第672話 意味不明だぞ

 前回の大変動で、地形は普通の洞窟っぽくなった。それに無数の光る水晶の様な石が露出しているおかげで何とも幻想的だ。

 見た目は結構価値がありそうだが、実はそんなにない。

 時々こういう形で大発生するし、効果も長い。何処の街も――というか一般家庭も、明かりはこれを使っている。

 まあ超長持ちする蛍光灯で、まだまだ予備もふんだんにあるという認識だ。

 そんな綺麗な景色もずっと同じところを走っていると飽きるとはいえ、休息するにはいい景色だ。十分にリラックスは出来るだろうな。

 これが針だらけの迷宮ダンジョンとかだとこうはいかないからな。悪くは無いと思っておこう。


「それで藤井ふじい……いや、やっぱり少し休憩しよう」


「気を使わなくても大丈夫だよ」


「とは言ってもな。これ以上休憩なしで追いかけ回すのは建設的じゃない。それにもし次の全知で、今すぐ追いかければ会えるとなったらどうするよ。究極の選択を迫られる事になるぞ」


「そうね。やる以上は万全――とはもう言い難いけど、それでも少しでも勝率は上げた方が良いわね。今回は会えないから黙っていたけど、遭遇するとなったら休憩を進言するところだったわね」


 クロノス時代もそうだったが、風見かざみは戦術とサポートに長けている。

 こちらでもそうなのだから、元々の素養という奴だろう。

 確かに今回は会えないというので強行したが、前回の段階で休息しておくべきだったか。

 そもそも肝心の奈々ななが真っ青な顔でぐったりとしている。

 高速移動中はずっと背中におぶさっていたからね。さすがに酔ったか。


「よし、久々に食事をとるか」


「と言っても、食い物なんぞ……マジかよ」


「他にいないだろ。こういうのは食べたという気分が大切なんだよ。それに単に腹に入れるだけじゃなく、それはそれで栄養もあるんだ……よな?」


「まあ元の素材に大きく影響されますが、それでもそのままという訳ではありませんわ」


 そう言いながら、光るクリスタルと掘り出すとスキルを使いながら各々に渡す。

 うん、そっちかよ。また土の方が栄養ありそうだが。


「水晶ってこんな味なんだ……」


 死んだ目をしながら東雲しののめがボリボリと光る水晶っぽい鉱石を食べている。

 まあ見た目はアレだが、今の所黒瀬川くろせがわのスキル“調理”で体調を悪くした奴はいない。毒を撒いた時は別だが……まあ大丈夫だろう。

 俺たち召喚者はこの世界の法則から外れた存在だ。俺とはまた違う意味でな。

 年も取らなければ時間の感覚も曖昧。寝なくてもさほど問題は無いし、食事をとる必要もあまり無い。

 それでも、やはり寝るとスッキリするし腹が膨らむと心に余裕ができる。

 やはり習慣というものは変わらないものだ。


 そうして休息していると、遠くから何かが高速で移動してくる気配がある。

 奈々ななと先輩以外はすぐさま全員が気付き臨戦態勢に入るが、手だけで制止する。

 あれは敵ではない。





 ■     〇     ■





 ほんの数分で、それはやって来た。

 俺がクロノス時代に出会った時の黒を基調としたゴシック風ドレス。

 以前にメッセンジャーの処へ一緒に行った時もそうだったし、やはり地下ダンジョンに常駐している方はこちらの服装になるのか。


「やはりここにおられましたね。ブラッディ・オブ・ザ・ダークネス様のお言葉は正しかったようです」


「他にも色々といるようですが、敵対しない限りは手を出しませんのでご安心ください」


 一応は敵ではないと伝えたが、まだ全員警戒しているな。

 まあ当たり前だ。そういう世界だという事は、俺も重々承知しているさ。

 味方だという言葉も7歳程度の幼女の姿も、何の安心にもつながらない。

 実際に、全員が双子の力を肌で感じているだろう。特にベテランは尚更だ。

