「.....。」


 『ひゅぅー。こりゃあちとマジーな』


 「逃げましょう! あ、あんな大きなモンスター倒せる訳――」


 「駄目だ。さすがの僕でもそれくらいわかる。アレに背を向けた瞬間、百パー殺されるよ」


 『お、雑魚しか相手したことねーのに、格上の殺気もわかるようになってきたか。ちゃんと成長してんじゃねーか』


 でっかいゴブリン(仮)は一歩ずつ僕らとの距離を縮めてきた。対する僕らもコイツに向き合いながら後ずさる。でもあちらの一歩一歩が大きいため距離は縮む一方だ。


 『ニゲンナヨォ』


 「.....リープさん、振り返らず、後ろへ真っ直ぐ逃げてください」


 「な、ナエドコさんは.....」


 『ハナシアイハイイカァ? イクゾォ? ンン?』


 「早くッ! あんた邪魔なんだよッ!」


 「っ?! ご、ごめんなさい!」


 そう僕が怒鳴って、彼女がこの場を走り出したと同時に、でっかいゴブリンが一気に僕との距離を縮めてきた。


 『コユーレンセイ.....リキテン、ショウカ』

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