第9話 大事なのは中身で
「へぇー、ここがエエトコ村ですか」
「はは。地味でしょう? 人口は百人も満たないですから」
馬車に揺られながら見えてきたのはエエトコ村と呼ばれる小規模な村である。
田舎だな。のどかでいい。しばらくはここに滞在しよう。
ちなみにさっき妹者さんたちが倒した盗賊は縛って村に引き渡すとのこと。恐ろしくも斬首は免れないんだって。刑重すぎん?と思ったけど、まぁ盗賊だしなって仕方なく思う気持ちがあるのも本音である。
「申し遅れたのですが、私はジョンと言います。旅人さんのお名前は.....」
「あ、鈴――」
『苗床です』
『童貞です』
「え? ナエドコ、ど、童貞さんと言うので?」
童貞は異世界でも伝わんのな。マジ卍。
もう僕の声真似やめろよ。ほんっと迷惑だわ。僕は左手で右手を軽く抓った。
「ナエドコでお願いします」
「ナエドコさんは身分証をお持ちですか?」
「身分証?」
「はい。先程は輩から助けてもらいましたが、どういった方なのか気になりまして。確認も兼ねて拝見したいのですが.....」
「ああ、えーっと」
どうしよう。んなもん無いんですけど。
『すみません。以前、失くしたもので』
「なるほど......。では村には私の方から伝えておきます」
『お手数おかけします』
姉者さんナイス。声真似の魔法はこういうときに役立つよね。
こうして僕は無事、エエトコ村に入ることができた。
ちなみに身分証の発行はこの村ではできないらしい。いくつか手間があって、本人の採血、在住地証明書を揃えるなど、意外と面倒みたいだ。
日本で言うと印鑑と住民票、在職証明書かな。
『早いとこ身分証は作った方が良さそうですね』
「たしかに。こういうのは大体街ギルドで作るって相場が決まっているんだ」
『よくわかってんじゃねーか。んじゃ、次の向かう場所はここから近い王都ズルムケか』
今はジョンさんの家の客室を借りて、三人で今後の予定を話し合っている。二、三日はここに居ると話し合って決めた僕たちは、このままこの村に滞在することにした。
すると不意にコンコンとドアをノックする音が聞こえた。
「し、失礼します」
「は、はーい」
ドアを開けるとそこに居たのは、姉者さんたちが助けたジョンさんの一人娘、リープさんだ。ここに運ばれるまで気を失っていたのだが、いつの間にか目が覚めて僕の前に居る。
リープさんは茶髪で、頬のそばかすが特徴的な少しぽっちゃり系の女性である。僕より歳下かな? JCくらいの幼さを感じる。
良く見たらブ――控えめな顔面偏差値じゃないな。普通.....と言ったら失礼か。うーん、なんというか、平たく言うと―――
『中の下』
『しッ』
「?」
「お、お邪魔してます。ナエドコです。えーっとリープさんですよね?」
「はい。先程は助かりました。まさか盗賊がこんな田舎周辺に居るとは.....」
「ご無事でなによりです。盗賊も村の人たちを襲わないとやっていけなかったんですよ」
「ふふ。お強いんですね」
「いえいえ。ちょっと魔法が使えるくらいです」
お、なんだこれ。意外とイチャついてない? 僕、女の子と会話しちゃってない?!
あ、駄目だ駄目だ。妹者さんがなんか言いたそうにしている。僕が魔法を使えるとか
「お食事はまだですよね。良かったら一緒に食べませんか?」
「はい! 喜んで!」
「ふふ。では、そろそろできると思うので、少ししたらリビングに来てください」
そう言ってリープさんは立ち去っていった。
ああー。中の――じゃなくてリープさんはなんか癒されるなぁ。
それに彼女はお風呂上りなのか、少し艶っぽい感じが漂ってきて童貞心を擽られてしまった。
『おい、勃〇してんぞ。言っとくがあたしでチンポジ直すなよ』
「.....はぁ。少しは余韻に浸らせてよ」
『言っておきますが、あの女性で卒業は考えないことです』
「え、なんで?」
『な、なんでって.....。お前見境なしかよ』
『理由は二つあります。まずは私たちが居ることを考えてください』
「くっ。僕に惚れている女性なんてこの先居るかわからないのにッ」
『いや、あの子とは良い感じだったが、惚れてはいないと思うぞ』
『苗床さんにはするべきことがあるはずです。もし女性の味を知ってしまったら二、三日の滞在が長期になってしまうかもしれません』
「ぼ、僕をなんだと思ってるの」
『てめぇーだから言ってんだよ。あたしらは記憶覗いたんだぜ? なんだ、あの一日の自家発電回数は。性欲底無しか』
『濃いーの十回出す日がありましたね』
濃いーの言うな。
もうプライバシーもへったくれもないことはわかったけど、こうして面と向かって言われると抵抗あるな。
うーん。そっか、そうだよね。一刻も早く童貞捨てたいって願ってたけど、だからってリープさんで卒業するのは早計なのかもしれない。