 しかも本質的に、双子も双子でこういった出会い方をしていなければ間違いなく敵。しかも勝てる人間はそう多くはない。

 ある意味、これに手を出したダークネスさんの勇気と節操の無さに乾杯だ。


 そんな訳で俺以外は――いや、奈々ななと先輩、それに意外な事に龍平りゅへいも特別な警戒はしていないな。

 奈々ななと先輩は俺の言葉を全面的に信じてくれているわけだが、龍平りゅへいはクロノス時代を体験していない龍平りゅへいだ。

 だから双子を知る訳が無いのだが、これはちょっと意外だった。

 けどまあ、今は――、


「それで、ダークネスさんの伝言とは?」


「伝言というより、地上の分身と繋がっておりますので、これはリアルタイムでの会話となります」


「もちろんわたくしたちが仲介いたしますので伝言という事にはなりますが」


「了解した。それでなんと?」


「我はこれより奴の元へと赴く。先を越されて悔しい思いをしたくないのであれば、全力で追いついて来るがいい。フハハハハ」


「との事です」


 双子の可愛らしい声で言うから違和感が半端ねえ。


「追いついてやるから場所を教えてくれ」


「ここまで皆を導いておきながら、未だ他力本願か。我ながら情けなくて涸れたはずの血涙が流れ出るわ」


「との事です」


「やかましいわ。いつにもまして激しいな。高揚しているのか?」


「まさに天を仰ぎ、この僥倖ぎょうこうに打ち震えておる。もはや他の者に隠す必要も無い。皆知っているであろうが汝もまたわれわれわれと同じ深淵の淵に立つ時、その曇った眼にも真実がありありと映し出されるであろう」


「との事です」


「日本語でプリーズ」


「さらばだ」


「との事です」


「ふざけるな」


「実際の所、ダークネス様の元へ直接向かえば逃げられるだけでございましょう」


「其方はそちらで今まで通りの追いかけっこを続けるのが良策かと」


「そこまで知っているのかよ」


 考えてみれば、ラーセットに協力……というかまあ黒瀬川くろせがわな訳だが、それがいる以上情報はしっかりと握っているだろう。

 しかし内容はさっぱり分からなかったな。ん――、


龍平りゅうへい、今のダークネスさんの言葉は分かったか?」


「むしろどこに分からない点があったのかが分からんな。今まで通りにやれという事だろう」


 いやまあそうなんだけどね。言葉通りにとっていいのやら。

 やだなあ、将来あれになるの。

 まあもう地球が亡びるか俺が死ぬかの二択しかないわけだし、その可能性は無いか。

 なにより、呆れた顔で聞いていた奈々ななと全く意味が分からないという顔で硬直していた先輩がいる限り、ああはなるまいさ。


「さて、ではこちらの方針は決まった。そちらに関してだが、これからは協力してくれるのか?」


「いえ、こちらはダークネス様からの命がございますので」


「これにて失礼させていただきます」


 そう言いながらミニスカートの裾を掴んで可愛らしいお辞儀をすると、そのまま跳ねるような動きで去って行ってしまった。

 ダークネスさんの指示ねえ……。

 内容はアレだったが、中身は俺だ。きっと重要な事なのだろう。

 それとさっき双子が言ったことが真理だな。その時になるまで知る必要は無い。というか、その時になればわかるか。

 藤井ふじいの全知の事もちゃんと織り込み済みという訳だ。


「さて、向こうは向こうで心当たりがあるようだが、こちらは地道な作業だな」


「もう休憩は十分だよ」


「こちらも問題無い」


ゆめはあ、もう少しゆっくりしたいかなあ」


 いつの間にか、夢路ゆめじが俺と腕を組んでいる。

 奈々なながジロリと睨んでいるが、全く効果なし。

 何とか風見かざみが引っぺがしてくれたが、後で言い訳が大変だ。

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