第8話 僕だってヒーローしたい(限定的)

 「僕に魔法を教えてください!」


 『無理だ。諦めろ』


 『あなた地球人なんですから魔力なんて無いでしょう。あってもカスです』


 「.....。」


 僕はなんのために異世界に転移したんだろう。


 こっちに来てから数日が経つが、未だ人里には辿り着けない。地図が無いからか、テキトーに歩いているのだ。坦々と森での生活の日々を送っている


 「じゃあなに、僕はこのまま何もファンタジーできずに一生を終えないといけないの?」


 『三十歳まで大人しくしてろ。したら魔法使いになっから』


 「だからそれやめろッ!!」


 『私たちが居るからいいじゃないですか。攻撃特化ではありませんが、魔力を回復すればそこそこ戦えます』


 そんなぁ。僕だって魔法ばんばん撃ちたいよぉ。最低限の努力はするし、異世界では身体が資本だと思っているから先日から筋トレを始めた。もう毎日筋肉痛だよ。


 それなのに剣と魔法の世界でシコることしかできないなんてあんまりだ。


 『かかッ。てめぇーはシコるしかできねーんだよ』


 「.....心読めるの?」


 『? いや読めねーけど。おめーも同じ事考えてたのか』


 「うっ」


 『ぶははは! 図星かよ! 前にも言ったがお前の心は読めねー。記憶ももう脳から離れたから覗けねー。つうかあたしら、これから一緒だから覗く意味無ねーし』


 「それが聞けて安心だ」


 と言っているが、内心そんなこと想っていないのが苗床こと僕である。今この人なんて言った?


 “脳から離れた”だって。初耳だよ。二か月前から僕の脳にお邪魔してたのかよ。記憶覗くってそんな感じだったのかよ。


 『しッ! 二人共、何か居ます』


 「っ?!」


 すると姉者さんが突然僕の口元で人差し指を立てて言った。


 .....すごいな。今更だけど、僕の身体なのに左腕の支配権が僕に無いや。全然予期せぬ“しッ”だったよ。


 僕たちは音を立てずに姉者さんに従ってその場に向かった。


 「おら! 金目のもんと女を回収してさっさとずらかるぞ!」


 「きゃッ! 離して!! お父さん!」


 「娘を返せッ!」


 たった三人の会話でわかる盗賊案件だ。これにはさすがの僕でも微笑んでしまう。縁起悪いけど、この展開はもう僕のチーレムの第一歩じゃないか。


 かなり離れているので女の子の顔は見えないけど、異世界の住民って大体美形ばっかって聞くからね。見ると襲われている側は村人のようだ。


 「よし、盗賊は決まって雑魚だ。あの子を助けよう」


 『“あの子”って。もうその時点で邪な理由だよな』


 「よし、盗賊は決まって雑魚だ。あの人たちを助けよう」


 『言い直しても無駄。マジクソ野郎だな、おめぇー』


 男の子はいつだって下半身が原動力なんだ。覚えとけ。


 『私は反対です』


 「え、なんで?」


 『メリットとリスクが釣り合わねーから?』


 『いえ、苗床さんに対人はまだ早いです』


 『つってもあたしらが行かねーと危ねーぞ』


 「そうだよ。ほら、女の子の服が今にも引ん剥かれそうだよ。強姦ショーが始まるよ。ちょっとタンマ」


 『すみません、バッグから取り出した双眼鏡とオ〇ホを仕舞ってください。.....相手はただのごろつきのようですが、もしこちらの正体がバレてしまったら助けた方の村人も生かしておく訳にはいきません』


