第671話 やっぱりこうなるのか

「それはアイツの性格的におかしいんじゃね? そこまで賭ける奴かね。そこまでするなら素直にこの近辺から逃げそうな気がするがねえ」


 長く奴と戦い続けて来た緑川みどりかわとしては納得いかない様子ではある。


「俺もそうは思っていたんだけどな。実際に今回の大変動は、他の可能性が考えられない」


「最後の賭けって奴かしら」


「まあ絶対にまだ手段は残しているだろうけどな。状況的に、これが奴にとっての切り札だったのだと思う。何せ規模が違う。眷族を元の数に戻すには、それこそ危険を覚悟で迷宮ダンジョンで行動するか、全く別の地域へ移動するかだ」


 むしろそれを前提に、必殺の策として用意したと考えれば逆に納得できる。

 アイツは遠く離れた地上の眷族と合流し、俺たちの届かない世界へと旅をする。

 以前にも考えた最悪のパターンだ。

 だけど今回の事を考えるとそれは無いな。

 意図的な大変動。黒竜は倒してしまったので聞けなかったが、おそらく完全に反則だ。

 というか、ものすごい迷惑行為だろう。さすがに他のセーフゾーンの主も、重い腰を上げる可能性が高い。

 だがそこまでするくらい、大変動に巻き込むことはこの世界では最強の攻撃だと言って良い。

 今回は本当に運が良かった。

 のんびりセーフゾーンなんて探していたら、間違いなく間に合わなかった。

 黒竜万歳だよ。こいつがここにいなければ全滅は確定。ジオーオ・ソバデはほとぼりが冷めるまで地上で潜み暮らすだろう。

 その場所も分かっている。クロノス時代に見た廃墟だな。俺たちが全滅したならそこが一番良いだろう。


 セーフゾーンの主たちも、さすがに異物になってまで追い続けることはしない。

 双子のような分身を派遣する可能性もあるが、地上に出たら異物となる事に変わりは無い。

 そして異物同士なら、本体と分身では勝負にもなりゃしない。


 一時的に世界は平和になるが、迷宮ダンジョンが異物である奴にとって安住の地ではない以上、必ず地上の人間を襲い始める。

 世界を滅ぼす怪物モンスター再びだ。


 だがそうはならなかった。

 奴にとって最も大規模な攻撃も、俺たちは回避できた。

 そして大変動によって、奴に同類にされた迷宮ダンジョン怪物モンスターも、眷族になった奴らも復活した。

 ジオーオ・ソバデは、もう地上に行くしかない。


「決着の時だな」


「勝算……いや、こんな事は聞くだけ野暮だな。奴を倒す。ただそれだけだ」


「こっちの全知では、まだ戦えないって状態だけど」


「また構築できるようになっただけで十分だ。というか、さっさと前を隠せ」


 先だっての戦いでビキニアーマーを壊されて以来、前は出しっぱなしだ。隠そうともしない。


「でもこういうのが好きなわけでしょ? なら勝率を上げるためにもこれで良いんじゃない?」


 奈々ななから殺気を感じるので良くはないな。


大和だいわ、予備になるような鎧はあるか?」


「先ほどの鎧と同じで良いのなら10セットはあるな。ほら、使うと良い」


 と言ってブラ部分のアーマーを放り投げたが、薄い谷間から取り出したな。

 スキルじゃないから収納アイテムだろうが、風見かざみといい大和だいわといい、なんとも変な所に装備しているものだ。

 というか、見た目のシュールさもアレだが結構持っているんだな。

 そういえばあの強敵との戦闘でも何度も武器や盾を壊されていた。

 最前線だった事もあるが、だからこそ最前線を張れたとも言えるのか。


「よし、そろそろ休憩は終わりだ。十分な状態でない事は承知している。だけどこれ以上の時間を与えるわけにもいかない。悪いが、最期の力を振り絞ってくれ」


「振り絞らなくても、まだ十分な余裕はあるわよ」


「こちらも問題は無い。むしろ今までにない程に気力が充実している。任せてもらおう」


「最早そのような挨拶は無用だ。戦えない者はとうに脱落している。ここにいるのは、まだ戦える者だけだ」


「そういう事。そんじゃ、藤井ふじい、頼むわ」


「了解。それじゃあ……こっち」


 そういうと、藤井ふじいはさっさと走り始めてしまった。

 当然、全員がそれに続く。


「さあ、行きましょう。これが終わったら……ゆめの全てをあげる」


「貰ったら分かっているよね、敬一けいいちくん」


「2重の意味で死ぬから十分に分かっているよ」


 こうして俺たちは走り出した。

 適度な緊張感を持ちながらも、十分にリラックスして。

 奴の事だ、まだ終わってなどいないだろう。

 あと幾つ切り札があるかは分からない。だけど俺たちは負けない。

 さあ行こう。決着へ向けて。





 〇     ★     〇





 そして11日が経過した。


「さすがに疲れたー」


「いつまで逃げるのよ、アレは」


壬生アンタは参加したことあるでしょう」


「適当に雑魚や眷族を倒すだけの戦いにはね。でも場当たり的な物よ。目標を定めて追いかけるなんて無かったもの」


 さすがの壬生みぶもいつもの笑顔が無い。

 というよりも、戦闘力、スキル共に一級品だが、案外持久力が無いな。意外な弱点だ。

 いや、ここまで普通に追いかけている方が異常なのか。


 実際に、もう東雲しののめもスキルを使う事を諦めて素直に走っている。

 藤井ふじいもこちらが質問した時か、全知が変動した時にしかスキルを使わなくなった。

 他のメンバーも、それぞれもう自力だな。

 身体強化系はまだ余裕があるが、それでも基本的にはスキルは使っていない。

 単にスキルのおかげで、素の持久力や瞬発力が人並み以上に鍛えられた結果だ。


 自力では生きた年月が少ない海野うんのがきつそうだが、悪いが付いてきてもらうしかない。

 当然ながら、こんな化け物連中に奈々ななと先輩は付いてこれないので、それぞれ俺と龍平りゅうへいの背中にいる。

 最初の内は心配だったのか何度も声をかけて来たが、このところ大人しい。

 さすがに背負われているだけでも、相当に体力を消費している様だ。

 こっちはもりもり回復しているけどね。


「……はあ、また消えた」


 走っていた藤井ふじいの動きが段々とゆっくりになり、遂には止まってしまった。

 珍しく、両膝に手を当てて肩で息をしている。

 他も緊張の糸が切れたのか、それぞれ楽な姿勢で休憩中だ。

 ただこればっかりは仕方ない。

 とはいえ、使えて精々残り2回か3回、多くて5回と予想していただけに、この逃げっぷりは意外だった。


 最初の内は遠くて大変だったが、8日目には感じ取れる距離にまで近づいた。

 そこで始まった距離外しという名のワープ祭り。

 いくら全知で構築して追いかけても、すぐに逃げられる。

 だけどある意味、その結果も構築されている。今回は出会えない。

 それが分かっているから、むしろ心理的なダメージは少ないと言える。

 だがそれをさせるためとはいえ、こちらは本気で追いかけているんだ。

 ついでに言えば、もしかしたらという希望が無い訳でもない。

 だけど結果は今回もやはり全知通り。厳しいな。

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