第681話 終わったんだな

 そしてこれで事は成った。

 もし全周囲に対して均等に衝撃波を放たれていたらダメだった。

 だがジオーオ・ソバデは、今この場で2番目に危険な相手を全力で攻撃した。確実に消し去るために。万が一の可能性も残さないために。

 1番はもちろん俺だが、今更一発で倒せない事は分かっているし。


 その相手は当然光の神罰を使った風見かざみ。完全に、奴は彼女こそが神罰使いであると確信したのだ。

 かつてくらったのは奈々ななの放った方ではあるが、その身に神罰を受けて危険さはよく分かっただろう。

 何せ、全力であれば完全に消滅させるのだから。

 まあその寸前に地球に逃げられてしまうのだけどね。


 だから今回はそうはしなかった。神罰で倒さないように、痛めつける専用にした。

 けどそれが、奴に神罰の脅威を十分すぎるほどに理解させた。

 そして北でも光だけを使う事で、神罰がどんなものかを完全に印象付けた。攻撃前の空気、速度、音などもろもろ。

 慎重なやつの事だ。常に警戒を怠ってなどいなかったろう。


 その成果は言うまでもない。だから奴は光の神罰を躱せた。そして奈々ななの雷撃は食らった。

 ありがとう、風見かざみ

 本当の姿になった奴は、これから衝撃波を全周囲に放出するだろう。全てが消滅するまで。

 というか、もう放つ寸前だ。だけどまだできない。魂の損傷と神罰の攻撃は、そんなに軽いものではないのだ。

 そして今、ここまでの布石全てが実を結んだ。


 光が走る。衝撃波を放とうとする奴より僅かに先に、奈々ななから放たれた本家の神罰がジオーオ・ソバデの丸い体のど真ん中を撃ち抜いた。

 その姿は、まるで球形をしたドーナッツのようだ。

 もう神罰は来ないと思って完全に油断したな。空中で制止した姿は、完全な的でしかなかった。


 距離を外し、その穴に飛び込む。

 ここにいたんですよね、ダークネスさん――いや、俺よ。

 自分も完全に此処でもない何処でもない所に足を踏み入れてしまった事があった。

 その時の事は覚えていない。意識なんて無かったと思う。

 だけどまだ死ねなかった。消えるわけにはいかなかった。その執念が、意識せずに咲江さきえちゃんの元へと向かわせた。

 そして俺の意識に彼女は気付き、完全に消えてしまう前に元に戻れたんだ。


 ダークネスさんもまた、最後の最後まで決して譲れない執念があった。

 考えて出来る事じゃない。だけど、最期の執念だけは何が有っても果たされる。

 意識が無くとも、必ず若い俺を日本へと戻す。それが今までだった。

 だけど今度は違う。もうその必要は無いし出来もしない。

 だからここにいた。

 自分でも知っていたから、樋室ひむろさんと打ち合わせをしていたんだよな。

 最後の最後で姿を現した時、ダークネスさんの残滓と入れ替わると。

 きっともう、ダークネスさんは完全に向こう側へ行ってしまった。もうこの世界に呼び戻すことは出来ない。

 それに本人も戻る事を望んでいるとは思えない。

 だから俺は、最期の務めを果たす。


 ――外れろ。この世から。だけど、此処でもない、何処でもない世界。ダークネスさんの行った所へは行かせない。あそこはお前ごときが立ち入って良い場所ではない。

 だからその身の全てを失うがいい。


 その瞬間、まるで俺の周囲の空間が消えるように、奴の体は影のように消え去った。

 あちらの世界へ送ったわけじゃない。分子レベルで構造を外したんだ。

 さすがに俺も、今の一撃に全ての力を出し切った。全力にして限界、もうスキルは使えない。

 落下しながらだが、俺は心の底から満足だ。それに――、


「ふむ、思ったよりも軽いな。クロノス殿のように、もう少し肉がついていた方が自分好みだぞ」


 落下した俺を、大和武蔵だいわむさしがキャッチした。

 綺麗にお姫様抱っこになってしまって恥ずかしいが、もう指一本動かない。