 『おい、あたしにもその双眼鏡貸せッ! どんな感じか見てぇー!』


 「ちょ、こら!」


 『.....。』


 視姦したい僕の邪魔をする妹者さんと呆れ顔の姉者さん。でもね、これは僕だけに非があるとは思えないんだ。


 その証拠に異世界こっちに来てから二人のせいでオ〇ホを一回も使えていない。なんなの。買ってきた意味無いじゃん。


 『あ、待て。よく見たらあの女ブスじゃねーか』


 「んな訳ないでしょ。異世界だよ? っていうか、失礼すぎ」


 『あなたは“異世界”に失礼です。.....はぁ。まぁ、ええ.....普通ですよ。普通』


 姉者さんまで.....。双眼鏡無しでも視力の良い二人は良いとして、僕は今現在進行形で襲っている男性が地味に動くから女性の顔が見えない。あと少しなんだけどなぁ。


 あ。


 「.....。」


 『つうかマジで助けねーとあのおっさんやべーぞ』


 『盗賊と言っても、今の私たちでは四人相手は厳しいでしょう』


 『まぁ、助けるのは別にいいが、盗賊はワンチャン加減間違えて殺しちゃうかもな』


 『この身体は加減が難しいですからね』


 「.....。」


 『おい、童貞。どーすんだ。あのブスを助けんのか?』


 「.....。」


 『苗床さん、反対していた私が言うのもなんですが、そもそも私たちは無一文なので、あの村人に恩を売っとくのも一応アリです』


 「ま、また今度でいっかなー」


 『『は?』』


 「ほ、ほら、僕って喧嘩したこと無いし。こういうのは苦手って言うか」


 『『.....。』』


 「それに僕の身体の中には君たちの命もあるからね。慎重に行動しなきゃ」


 『お前最低だな。ブスとわかった途端にそれかよ』


 『見損ないました。死んだ方がいいです』


 「うっ。あの3人には悪いけど、僕じゃ役不足だ」


 『姉者』


 『ええ』


 そう言って、姉者さんは左手を前に突き出し、盗賊の頭上の木の枝に向けて鉄鎖を勢いよく飛ばして巻き付けた。無論、聞きたくない嘔吐も添えてね。


 こうまでされては頭の悪い僕でもわかる。


 『ハァハァ。捕まっててください』


 「え゛」


 『よっしゃ、一度言ってみたかったことがあんだ。おい、童貞』


 「ちょちょちょ! 待って待って!」


 そして勢いよくリバースされた鉄鎖が、まるで掃除機のコードのように左手の中へ巻き戻る。


 『征け! 手始めに世界を救うのだ!』


 「ブス=世界じゃないからぁああああぁあぁあああ!!!」


 僕にはまだチーレムは早いみたいです。



*****



 「あがッ?!!」


 「お頭ぁぁぁ?!」


 『これで残すとこあと三人です。燃えてきましたね?』


 「うおうッ?! この人死んでないよね?」


 『ちょっと頭蹴っただけだ。死んでねーよ』


 鉄鎖に引っ張られた僕は、現場に到着と同時に一人の盗賊の頭にドロップキックを食らわしてしまった。ごめんね。


 「な、なんだてめぇ!」


 『これが目に入らぬか!』


 「ちょ、オ〇ホ見せびらかさないでよ!」


 妹者さんが何故か僕が持っていたオ〇ホを盗賊たちに見せつけた。赤いヤツはこれからお世話になるんだから大切にしなきゃ。


 村人は三人。馬車の荷台に隠れててわからなかったけど、きっと家族だろう。盗賊に怪我を負わされた父親とその奥さん、最後にブ――娘さんだ。


 それでもって父親以外は気を失っているみたい。


 「まさか冒険者かッ?!」


 「え、冒険者居るの?!」


 「お前だよッ!」


 「え、僕は異世界転移者.....です!」


 「な、なに言ってんだてめぇ。おい! 三人で殺すぞ!」


 「んなッ?!」


 くそぅ。僕だって初めてのヒーロー活動くらい選びたいよ。


 『ま、最初っからお前には期待してねー』


 『こら。盗賊はまだしも、あちらの男性に聞こえるでしょう』


 「来た来た来た!! 三人が剣を持ってこっちに来た!」


 慌てふためく僕を無視して二人は冷静に構えた。


 『魔力は大して回復してねーから使いたくねーな。姉者』


 『仕方ありませんね。【固有錬成:鉄鎖生成】おえぇぇええぇぇえええ!!』


 ああ、なんかスキル名を叫ぶところにゲロが.....。


 姉者さんが吐き出した鉄鎖を右手担当の妹者さんが握る。そしてブンブンと円を描くように振り回し始めた。


 「くっ! 詠唱無しで生成魔法を?!」


 「怯むな! 男は大したガタイじゃない! 数で攻めんぞ!」


 「魔法使いは細ぇ奴ばっかだからな!」


 「“魔法使い”.....」


 『おら! 目の前の敵に集中しろ! てめぇーまだ十五だろーが! ハーフ魔法使いだよ!』


 『ちょっと妹者、戦う前から苗床さんのHPを0にしてどうするんですか』


 ほんとだよ。回復魔法じゃ癒せない傷じゃないか。なんだ、“ハーフ魔法使い”って。馬鹿にしてんのか。


 妹者さんが振り回していた鉄鎖を飛ばして、こちらに向かってくる盗賊のうち一人を捕らえた。残り二人は構わずこちらに向かってくる。きっと鎖で一人を捕まえたら、僕に隙ができると思ったのだろう。


 「おし!!」


 「仲間が鎖で捕まえているうちに一気に―――」


 「ぐあぁぁあああぁあ!!」


 「「っ?!」」


 が、そうは問屋が卸さない。あちらさんは一人脱落だ。


 姉者さん特性の鉄鎖は対象の魔力を吸収するからね。きっと吸われすぎて気を失ったのだろう。


 「おい! どうしたッ?!」


 『んだこいつ、しけてんなぁ。まぁ、魔力があったらこんな雑魚じゃないか』


 「てめぇ一体何をした?!」


 「ひッ! 魔力を吸っただけです!」


 『即敵に手の内をバラしてどうするんですか.....』


 だって怒鳴られたら怖いじゃん。


 『あらよっと!!』


 「「ぐはっ!」」


 残り二名もあっけなく魔力の籠った鉄鎖による横薙ぎで吹っ飛んだ。そして勢いを落とすことなく木にぶつかって気を失った。


 なんかすごい力が入ってた気がするんだけど、僕の気のせいかな? 明らかに今までの僕の膂力じゃ成せない力技だった。......火事場の馬鹿力というやつか。


 「ふぅー。なんとか倒せたね」


 『お前はなんもやってないけどな』


 『さ、村人にお金を貰いましょう』


 なんかそれ、盗賊とあんま変わんない気がする。


 僕らは盗賊を一蹴した後、安否確認のため三人の所へ向かった。父親以外怪我は無く、ただ気絶しているだけで父親も肩に負ったちょっとした掠り傷で済んだみたい。


 無事でなによりである。


 『金寄越せッ』


 「ちょ!」


 例の魔法を使って、僕の声で盗賊紛いなこと言わないでくれる?!


 「すみません。えーっと、大丈夫ですか?」


 「はは。助かりました。よろしければ私らの村へご一緒しませんか?」


 「え、いいんですか?!」


 「ええ。助けてもらったお礼をさせてください」


 やったね。待ちに待った人里だ。これでもう野宿せずに済むぞー。


 『ちぇッ。もうフグカモ食えねーのかよ』


 『全くです。ワサビを付けて食べると美味しかったので気に入ってたのですが』


 「?」


 「あははは。お気になさらずぅ」


 そんなことをボソッと言う二人を他所に、僕は村人さんたちと行動を共にした。

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