第684話 皆が向こうでも立派に生きられますように

 それじゃあ、ここからが最後の仕事だ。


「みんな、今までありがとう。これでお別れだ」


「遂にこの日が来たという事か。それで、本当に良いのか?」


 みやは未だに自身を許せない様だ。

 まあ記憶は消えてくれない。クロノスを消してしまった事は、みやにとっては未だについさっきの事だ。

 だけど――、


「良いも何も、もう決めた。それに仕方ない事も分かっているし、なによりダークネスさんは一言も話さなかった。なら、それで良いんだ」


「そうか……本当は忘れてはいけない記憶なのだと思うのだがな。この罪を忘れてのうのうと生きるなど」


「いや、もう忘れるべきだよ。今までありがとうな」


「礼を言われるのも奇妙なものだ。ではな」


 こうして、みやは日本へと帰還した。

 そしてお次は緑川みどりかわだ。


「とうとうこちらの番か。本当は最後まで見届けたかったんだがな」


「こちらも長い事世話になった。ここでお別れだが、今後の活躍を祈っているよ」


「どうかねえ。自分は向こうじゃ浮いていたからな。つかさ、実は引き籠りだったんだよ」


「どことなく影があったからな。でもまあ、今までの様子を見る限り大丈夫だと思うけどな」


「こっちでの記憶があればもしやとも思うけどさ。全部忘れて戻ったら、結局一緒じゃねえのかな」


「それでもきっと大丈夫だ。気休めかもしれないが、地球が滅ぶ中でも代々の俺は絶対に死ななかった。こっちで死んだ場合は別の人間が地球に戻ったらしいが、彼らも俺のハズレスキルがあったわけじゃないのにラーセットに来て俺を召喚した。生き延びたんだ。だからこっちに来たのは、きっと向こうでも何かの影響がある。お前なら良い方向に動くさ」


「なら良いけど――いや、あんたが言うんだ。信じて帰るよ」


 こうして、俺たちは固く握手して別れた。

 きっと日本でもうまくやれるさ。


「じゃあ、オレたちも帰るか」


「そうだな。我らもとうとう帰る日が来たという事だ」


「あ、あうあー、ああー」


「ふふ、岩瀬いわせも寂しがっているわ」


 表情が変わらないから全然わからん。


壬生みぶも一緒に帰るんだな」


「あら、寂しいのかしら?」


「ああ、寂しいよ」


 普段は余裕を崩さないのに、急に耳まで真っ赤になった。

 ちょっと不意打ちだったからか?

 それとも今まで数えきれないほど肌を重ねて来たからだろうか。


ゆめも寂しいわー。ねえ、いっその事」


「ハイハイ、こんな所で心中されたらさすがにたまらないよ」


「失礼ねえ。ゆめたちはもう身も心も一つなのよ」


 はい、見えている地雷を踏んでしまいました。

 この長い間、俺も色々辛い事があったんだよ。

 でも、これで全部忘れる。

 本来ならお互いにとって良い事なんだろうけど、どこか寂しさも感じてしまうな。


藤井ふじいにも世話になったな」


「こちらこそだよ。何度蘇生してもらったか分からないしね」


 俺が黙々と死者の魂を地球に戻している間、皆は迷宮ダンジョンへと潜って採掘や探索を続けていた。

 だけどそれだけじゃない。周辺との軋轢を抑えるために交易も始まったが、たまに召喚者を派遣する事もあった。

 普通はそこで頼まれた仕事などをして普通に帰って来たが、こいつは奥深くまで行き過ぎた時や他国に派遣された時、帰るのが面倒だからと自殺しやがったからな。

 何度蘇生する羽目になったか。


「じゃあ、先生ももうここまでね」


「今までお世話になりました。でも、正臣まさおみ君たちと一緒に帰っても良かったんですよ」


「それも考えたんだけど、やっぱり生徒とそんなに変わらない子たちが残っているのに、先生だけ帰るのもね」


「まあ、俺の方が実際には年上なんですが」


 というか、残っている人間の殆どが樋室ひむろさんより年上だ。


「確かにみんな先生よりしっかりしているんだけどね。それでもやっぱり最後まで見届けたかったの」


「ええ、今まで助かりました」


 確かに生きた時間は俺たちの方が長い。けどどうしても、体に精神が引っ張られている。

 そうでなければ、みんな肉体だけが若いだけの老人だ。というかミイラだ。

 そういった意味では、多少頼りなくとも大人がいてくれた事は良い事だったのと思う。


「それじゃあみんな。日本でも幸せに」


「こちらでの生活が幸せだったかのようだが……うん、まあ幸せだったな。もう全力で戦う事が無いと考えると、帰るのも少し寂しくなる」


「あー、それあたしもそう思った」


「良いから帰れ!」


 こうして皆帰って行き――、


「それじゃ、ウチらもここまでですなあ」


「なんか今更だけど、ありがとう……なによ、文句あるの?」


「いや、文句どころか感謝しかないよ」


「大丈夫、照れているだけだから」


里莉さとり!」


「まあまあ。どうせクロノス様も分かってるよ」


「結局そのクロノス様って呼び方、直らなかったわね」


「なんかもう習慣だね。案外、向こうでもそう呼んじゃうかもよ」


「道ですれ違っても、もう分からないよ」


「たとえそうであっても、いまウチらがこうしている時間は間違いなく存在しておりますわ」


「そうだな……。それじゃあ名残惜しいがここまでだ。お互い、平和な世界で平和に生きよう」


「そうね」


「それじゃ」


「先ほど緑川みどりかわさんにも言っておりましたが、案外心の何処かに何かが残っておるかもしれませんなあ。理由は分からなくとも、また出会う日が来るかもしれませんわ」


「それはロマンがあるな」


 こうして、クロノス時代からの知り合いである――といっても児玉こだま以外は一方通行だが――とにかくずっと苦楽を共にしてきた戦友たちも帰って行った。


「それじゃあ奈々なな、先輩、龍平りゅうへい。先に戻っていてくれ」


「一緒にってわけには……いかないのよね」


「さすがにそれは無理だからね。召喚者のまとめ役として、最後のチェックもあるし。大丈夫、向こうじゃタイムラグは無いからね」


「そうね。いつものように目覚めて……みんなでゴールデンウイークを満喫するんだよね」


「楽しみだわ」


「実際、楽しいと思いますよ。だから敬一けいいち、ちゃんと分かっているな?」


「ああ、今更だよ。もう決定を変える事は無いさ」


「絶対だな」


「絶対だ」


 こうして3人を帰した。


「それじゃあこれで最後だ。帰るとしよう」


「その後はどうするんですか?」


「もう二度とこのような事が起きないよう、塔は全て破壊していくんですよね?」


「それが周辺国との約定だからな。確かにこの世界にはまだまだ危険な奴がごろごろいる。それに今後ジオーオ・ソバデに匹敵する存在が出現しないとも限らない。だけど、この世界は召喚者の力ではなく、自分たちで対抗していく道を選んだんだ。それを尊重したい」


「そうですね」

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