 消えないだけの力以外は全て使い切ったからな。


「まだ高校1年生になったばかりの体なんでね。それはこれからだ」


「確かにそうだ。だが自分より1学年上なだけではないか。将来が楽しみだな」


 予想はしていたが、マジで年下だったのかよ。

 というか、奈々ななも気を失っている。

 児玉こだまが守ってくれたとはいえ、まだまだ召喚者として育っていない奈々ななにはきつかったからな。

 それなのによくあの一撃を放ってくれた。


「最後はあっけないものね」


 地面を削って退避していた壬生みぶもモソモソと出て来たが、もう少し近ければ彼女も攻撃していたな。


「そうだな。でもここまでが本当に長かったよ。それにまだ何をしてくるか分かったものじゃない相手だ。お互いに最後の力を振り絞ってなんてのはごめん被るね」


「その割には、しっかりと最後の力を振り絞っているじゃない」


「矛盾するようだが、それこそ相手に何もさせないためにはあの連携が必須だった。本当に助かったよ」


「それは先に逝った皆に言ってやらないとな。さて、戻ろうか。どうせすぐに蘇生させるのだろう?」


「その前に休ませてくれ……消えそうなんだよ」


「フム。だがまあ、彼女を起こすのは野暮というものだろう」


「ふふ。二人いれば十分でしょ」


「まあ、ウチもおりますけどなあ」


「見事なくらいにしぶといな」


 そういや黒瀬川くろせがわもバッチリ残っていたな。

 実際、ここまで皆が粘れたのはこのセーフゾーンに充満した黒瀬川くろせがわの回復の役割が大きかった。

 じわじわとゆっくりだが確実に回復する事で、俺たちがどれだけ助けられていたか。

 しかし風見かざみたちと同じ場所にいたのにしっかりと残っている所は別の意味で凄い。


「ウチは最初から柱の破片に身を潜めておりましたからなあ」


「回復役としてはそれが正解だ。助かったよ」


「それでは皆を蘇生させるためにも、もう一つ恩を売っておきましょうか」


「喜んで買わせてもらうよ」





 ◆     ◇     ◆





 セーフゾーンから外へ出ると、驚くほどに静かだった。

 ジオーオ・ソバデの消失によって、奴の操り人形となっていた同類たちは皆動かなくなった。

 おそらくだが、眷族も同様だろう。あれは単に強いか弱いかの違いでしかないからな。

 もう壁の上から情報は届いているはずだ。ただ都市の中では実感が湧かないのだろう。

 とはいえ、あの極寒の壁の上まで行って下を見ようという酔狂な奴はそうそういないか。

 だけど夜になれば、戦っていた兵士達は家や酒場へ行くだろう。もちろん一部の見張りは残すけどな。

 そこでようやくラーセットの住人は知るだろう。遂に脅威が去った事に。

 やっと……終わったんだ。

 外の静寂を感じ、ようやく俺にもその実感が湧いたよ。





 ■     □     ■





 神殿庁の召喚の間には、ヨルエナと一ツ橋ひとつばしが待機していた。

 既に状況は知っているのだろう。ヨルエナは跪き泣きながら祈りの姿勢を取ると――、


「今回のご活躍、どれほどの言葉を尽くせば良いのか想像すらつきません。本当に……本当にありがとうございます。ラーセットだけではございません。何千、何万、いえ、この世界の全ての人間から、脅威の一つが消え去ったのです。今を生きるものだけでなく、これから生まれてくる全ての人に変わり、ただ感謝を。心からの感謝を捧げます。その……もしご希望でしたらこの身もご自由にして頂いて大丈夫です」


 真っ赤になってそういうが、一ツ橋ひとつばしが呆れた顔でこちらを見ている。

 まだ足りないのかと言いたそうだが、いやいや、俺だってこれ以上の火種を増やしたくはないよ。

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