第677話 埒が明かないな

 貫かれたクラゲは翼も落とし地面に伏すが、そこから爪に目のある8本指の巨大な人の左手首が現れる。

 柱はまるで無かったかのようにするりと抜けて、地響きを立てながら床に落ちた。

 あれはまるで、俺が体を外す時の様だ。

 ついでに残ったクラゲ部分の死骸と共に、柱は粉々に砕かれた。二度と使わせる気はないらしい。

 同時にその死体も水のように溶けて流れたが、あの柱は同類はもちろん、眷属でも破壊出来ない壁と同じ素材だぞ。

 やはり相当なものだな。


 しかし出てきた瞬間、待ち構えていたかのように大和だいわ藤井ふじいの槍が左右から貫く。

 その程度では普通は死なないが、藤井ふじいはこういう時、的確に弱点を突く。

 巨体からしたらかすり傷でしかない一突きを受け、不気味な手首は後ろに倒れ込む。


「危ねえ!」


 その脇から目の無いウナギの様なものが飛び出すと、弧を描いて藤井を襲う。

 しかしそれはみどりかわの空気の壁に僅かに軌道を逸らされ、そこを海野うんののハンマーピックで頭を潰される。

 だがその潰れた頭は捨てるように切り離され、代わりに出てきたのはドリルのような先端。

 躱す間もなく火花を散らして分厚い全身鎧が削られる。

 普段はゼリーの様だが、その気になればそこらの金属よりも硬い。

 とはいえその硬さも、横から放たれた壬生みぶのスキルの前では無いに等しい。

 ドリルも頭も球形に塵となる。

 間一髪だったなと思う一方、ジオーオ・ソバデの残った体からもパラパラとゼリーが本のページをめくるように剥がれて落ちる。


 だが終わりはしない。

 残った小さな尾から、20メートルを超すクマムシモドキが不自然なほどにゅるりと姿を現した。

 間髪入れずに、セーフゾーン全体に放たれる放電。

 金属鎧――とはいえ実際には多くのメンバーは金属っぽい物を使っているだけだ。

 だが先程助かった海野うんの藤井ふじいの槍には直撃した。

 ただ藤井ふじいは知っていたかのように槍を手放していたが、海野うんのの全身鎧とハンマーピックには直撃した。

 ブスブスと黒い煙を上げながらゆっくりと倒れ込む。

 さすがに相手が強いだけあって、あれでも助かったか。集団スキルも結構強いな。

 だがそんな甘さをあざ笑うかのような衝撃波が、今度は隙間なく放たれた。


 動けなかった海野うんのは直撃を受け、粉々に粉砕され光となって消えた。

 壬生みぶは以前と同じように地面を粉砕してやり過ごしたが、事前の放電があって対処が遅れた。

 今は粉となった石に埋もれて見えないが、被弾したのが見えた。

 こちらは緑川みどりかわが張った空気の壁手でセーフだったが――、


「連発されたら持たないぜ、これはよ」


 目の中に光る紋章は最高潮だ。つまりはこれ以上の事は出来ない。

 だが幸い、とにかく俺や奈々なな、先輩と龍平に小久保夢路こくぼゆめじ中野円環なかのリングは助かった。


 いざという時に神罰をクロスで撃てるように回り込んでいた風見かざみ児玉こだま黒瀬川くろせがわは、奴らが崩した外壁の素材に逃げ込んで何とか助かった。

 派手に壊したのが裏目に出たな。


 そして大和だいわは衝撃波を巨大な盾で一瞬だけ防ぐと、それが粉砕されると同時にもう壊れた柱の影に移動していた。

 見事な判断力だ。ちなみに藤井ふじいもくっついているが、あれは全知で分かったわけではないな。

 何せ相手の再生と攻撃を切り替えるタイミングが早すぎる。あれでは未来を構成する余裕もないだろう。


 これで地上の被害は海野うんのだけだったが、空気の壁の後ろにみや東雲しののめが降って来た。

 正しくは東雲しののめみやを抱える形だ。


「馬鹿野郎! どうしてオレを庇ったんだよ! 戦闘ならお前の方が上だろうが!」


 東雲しののめは数か所に粉砕骨折が見られる。

 地球だったら一生元のようには動けないが、こちらなら薬で何とかなる。

 実際、さっき自ら斬り落としたみやの足も、徐々にだが戻っている。

 だがそれ以上に、体中の骨がボロボロだ。


「今のペースでは、私が本調子に戻るには時間がかかり過ぎる。足は私にとって生命線だからな」


 確かに、空気を蹴って稲妻のように不規則に動くのがみやの基本だ。

 足が無ければ片足で浮いている事しかできない。


「だがお前ならどんな状況からでも攻撃できるだろう」


「けどお前程には――」


「戦い方の種類が多いのがお前の利点だ。成瀬敬一なるせけいいち、これからはお前がクロノスだ。もう私を蘇生させる必要は無い。東雲しののめたちを導いてやってくれ」


「悪いが全員蘇生させて地球に帰すのが俺の役割でね」


「先代のクロノスを――」


「そんな事はもうほとんどの人間が知っているよ。じゃあ、また後でな」


「拒否権は無しか。まあ、勝手にするがいい」


 そう言いながら、悪びれた様子もなく、みやはただ淡々と光に包まれて消えた。


 ジオーオ・ソバデの方はまだ本調子ではないのか、それとも取り込んだ眷族の力と干渉しているのか、衝撃波が連続していない。

 だが次が来るのは確定だ。もう一発くらう訳にはいかない。


緑川みどりかわ、壁で奴を包め! 夢路ゆめじ!」


「分かるけど、アイツ知っていると思うの――ううん、やるしかないわよね」


 床は元々石畳にバリケードを敷いた強固な状態だったが、今ではかなり砕かれ、穴が開き、土がむき出しになっている。

 ここならそう簡単には消えない。


 緑川みどりかわの空気の壁の内側に向けて、夢路ゆめじの火花が弾ける。

 だがやはり、ジオーオ・ソバデはその危険性を十分に知っていた。というより、完全に警戒していたのだな、あれは。

 特に緑川みどりかわとセットで使っていたから、ある意味最初から分かっていたのだろう。

 炸裂した瞬間、巨大クマムシの体の一部が射出され、火花を包む。それは内部で確かに爆発したが、同時に包んだゼリーが火花を消してしまった。


「やっぱり無理」


「だろうな。どんな風に対処するか見たかったんだよ」


「何か良い手があるの?」


「ああ、おそらく奴の体を構成しているのは、これまでに取り込んだ眷族だろう。あの野郎、眷族を置いて逃げるどころか、取り込みながらここまで来たんだ。あの逃げ回っているように見えたのも、実は回収していたんだよ」


「それじゃあ何度も復活するジオーオ・ソバデと戦っているようなもんじゃねーか。今のままじゃ勝ち目はねーぞ」


ゆめもそう思う。これでまだ数体でしょう? 今までの数を考えたら」


「そうだな。まあ普通にやったらダメだろう。先ずはあの眷属の層を削り取らないとな。そんな訳で夢路ゆめじ


 そう言いながら、奈々ななを降ろして土塊を掴む。


「これにスキルを発動してくれ」


 最初はキョトンとしていたが、すぐに気が付いたようだ。さすがだな。

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