第3話 一人と独り

 「ば、板書で頼む」


 『かしこしこしこまりましたー』


 「しこ?」


 おいッ! 僕の声で変なこと言うな!


 現在、数学の授業の最中で教師から問題を解けと指名された僕はチョークを両手に黒板の前に立っている。当然、先程発した声は僕に似ているが僕じゃない。


 右手担当の妹者さんだ。


 誰も右手から声を発してるなんて思っていないだろう。マスクしてて良かったぁ。じゃなかったら口の動きでバレバレだよ。


 『まずはtに置換しま―――しよう!』


 妹が招いた結果だからか、左手担当の姉者さんも板書に参加する。


 言いかけてから急に口調が変わったのは僕に似せたいからか。残念、僕は数学でそこまでハイにはならない。


 『なら僕はtで微分しよう!』


 『次の行からは僕が書こう!』


 「.....。」


 頼むから黙って解いてくれ。でないと僕が自問自答しながら数学の問題を解くという狂人認定されるじゃないか。ほら見てよ。後ろでクラスメイト全員が奇異な視線を僕に向けている。


 そりゃあそうだ。両手にチョークを持って器用に2行ずつ並行して途中式を書いているんだもん。僕だって気色悪いもん。


 『あ、ミスった。黒板消しはどこだろう!』


 『ここだよう!』


 「.....。」


 もうほんっと頼むから黙ってくれ。


 さっきからその語尾のイントネーションがやけに上がるのはなんなの。僕はそんな話し方しないよ。僕の記憶覗いたんだろぉ。ちゃんとしろよぉ。


 『『できました』』


 「せ、正解だ。席に戻ってくれ」


 「.....。」


 数学の問題を解いていたはずなのに、人格の問題が発生したせいでクラスメイトはこぞってざわつき始める。僕もこの問題をどうにかしたい。


 僕が席に戻ったら今度は両手がそれぞれペンを持ち始めて勝手にノートに書き始めた。


 [やったな! 正解だぞ!]


 [ふふ。楽勝でしたね?]


 「....そだね」


 ついボソッと口にしてしまった。


 もう色々と諦めよう。どーせ明日には異世界ライフしているんだから。



 *****



 「おい鈴木、机借りんぞ」


 「あ、うん」


 僕は自分の席を退いて隣の席の横田さんに譲った。昼休みの時間になるといつも僕の机と椅子を借りては、こうして席をくっつけて上位スクールカーストのグループで昼食をとっている。


 当然僕の位置するカーストは最下位。今日もどっかのベンチで持参したお弁当を食べるつもりだ。


 『おいおい。なんで簡単に自分の玉座を譲っちまうんだよ』


 「玉座って。逆らえるわけないじゃん」


 『かぁー! それでも玉ついてんのか! ええ?!』


 今は学校の中庭に向かっている途中で、人気も無いからこうして普通に妹者さんと話している。


 『ますます理解できませんね。学校に来ても良いこと何一つ無いじゃないですか』


 「そ、そんなことないよ」


 『いやそーだろ。授業にはついていけない。体育も碌に身体を動かせていない。クラスメイトにビクビクして逃げ出す。お前、だせぇーな』


 ひどッ。


 「ぼ、僕は普通だよ、普通。頭の良さも運動神経も普通。成績だって中の中だ」


 『中の下だろ。捏造すんな。記憶覗いたんだから嘘吐いてもわかんだよ』


 『嘘は関心しませんね。潔く認めてください。中の下』


 「.....。」


 二人と話しながら向かったからか、目的の中庭のベンチにあっという間に着いた。


 『誰も居ねーな』


 「ベンチが汚いからね。誰も利用しないんだよ」


 『便所飯よりかはマシですね』


 今日もぼっち飯だがなんか楽しい。きっと話相手が居るからだろう。魔族だけど。


 『もう帰らね? 明日の転移に向けて準備しなきゃいけねーことあんだろ』


 『こら。またそういうこと言って』


 「あ、小林さん!」


 『『?』』


 僕はここから見える三階の教室の窓辺に居るある女子高生を見て声を上げてしまった。


 『ああー、お前の片想いの』


 『小林 京香さんですね。同級生の 。席が窓辺なのでここからでも見えるんですか』


 そうか。二人は僕の記憶を覗いたんだから、彼女が僕にとってどんな存在かわかるのか。


 小林 京香さん。クラスは違うけど同じ一年生で、おさげが特徴の巨乳女子高生だ。地球での生活最後の日だっていうのに、わざわざ通学したのはこのためと言っても過言じゃない。


