第679話 エリアサーチ

 しかしまだまだ終わらない。今度はその球が割れると、中から8メートル級で4本腕の巨人が現れた。

 全く次から次へときりが無い。

 しかも、実はこの戦いは段階が進むほど加速度的に不利になって来る。

 まだ奴は衝撃波を単発でしか使っていない。使うタイミングも、しっかり選んでいるようだ。乱発できないのは間違いない。

 だけど本体は鳴りっぱなしのスピーカー。間断ない衝撃波で、周り全てを粉砕する。

 今は取り込んだ眷族の力が逆に阻害しているのだろうが、要はそれが減ればいずれ奴は衝撃波を連発してくるだろう。


 どうする? この状況で――いや、弱気になるな。

 ここでやるしかないんだ。

 その為に、ダークネスさんは最後までここで戦ったんだ。

 止められないならその時は――。

 ほぼ破壊された柱の向こうで、風見かざみが合図をしたのが分かる。

 意志は通じているようで安心だよ。

 連発され始めたら、もうやられる前にやるしかない。

 ここまで来て場当たり的な戦いもしたくはないが、結局最後はそうなってしまうのだから仕方がない。





 そんな戦いをしている最中、水城瑞樹みなしろみずきはただ一人、自分だけが足手まといであることは理解していた。

 同じく戦わない奈々ななは最後の切り札なのだから当然だ。

 だけど自分は違う。本来ならば、須田亜美すだあみ岸根百合きしねゆりと一緒になんとか壁を守っているのがせいぜいだ。

 今この場に自分がいるのは、所詮は敬一けいいち君のお情けでしかない。


「よし、ようやく割れた」


 空気の壁は解除されても、分厚く冷えた金属の膜は残っていた。

 通常なら絶体絶命な状況ではあったが、龍平りゅうへい緑川みどりかわの身体能力があれば打ち破る事も可能だ。


「今のうちに出るとすっか。ここにいても的なるだけだぜ」


「そうですね。外ではまだ戦っているのですし」


「お姉ちゃんもとにかく外へ」


「さあ、先輩。早くこちらへ」


「え、ええ……」


 だがこのセーフゾーンに来てから、ずっとそれとは別に心にしこりがある。

 それは正確にはもやもやした感覚だ。

 心の奥底で、何かが不快感という形で不自然さを告げている。





 外では巨人の上半身を敬一けいいちが吹き飛ばしたが、間髪入れずに噴き出してきた水で出来たヘビの様な姿のモノが敬一けいいちの下半身を食い千切る。


 ――もう何度死んだのやら。


 半分失われた体を捨てた時は、飛沫を上げながら空中を飛来していたヘビは児玉こだまが放った無数の武器によってバラバラに断ち切られている。

 しかしその一部から、不自然なのにさも当然の様に巨大な茄子の体と割りばしの足を持つ姿が現れる。

 それはそのまま地響きを立てて着地すると、同時に中央が開き鎖の付いたギロチンの刃が飛び出して児玉こだまへと襲い掛かった。


「今度はどちらが本体なのかな?」


 電光石火。刃が届く前に、大和だいわが鎖を切り離す。

 だが彼女にとって、この程度を切るのは雑作もない。無すぎて、ギロチンの刃は速度を落とすことなく児玉こだまへと向かう――が、


「こんなとろいのに当たらないって」


 近くにあった柱の破片を操り、ギロチンの刃を弾き飛ばす。

 そして今度はそこから、蜘蛛を思わせる――だが足は12本の姿が生えてきた。

 蜘蛛とは言っても5メートルはある。今までよりも少し小柄だが、危険な敵である事に何も変わりは無い。

 これは姿形こそ違っていても、ジオーオ・ソバデそのものなのだから。





 それは水城瑞樹みなしろみずきも同様に感じていた。

 なぜあれほど姿が変化するのかも、どんな攻撃をしているのかもまるで理解の外だ。

 圧倒的な経験不足。戦闘の素人。

 しかし彼女は今までの人生で、一度もそんな事で諦めたことは無い。

 手を伸ばし、一つでも分かるヒントを掴もうと常に試行し続けている。

 そんな彼女が今できる事は、ただ一つだった。


 ――広域探査エリアサーチ


 もちろん、瑞樹みずきはジオーオ・ソバデの本当の姿を知らない。

 しかしそんな事は関係ない。今やる事は、探知するために相手を知る事。いわば探知するための前準備。

 もはや消え去った彼女の過去。その中で、妹の姿をした風見かざみが偽物だと見抜いていた事がある。

 敬一けいいちは知らなかった。クロノス時代も知り得なかった。

 しかし彼女のスキルは、追跡するためにその本質を捉えるスキル。姿、形、そして生命が発する波長――いわゆる脳波など。人の指紋がそれぞれ違う様に、完全に同じ相手は存在しない。それを隅々まで把握する。

 そのスキルが、地下に根を張る巨大な全体像を認識していた。

 それこそがジオーオ・ソバデの姿なのだと理解し、瑞樹みずきはその存在を完全に掌握した。


敬一けいいちくん、地下よ!」


 同時に、蜘蛛の背中からヤマアラシのような棘が生えると、一斉に瑞樹みずき目がけて射出される。

 それはある意味、ジオーオ・ソバデにとっては致命的な情報だったのだ。

 だがもう遅い。

 棘は全て緑川みどりかわの壁と、彼の体によって防がれた。

 空気の壁をものともせずに貫くほどの矢の嵐。

 さしもの彼でも身を挺して防ぐのが限界だった。しかし――、


「さすがはあの人の女だな。アンタを連れて来た事にはちょっと引っ掛かりもしたが、どうやら正解だったよう……さす……が……」


 緑川みどりかわは光となって消えたが、もう既に動ける全員が動いていた。

 ブラッディ・オブ・ザ・ダークネスの戦いを知っていればもっと早くにそれに気が付いていたかもしれない。

 だが、遅すぎたということは無い。

 むしろこの時点で知れた事は何よりも大きい。


 向こうも必死だ。ここからは時間の勝負。相手に僅かの隙すら与えてはいけない。

 俺はその間に、ハズレスキルで外れを全て外す。残った一点は柱の陰。通常は目に入らないほどの、小さなアリの巣穴程度。


夢路ゆめじ!」


「何度でも!」


 示した場所に火花を散らす。

 同時に轟音と土煙を立てて落下する児玉こだまが降らせた壁の素材。

 これで花火は消えた――かのように地上では見えた。

 しかし火花は地中と地上を繋げていた透明な肉体の周りの土を次々と爆破し、まるで導火線のように本体へと突き進む。

 しかも爆発した土は更なる爆発を起こし、底へと到達する頃には炸裂する溶鉱炉のようになっていた。


 地下から鈍い轟音と振動が響き渡る。

 あの切り替えの早さは凄いと思ったが、なるほどこういうカラクリか。

 もし先輩がいなければ、あのまま不毛な戦いを繰り返し、やがて力尽きていただろう。

 しかしそれもここまでだ。

 既に児玉こだまのスキルにより、壁などの補強に使われていたバリケードの残りは、全て床に敷き詰められている。

 更にその上から東雲しののめの高重力が抑えるという二段構え。

 かなりの数が破壊されているので完全とはいかないが、それでも出て来るまでには相当に焼かれているだろう。

 言う気はなかったがあえて言おう。ざまあと。

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