第685話 長い旅路の終わり
「じゃあ、いよいよ最後の支度だ」
「手はずは全て整えてあります。それにしても……」
「尊重するとか言いながら、しっかりと時計は残しておくんですね」
「針は一本貰っていくがな。これが無いと、次に誰が呼び出されるか分かったものじゃない」
「その点をずっと心配していたんですが、そこまで考えていらしたのですね」
「
「そうだな……」
全ての責任を取って、俺はここに残る。
そう考えていた事は嘘じゃない。実際に、死者を日本へ帰すことが出来なければ、俺は俺なりのけじめとしてこちらの世界で死ぬ予定だった。
たとえ日本に帰れば全てを忘れるとしても、今までの俺はそんな俺を許せなかったのだから。
だけど二人のおかげで状況はまるで変った。
少なくとも俺の召喚は無かった事になり、先代の俺や
それでも食われてしまった人間はかなりいるだろうが、さすがにそれは悔やむ事しか出来ない。
あの世というものがあるのなら、仇を討ったという事を報告して慰みにしてもらうさ。
「時計は秘匿だったからな。他国は知らん。まあこの位の保険は残しておいても良いだろう」
この国の人たちの意見を尊重すると言っても、やはり完全に切り捨てていくのは目覚めが悪い。
とは言っても、今度は友好的に召喚されるとも限らない。世の中は、時と共に変わっていくものなのだから。
だけど、それでもこの世界を完全に捨てる事はやっぱり俺には出来ない。
かつての大昔、初めてこの世界に召喚された召喚者は3回も往復して色々とやらかしたそうだ。
最初は酷い話だと思ったが、それだけ呼び出されてもしっかりと働いていたんだ。
やっぱりこの絆を完全に切る事なんて出来ないよな。
「じゃあ帰るか。時計は代々の大神官が保管するが、使われないのが一番だ。やがて歴史の遺物となって機能を失った時、本当の意味でこの世界は安泰になっているだろう」
「塔は私たちが消えた事を確認したら、全て爆破する事になっています」
「大々的な儀式となるようですね」
「まあ好きにさせるさ。どうせそんな事も全部忘れる。さあ帰ろう。今まで通りの日常へ」
最後は一人ずつではなく、二人を抱きしめて三人で一緒に帰る。実際そうしないと納得してくれないからな。
「あ、あの……」
「どうした、フランソワ。忘れものか?」
「いえ、そのですね。今まで一つ黙っていた事があるんです」
フランソワが俺に隠し事とは珍しいな。しかも今このタイミング。召喚絡みか?
「実は
「この塔、記憶が残るんです」
「……ちょっと待て」
帰るのタンマ。
「いつからだ? というか、殺された人間は戻ったら大事になるぞ。数千万人が他の世界に召喚されて怪物に殺されたなんて言い出したら、さすがに大騒ぎだ。証拠も何も見つからないにしても、“本当にある”となったら人類は本気で行く方法を研究しかねん」
「その点は大丈夫です。死者は記憶を保持しません。だから蘇生させずに帰した人たちは全部忘れています」
その点はセーフだな。
「ですが、生きて帰った方々は全員覚えています」
そっちはパーフェクトにアウトだ。
最後の最後まで残った時は殊勝な奴だと思っていたが、ちゃんと塔が指定したものかを見張っていやがったな!
「悪いが、俺はこの世界に骨をうずめる事にした」
「ダメです」
「絶対に離しません。
ぐ……確かに可能だ。
自分だけが帰ると気が付いた時点で、射出された武器が塔を粉々に砕くだろう。
そしてスキルだけで帰そうとしても受け入れない。
「しかしだな……」
また召喚して始末してから記憶の残らない塔で送還――なんてしたら、一悶着どころじゃない。大騒ぎになるだろう。
出戻り組は直ぐに目覚めるからな。というかさ、始末しようにも戦闘になったら確実に俺が負けるんですけど。
大体……ダメだ。もし本人にその気が無ければ、
本気で誤魔化せば
それなのにやったという事は、これは命令にかこつけた二人の意思だ。
「なあ、本当に帰らなきゃダメ」
「当然です」
「向こうには法律と言うものがあってだな」
「そんな事はみんな知っています。でも、忘れたくなかったんです。この世界の事も、みんなとの思い出も」
「大丈夫です。世界中の人間が知っているわけじゃないんです。それに生きて帰ったのは、みんな信用できる人たちです。もし仮に何人かが話したとしても、それは都市伝説に留まる程度でしょう」
まあそうなんだけどね。実際話してしまうとしても数人。それも関係がある人間同士だ。
ただの妄想……それで片が付くだろう。異世界へ渡る研究なんて、まともにやる事はあり得ない。
いや重要なのはそんな事じゃないんだ。
「浮気とか犯罪なんですけど」
「向こうでは
「まあそうなんだけど」
「一筋とか、私が曲げて見せますけどね。大丈夫です。4号でも5号でも、私は平気です」
さらりと怖い事を結わないで欲しい。というか、今間に誰を入れた。
いやそんな事よりマジで先輩どうするんだ?
それに必ず
「帰りたくない……」
「恋人と別れるんですか? それなら私と――」
「いや、そうはいかない」
結局は、この塔を使って帰さなければいけない事も、俺も一緒に帰らなければいけない事も決定事項だ。
そもそも現状でフランソワを魂にして無理やり帰すのは、今の俺の技量では絶対に不可能。
全員を故郷へ帰す。特に彼女は必ず親元に帰してあげたい。
というか、今までの恩義を考えたら絶対に帰さなきゃいけない。
「分かった。全員で帰ろう」
そうだ、帰ってから考えよう。
皆で話し合えば、きっといい解決方法が見つかるさ。
「それじゃあ、さようなら、ラーセット。ここでの事は忘れないよというか、忘れられなくなってしまった様だ。もう戻って来る事は無いと思うけど、この世界のみんな、達者でな」
こうして、俺たちは日本へと戻る。
多くの出来事があった。日本では絶対に体験できない事も体験したくない事も、体験しちゃいけない事もあった。
果たしてこの記憶に向こうの脳が耐えられるのかが気になるが、フランソワと
ふう、それにしても全てが懐かしいな。
――懐かしい? そうか……もう、心は本当に帰路にいるんだ。
やがてこのまま日本に……。
• ★ ★
ピーコピコピコピコピコピー。
ピーコピコピコピコピコピー。
……携帯が鳴っている。この呼び出し音は
ピンポーン。
ピンピーン。
呼び鈴も鳴っている。みんな早起きだなチクショウ。
今日は親父も残業で帰っていない。
ふう……。
ピンポンピンポンピポピポピポピポ!
これ以上待たせるわけにもいかないな。
さて、改めて話したい事や話すべきことは沢山ある。
沢山の問題に決着も付けなくてはいけないだろう。
でもまあ、先ずはドアを開ける前に、死なない為の言い訳を考えよう。
「ちょっと待ってくれー。今出るよー」
~ 完 ~
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