 『うぇ。お前、ここから見えるあの女をオカズにして飯食ってんのか』


 『どおりでやけに白米が多い訳です』


 「これは母さんが勝手に多くしただけだよ!」


 どーせ、僕のお弁当用に作ったおかずが思ったより少なかったから、その分白米で埋めたのだろう。せめてふりかけか昆布を付けてほしい。白米だけ盛られても食べるのに苦労する。


 『嘘は関心しないと言いました。現にあの子をオカズにしょっちゅう自慰―――』


 「ああー! ああー! もうプライバシーのへったくれもないな!」


 もうヤだぁ。明日からこの人たちとやって行かないといけないのぉ。


 『たしか.....図書室にある本棚で、偶然同じ本を手にしてしまったことをきっかけに恋しちゃった訳ですか』


 「隠せないならしょうがない。そうだよ。そこからちょくちょく彼女と図書室で一緒に読書をしている」


 『お前が読んでいたのはラノベだけどな』


 うるさい。別にラノベでもいいだろ。


 『彼氏はいないみてーだな』


 「それ僕の記憶から判断したの? 残念だけど、僕自身が情報不足だから定かじゃないよ」


 『いや女の勘だ』


 「.....そう」


 『“そう”ってなんだよ?!』


 だって君、全然女の子らしくないじゃん。姉者さんと比べると雲泥の差だよ。辛うじて声が女性なだけで個人的にはデリカシーの欠片もない暴君だ。

 

 『そうだ! 今日でこの星とおさらばすんだから告っちまおうぜ!』


 「えッ?!」


 『それは良い案です。苗床さん、未練を残してはいけませんよ』


 いやいや。そんな急な。


 僕はただ今日、小林さんを見れればそれでいいと思っただけだ。告白なんて願望は無い。 


 「だ、駄目だよ。心の準備がまだできてないし、急すぎる」


 『明日にはできないんですよ?』


 『男なら当たって砕けろ!』


 「砕けるの?! 砕ける前提なの?!」


 『え、むしろYES貰えると思ってたんですか?』


 『え、マジかよ』


 「え」


 『『え』』


 なんだよッ! 僕だって少しくらい自信があるんだぞ! 図書室では会話するし! いつも終鈴まで一緒に居るし!


 『お、お前、ちょっとスマホでインカメして自分の顔見てみ?』


 『加えてその寝ぐせ。だらしない顔。悪いことは言いません。もう少しマシになってから“自信”を語りましょう』


 「.....。」


 もう小林さんは諦めよう。



 *****



 [パルメザンチーズ]


 [ズッキーニ]


 に、に、に、ニーハイっと。


 僕らは午後の授業、英語の時間にも関わらず、ノートを使ってしりとりをして遊んでいるところだ。


 [最低だな]


 [女の敵です。小林さんにニーハイ履かせたいんですか?]


 小林さんは関係ないよッ。


 ちなみにしりとりで僕の番になったら利き手である右手を使って紙に書いている。順番は妹者、姉者、僕でずっとローテしている。ただしりとりをやってもつまらないのでカタカナ表記という縛りを加えた。


 [インコ]


 [コルク]


 [クリ〇リス]


 [スケベ]


 [ベッドではいつも独り身]


