第673話 これで最後なんだな

 結局ダークネスさんの話はさっぱり分からなかったので、藤井ふじいの全知頼りで追いかけっこ。

 あれから更に5日間を迷宮ダンジョンでの移動に費やしたが、稀に敵の小集団に出会う程度。やはり眷族は出てこない。

 大変動の為に分散させた説は正しかったのだろうと思う。予想でしかないけどね。

 ただ当然、奴の周囲には居る。

 だけど今の所はいるだけだ。

 俺たちの接近を探知するとスキルで逃げる。北でもそうだったが、当然ながら俺同様に移動できるのは自分だけ。眷族は置き去りだろう。実に無駄な事をするものだ。

 全く往生際が悪い。が――、


「あ、次だ」


 ふいに藤井ふじいが呟いた。

 全員に安堵と緊張が走る。

 全員が戦いたいのは当たり前だし、その為に来た。

 だけど今までのマラソンは終わり、もうゴールが見えたのだ。

 本当のゴールは到着してからだけどな。


「じゃあ先導は任せたぞ」


「うん、任された」


 歯を見せてにっこりと笑う。そして次の瞬間にはもう走り出していた。

 しっぽがあったら本当に犬だろうな。

 どの位の距離かとか何処に行けば良いかとか聞きたかったが、それは全知を壊す可能性がある。

 今はとにかくついて行くしかないか。


 こうして迷宮ダンジョンをひたすら走ると、何となく見知った感じがする。

 迷宮ダンジョンの形は変わっていないのに、なんだか安心するというか、或いは――まさか!?


 安心はしたが不安の方が大きくなる。

 ついつい藤井ふじいに聞きたくなってしまうが、それはご法度だ。

 しかしこれは……考えるだけでもきつい。


 そして3日目。ようやく見知った場所に辿り着いた。

 だがそれが良い事ではないのは、全員が承知している。

 ここはラーセットのセーフゾーンから、普通の人間で4日ほど。俺たちなら2時間ほどで辿り着ける場所だ。

 そんな訳であまり使う事は無かったが、クロノス時代に新人を連れて行く時などは必ず利用した。

 当然、今の時代でも奈々ななや先輩とよく来たものだ。

 小さな民家程度の小さなセーフゾーンだったが、中央には常に水が湧き出す噴水があった。

 そんな訳で、現地人はもちろん、新人の休憩場所としても良かったんだ。

 今回は簡単なバリケードを付けて常駐していた警備員も退避しているが、当然ながらバリケードや設備は全て破壊されている。


「クソが!」


 バリケードが破壊されているのは別にどうという事は無い。

 地下から敵が来る事は分かっていたし、実際に来た。

 ここのはただの時間稼ぎというか、嫌がらせだ。

 けど問題はそんな事じゃない。

 藤井ふじいの速度も、進行方向も変わらない。つまりは……。


「全員戦闘態勢!」


「言われるまでもない!」


 奴はいったい何段構えの工作をしていたんだ!?

 いったいいつから自分自身で直接ここを襲う事を決めていた?

 考えるまでもない。最初からだ。

 分散したのも、あの強敵の所へと誘導したのも、大変動を起こしたのも、全ては必殺の作戦であり、同時にこの為の保険であり布石でもある。


 ここまで何度も奴の思惑を打ち破って来た。だけどその度に、新たな策が立ちはだかる。

 俺たちは完全な準備も出来ないまま疲弊し、散々な追いかけっこを繰り返しながら、スキルもだいぶ使ってしまった。

 俺と密かに風見かざみは回復させているし、各員も少しずつでも回復出来るように動いて来た。

 それでも、正直もうボロボロだ。

 なのにこの状況。全員の精神に大きすぎる負担がのしかかる。


 ラーセット唯一のセーフゾーンまでは本当にすぐに到着した。

 用意してあったバリケードは、周囲の壁ごと破壊されている。

 というか粉砕されているな。

 こんなことが出来る奴は一体しかいない。

 各自が全速で飛び込んでいく。

 ここから地上に上がるが、いったい何日遅れた!?

 奴が眷族と共に暴れたら、一体どれだけの犠牲が出るんだ!?

 最悪の場合はもう……。


 だが、そこで待ち受けていたのは意外な光景であった。

 床や壁にこびりつく赤と水色。相当激しい戦いがあったことは間違いない。

 中のバリケードも破壊されており、中央を挟んでいた柱は粉砕。もう一方を塞いでいた柱も力無く床に転がっている。

 予備の武器や罠などの仕掛けも、全部使用されたり壊されたりで使い物にはならない。

 だが、全員が入ったまま動かない。というより、動けないのだ。


 そこには確かにいた。

 姿は全く違う。あの本体である青白いゼリーの球体はまるで見えない。

 実際には見えているのだが、分からないと言った方が良いか。

 そこにいたのは顔の無い6本脚の象と言った方が良いか。というか巨大なマンモスかな。体高だけでも12メートルはある。

 顔の部分は切り取られた様に平らで、背中には蝙蝠と鳥の羽が一対ずつ生えている。

 尾はトカゲというか蛇というか、とにかく爬虫類の形状だ。長さは床に付く程度だが、見た目を信じてはいけない。

 当然、全てゼリー状。随分と変わったが、こいつがジオーオ・ソバデである事は一目でわかった。


 しかし動かない理由はそれだけではない。

 その先。ラーセットに上る唯一の階段にいたのだ。

 そこにいるとは予想もしていなかった人間だ。


「ようやく到着か。随分と遅かったではないか。待ちくたびれたぞ」


 騎乗もしていない。外骨格のような殻には無数の傷や穴が開いている。それに一人だけだ。

 だがその漆黒の鎧。のっぺらぼうの仮面。そしてあの口調、声。誰もが見間違えるわけがない。

 そこにいたのは、ブラッディ・オブ・ザ・ダークネスその人であった。


「だがこれにてこの長き戦いにも終わりが訪れるというもの。今なら見えよう。その結末が」


「ああ……見えるよ」


 意識も無く、一筋の涙がこぼれ落ちる。


「我らは皆、等しく道化よ。喜びも、苦しみも、何をしても全て無に帰す事に定められた世界。そこで滑稽にも必死に生きるのが我らの務めであった」


「そうだな。時間を消して戻すなんて、チート過ぎて涙が出るぜ。しかも最後は必ず地球を滅ぼす事まで決まっているんだからな」


「そして汝は我となり、他の者の生きざま全てが消え去っても、この使命を抱え引き継ぐ運命を背負う」


「お互い最低のスキルを押し付けられたよな」


「だがこれこそが最強にして至高。死なず、消されず、忘れず、ただ一人最後まで真実を探求するため足掻き続けられたのだから」


「途中で死んだ俺もいた様だがな」


「それでも最後は我に戻る。それがこの世界の法則よ。多くの出来事が無かった事になり、正体も明かせぬ。ただ苦しみだけが支配していたが、楽しき事もまた同じだけ我を包んでいた」


 そして僅かだけ姿勢をジオーオ・ソバデに向け――、


「しかしそれも今日、今、この時で終わる。我が名も知らぬ宿敵よ。我との遊戯はここまでよ。後は死神に送ってもらうが良い」


 その瞬間、ジオーオ・ソバデの無かったはずの頭から巨大な槍が伸び、ダークネスさんの胴を貫いた。

 その槍はあまりにも太く、ダークネスさんの体は上半身と下半身に別れ、カランカランと大きなカニの甲羅をばら撒いたような音をして床に散らばった。

 だけどそんな事、もう些細な事だ。

 ダークネスさんはもう、俺たちがここに来た時には既に全ての力を使い果たしていたのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る