第7話 ゲロイン姉者
『ハァハァハァハァ』
「......。」
『なんか思ってたのとちっとばかし違うな』
僕は“ちっとばかし”どころじゃないな。期待を裏切る通り越して心配で居ても立っても居られない。
「あ、あの、大丈夫? はい、水」
『あ、ありがとうございます。見せ所だと思って、思いっきりいってみました』
「......。」
思いっきりゲロしてるところを見せられたこっちの身にもなってほしい。
僕は左手にペットボトルに入った水を飲ませた。水を求めていたのか、勢いよくごくごく飲んでいる。左手に水を飲ませる僕ってなんなんだろう.....。
『だいぶ落ち着きました。貴重な水をすみません』
「ううん。え、えっと、姉者さんの【固有錬成】は.....」
『見ての通り、
「でも実は......」
『鉄鎖の生成です』
「からのぉ~」
『現実から逃げないでください』
「.....。」
まーじか。これのどこが自身の復活に関係するのさ。すごい辛そうに吐いているようにしか見えなかったんですけど。
『まぁ、悲観する気持ちはわかるが、説明聞いたらすげぇー【固有錬成】だってわかんよ』
『私がいけないんですか? 勇気を出して人前で鉄鎖を出したんですよ?』
もう鉄鎖がゲロにしか聞こえないんだけど。
僕は姉者さんが吐き出した鉄鎖を拾い上げた。長さは2メートルちょい。鉄製の鎖ってまとめて持ち上げると意外と重いんだね。
「でも一応武器が手に入ったかな?」
『ばーろ、異世界で鉄製の鎖なんかじゃ強度が足んねーよ』
『その通りです。一般人やゴブリン程度なら充分威力を発揮するでしょうが、それより上位に位置する生体には歯が立たないでしょう』
「じゃあ本当にゴミスキルなの?!」
『ばッ! 口には気をつけろよ!! 言って良いことと悪いことがあんだろーが!』
『......。』
左手を見ると姉者さんは前歯で下唇を噛んでいた。ゴミスキルと言われたから気に障ったんだろう。ごめん。
『はぁ。妹者、忘れたのですか?』
『わりぃわりぃ。つい』
「?」
悔しそうな顔の次は呆れ顔だ。顔って言うか口だけなんだけど、それでも口の動きだけでどんな表情なのかわかってしまう。
『私が生み出したこの鉄鎖は何もしなければただの鉄製の鎖です』
「“何もしなければ”?」
『ええ。実は魔力を流し込んだ量によって強度を増します』
「ってことは魔力無しで生成できるけど、魔力が無いと意味を成さないと?」
『......。』
「すみませんすみません! 言い方がいけませんでした!」
流し込む魔力に上限が無ければ、それこそ最硬度を誇る鎖を作ることができるかもしれないが、僕の頭には、もう【固有錬成】は魔力無しで役立つもの、というイメージがあるので、鉄鎖を生成するだけだと物足りなく感じてしまう。
『鉄鎖に込める魔力は何も別に自分のじゃなくてもいいのが、この鉄鎖の強みだ』
「っ?!」
『ふふ。気づいたみたいですね。コレで対象に触れれば魔力を吸い取ることができます。吸い取って強度を上げ、また吸い続ける。どうですか? まだゴミスキルと言えますか?』
ご、ゴミスキルって言ってごめんなさい。
『かかッ。驚くのはまだ早ぇーぞ』
「え、まだあるの?」
『はい。私の鉄鎖生成は無限にできます』
無限ゲロッ?!
ゲロは余計か。ごめんなさい。
「そ、それは魔力を必要としないから?」
『まぁそれもあるが、本来なら【固有錬成】にはなんかしらの条件を必要としている。あたしのスキル発動には“対象の情報が必要”とかな』
『私の【固有錬成】にはその条件がありません』
それは......すごいな。魔力無しで鉄鎖生成、魔力吸収、補強効果、そして無限ゲロ。
本当に頼りになるスキルなんだけど、その度に嘔吐させるのは気が引ける。
『【固有錬成】については以上だ。さっそく旅を始めんぞ!』
「うん!」
『旅の途中でこの世界の常識などを教えます』
よーし! チーレム目指して頑張るぞぉー!