 おい姉者。それは誰のことだ。まだ十五歳なんだ。だから童貞でも別にいいんだ。.........ぐすん。


 すると不意に誰かが自分の肩を軽く叩いてきた。びっくりして振り向いたら、なんと英語の教師がそこに居たのである。


 どうやら授業中に黙々と何かノートに書きこんでいる僕が内職、所謂、他の科目の勉強などと言った作業でもしているんじゃないかと疑ったらしい。


 「鈴木さん、授業をちゃんと聞いてます――か」


 「あ、いや、これは、えっとぉ」


 ノートには卑猥な単語を含むしりとり。もし仮にこのノートが他の生徒を交えて行っていたものなら学生同士のよくある悪戯程度で済む。


 が、現状、このノートは僕一人が両手で書いた痕跡しかない。証拠は片手に1本ずつ持ったボールペン。言い訳なんか無理だ。


 「Please come to the staff room later」


 「.....イエス」


 『『.....。』』



 ******



 「そう言えばなんで数学のあの問題解ったの? 僕の記憶だけで解けないでしょ」


 僕たちは現在、帰宅途中だ。


 小林さんに告白するべきだったのか葛藤したが、この二人が黙って協力してくれるとは思えないので諦めた。さらば小林さん。


 『ああ、あの問題の前にセンコーが言ってたことを聞いてたら理解してたぜ』


 『言っておきますが、魔法の知識と比べるとあんなもの、簡単以外の何ものでもありません』


 「うへぇー」


 魔法ってぱっとできるようなもんじゃないのか。


 「変な聞き方するけど、あの置換積分の問題だと魔法的にはどのくらいの難易度?」


 『ですから、あんなものと比べ物になりません』


 『英語でHELLOだけ覚えても会話には繋がんねーだろ。それくらいだよ』


 マジか。そんなに魔法って難しいのか。チーレムという目標が一気に遠退いた気がするぞ。


 『つーか良いのかよ、英語のセンコーが職員室来いって言ってただろ』


 「だってほら、僕は異世界転移の準備をしなくちゃいけないし」


 『都合の良い男ですね。小林さんにフラれる訳です』


 まだ告ってねーし。


 『んで、準備つっても何すんだよ』


 「うーん、まずは全貯金を使ってあっちに持っていく物を買おうかな」


 『ならド〇キが良いです』


 僕もド〇キに行こうとしてたので、このまま直接向かうことにした。ちなみにいつもは徒歩で通学するが、今日は買い物をしなければならないため、ママチャリで来た。


 ママチャリのハンドルを掴むと二人と会話ができないので、代わりにハンドルの中央部分に肘を置いて器用に漕いでいる。


 『おお! ここがド〇キ! でっけぇー!』


 「異世界あっちでは規模の大きい店は無いの?」


 『あることはありますが、国によって有無が違います。地球こちらと比べて食品関係以外の物はあまり無いですからね』


 へぇー。そこはなんかしっくりくるな。中世ヨーロッパ的な、まだ世の中が全然発展してない感じが想像つく。


 ジャガイモと油があればポテチ作れるけど、きっとあっちはそこまで発展していないのだろう。ラノベ知識だがそんな気がする。


 『おい! このポテチ買え! コンソメ味! 地球こっちのポテチ食ってみてぇーんだ!』


 「え」


 『あっちのポテチは塩でしか味付けしてませんからね。私はワサビの方をお願いします』


 .....まぁ、ジャガイモと油があったら誰でもポテチくらい作るよね。ちょっと予想を裏切られた感あるわ。


 こうして僕たちは数日分の食糧と日用品を購入して帰宅することに――――


 『なに帰ろーとしてんだ』


 「え、大体必要そうなものは買ったよ?」


 『苗床さん、なんでド〇キに来たんですか。最大の目的をまだ果たしてませんよ』


 どういうこと? 僕は用が済んだと思ったけど二人はまだ納得していないみたいだ。


 僕は誰かに両手を引っ張られているような感覚で、二人の魔族に目的地まで導かれた。


 「なっ?!」


 そして驚愕する。今日は驚愕してばっかだ。


 「こ、ここってあの.....」


 『ああ、18禁コーナーだ』


 『オ〇ホの一つや二つ、異世界あっちに持っていかないと性処理に困ります』


 た、たしかに、両手マイハンドは使えない.....。

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