「よし、決めた。僕はこの村では卒業しない」
『『.....。』』
まぁ、こんな発言する僕もどうかしているんだろうけど、その顔はやめてくれないかな。
*****
「ナエドコさん。たくさん食べてくださいね」
「えへへ。ありがとうございます」
『『.....。』』
夕食をいただくことになった僕はジョンさん一家と一緒に食卓を囲んでいる。
姉妹たちは引っ込んでいるが、僕とリープさんがイチャつくと邪魔してくるかもしれない。程々にしよう。
「あ、お口にシチューが。拭きますね」
「す、すみません」
「ふふ」
ほどほどにちようぅ。ぐへへ。
「それでナエドコさんはこれからどうされるのですか?」
おっといけないいけない。お義父様が目の前にいらっしゃるじゃないか。
「ごっほん! お邪魔でなければできればあと二、三日泊めさせてください。できることはなんでも手伝います」
「それは構いませんが、やはり王都へ?」
「はい。まずは身分証の再発行がてら、観光でもしようかと思います」
「ここと違って賑わっていますからね。身分証の再発行でも必要書類は変わりませんが、‟在住地証明書”はありますか?」
「......たしかにありませんね。やっぱり王都の前に地元に戻ります」
「場所はどこです?」
「東の、ここより遠くに位置するジャパン村です」
「じゃ、ジャパン村? 初めて聞く村ですね。というか、王都と正反対じゃないですか。良ければこの村で証明書を作っていってください」
お、姉者さんの言う通りだ。
とりあえず聞かれたことは適当なこと言って事情を伝えれば、優しいこの人たちなら在住地証明書をここで作ってもいいと言ってくれるはずとのこと。
ちなみにこの在住地証明書は出身地は関係無いらしい。このご時世だからか、村ごと滅ぼしてくる悪しき存在など居るため、小規模な村はあっけなく地図から姿を消してしまう。
そのため、各地を転々とする難民のことも考慮し、在住地証明書は割とテキトーに作ってもセーフなのだとか。じゃあもう要らなくね?と思うのは、僕の個人的な意見である。無いよりはマシなのだろう。
「明日にでも村長の所へ案内しましょう。そこで作れますから」
「何から何までありがとうございます」
大切なのは条件のうちの一つ、採血だ。なんと驚いたことに種族によって血に流れる魔力濃度と色が違うらしい。
例えば、獣人族は最も魔力濃度の薄い種族で、次いで人族、魔族、妖精族と言った順で魔力の濃さが変わってくる。そして他と血の色が違うのは魔族だけである。基本、“黒色”の血らしい。そういった濃度やら色やらで区別するのだとか。
ああー街かぁ。ここよりきっと大勢の人が居て賑わっているんだろうなぁ。
*****
「リープさんがあそこまで素敵な人だなんて」
『苗床さん、目を覚ましてください。彼女は中の下ですよ』
『そうだぞ。ブスだっただろーが』
現在、夕食を終えた僕たちはジョンさんの家の客室を借りて寝る準備をしているところだ。
「おだまり! 見た? さっきの照れた仕草や女子力。魅力的な女性じゃないか」
『あれくらい誰にでもできます。きっとああいう女性に限ってフグカモとか捌けないんですよ』
『そーだそーだ。見た感じ、家のことしかできなさそうなブスじゃねーか』
「中の下中の下、ブスブスうるさいよッ! なんなの?! 失礼だと思わない?! あとフグカモを捌けるとかどうでもいいから!」
『苗床さんだって盗賊と戦闘する直前までブスって言ってたじゃないですか』
『てめぇー今更都合の良いこと言ってんじゃねーよ』
「ぼぉくは改心したのッ! 人は見た目じゃない。中身が重要なんだって気づいたの!」
『とか言う男に限って数回女を抱くと「やっぱ美人が良いわ」って言うと相場が決まっています。このクズ』
『加えて散々弄んだ後、女を捨てて終いには泣かせんだ』
「僕はそんなことしないよッ!」
『はぁ。童貞ほどチョロい男は居ませんしね。まさかこちらが告れば上手くいくと思ってます?』
『いかねーな。魔力0、剣もまともに振れないカス男。惚れる要素も、好きで居続けられる要素もねー』
「........ぐすん。ぼぐだってぇ、ぼぐだってぇ」
『な、泣かないでくださいよ。言いすぎました、さーせんです』
『あーしは謝まんねー。事実だから』
もうヤだぁ。なんなのこの両手。宿主をちっとも労わらないじゃないか。
『それに何度も言うが、お前があの場を打開したんじゃねぇー。そこはちゃんと覚えとけ』
「....もういい。寝る」
『おう。良い夢見ろよ』
最後まで煽んな。
僕は久しぶりにきちんとした寝床で寝るというのに、ちっとも気分が晴れないまま寝ることになった。
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