*****
「ごめんねぇ。ほんっとごめんねぇ」
『うっるせぇーなー! 黙ってろよ!!』
僕は現在、野鳥を仕留めて血抜きをしています。
『苗床さんができないから、私たちがこうしてやっているんですよ?』
『男のくせに鳥捌けねぇーとか、マジでなんなん?』
現代男子高校生じゃ無理です。
僕たちは話でもしながら歩いていたら、運よく川辺に辿り着いたので水を確保することができた。現代日本人としては川の水を飲むことに抵抗があるが、妹者さんの【固有錬成】があるから大丈夫だ。
そして川辺付近を探索していると鴨みたいな、ちょっと頬が丸っこい野鳥が居た。姉者さんたちは今晩のご飯ということで血気盛んにその野鳥を狩った。
「うっ」
『吐くなよ?! ゲロ役は姉者だけで充分だかんな!』
『怒りますよ?』
今はこうして二人を頼りに狩った野鳥を捌いているのだ。手に内蔵特有のぶちょぶちょした感触が伝わってくるぅ。
「僕は.....なんのために食料を持ってきたんだ」
『それはとっておけ』
『人里まであとどれくらいで着くかわかりませんからね』
そんなぁ。じゃあこれから今しているみたいに狩りして、解体して食べなきゃいけないのぉ。
い、いや、
.....姉者さんが苗床苗床って呼んでくるから、つい自分で言ってしまったじゃないか。
まずは僕の名前を決めないとな。苗床は意味を知っている分、気持ちの良い単語じゃない。というか失礼すぎ。姉者さんは誰の片手を使っているのか理解しているのかな。
『おら! せっかくの機会なんだからちゃんと見ろよ! 次からはてめぇ一人でやらせっからな!!』
「そ、それは困る」
『内臓も取っちゃいましょう。美味しくいただきたいですからね』
こうして僕たちの旅は幕を開けた。予想と全然違うけど、もう後戻りなんてできない。覚悟しなければ。
そんなことを考えている僕に、捌いている肉から血が飛んできた。それが口の中に入ってしまったのである。
「わッぶッ!!」
『あ、ちゃんと口から出しとけよ。フグカモの体液は全部有毒だからな』
「“フグカモ”?! このフグみたいなカモはフグカモって言うの?!」
『ええ。それに回復できると言っても手間ですからね。処理は時間が勝負ですから』
覚悟。そう、覚悟しなければ。
*****
『「うんまぁー!!」』
『苗床さんの持ってきた調味料がさっそく役に立ちましたね』
一通り鳥を捌き終わった後、僕たちは焚火をしながらフグカモの肉を焼いて食べていた。辺りは真っ暗である。着地(落下)した地点と違って、ここは川辺で付近に木が無いので夜空が視界いっぱいに見える。
「というか、普通に食べてるけど魔力を回復するには飲食限定なの?」
『いーや。基本なんでも食って魔力に変換することができる』
『このような姿ですが、きちんと女性ですので、扱いには気をつけてください』
「ぜ、善処するよ。じゃあ食べようと思えば土とか雑草も食べられるんだ」
『お、お前、女性が好き嫌いしないって言ったら、そんなことさせんのかよ』
『最低です。他にも時間経過で回復できます』
し、しないよ。いや、もしものときに魔力切れだったら嫌じゃん? 土食っても平気なら、窮地に立たされたときの僕は両手を地面に押し付ける自信さえある。
魔力はゲームの中で言う時間経過で回復するスタミナみたなものか。
ちなみに、その時間経過には“肉体の質”が関わってくるので、地球人の僕に寄生している彼女たちは、寄生前の肉体よりも魔力が自然回復しにくいのだとか。
『苗床さん、ご飯の後はこの辺で休息を取りましょう』
「あ、その“苗床”って呼ぶのやめない?」
『不満でしたか?』
逆に苗床って呼ばれて不満にならない人おる?
『んなこと言ったらおめぇー、あたしらのこと姉者さん妹者さんって言ってんじゃねーか』
「だってなんて呼べばいいかわからないし」
『好きなように呼べよ。できれば“さん”付け無しな』
「ええー」
そんな無茶な。女性にさん付け無しだなたんて童貞の僕には困難な話である。.....童貞は関係無いか。
「うーん。じゃあ右手だし、ミ―――」
『―――ギーもアウトだ! あたしの方がもっと可愛いだろッ!』
「僕にとってはあんまり変わら―――」
『よし。魔力が回復したら速攻でお前を炙るわ』
「ごめんなさい。当分の間は妹者さんでお願いします」
『かぁー! もっとフレンドリーに来いよ!』
人を炙るとか言っている魔族がなんかフレンドリーとかよくわからない単語言ってる。
『では自分で決めてください』
「え、僕が?」
『私は名付けに興味ありませんから。あなたも、この世界の住民も、全員同じで見分けがつきません』
「それは言い過ぎじゃない?」
姉者さんって意外と辛辣だよね。魔族だからかな。偏見か。
しっかし、あれには驚いたなぁ。僕の兄に対して中指立てるんだもん。ま、もう別にいっか。
『あたしは童貞野郎って呼ぶわー』
「マジでやめて。あだ名で人を躊躇なく傷つけないでよ」
『じゃあクソ童貞』
「一番伝わっててほしい部分が伝わっていないんですけど」
『めんどくせぇーな! じゃあ魔法使い!』
「なんでだろう。異世界なのにその単語が怖いや」
『三十歳までに卒業すりゃいいだろ』
どっちにしろ君たちが居たら落ち着いて卒業できないよ.....。
『はいはい。そんなにイジメては可哀想ですよ。私は“苗床”か“未使用”の二択を与えます』
「.....苗床で」
さっき名付けに興味ないとか言ってたくせに結局馬鹿にしてくるじゃん。
「ふぁーあ。今日はもう寝よう。明日朝一番に行動開始だ」
『賛成。あーしも寝よ』
『私も久しぶりにスキルを使ったので疲れました』
スキル? ああ、ゲロのことね。強いんだろうけど、ゲロのイメージしか湧かないや。
僕は持ってきた寝袋に身体を押し込み、最後に両手を見た。右手の口の方が左手の口より大きいな。それにちらっと八重歯が見えるのが特徴的だ。左は唇の下にぽちっと黒子が一つ。こうしてよく見ると、同じ口でも個性があるんだなと思う。
『『?』』
「マジで異世界なんだなーって」
『ああ、正真正銘の異世界だ。まぁ、あたしらにとっては地球が異世界なんだが』
『ふふ。これから頑張っていきましょう』
「うん。おやすみ」
僕のその言葉を最後にすぅっと口が消えた。休息を取るためか、二人は僕の手から居なくなったんだ。これを見ると異世界に来たという事実を改めて実感してしまう。
僕は寝袋のファスナーを閉じた。
「あ。これじゃあもしもってときに身動きできないや」
『『.....。』』
頼りない宿主でごめんね.....。
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