第670話 最初からこのために動いていたわけだ

「それで、あの大変動をどう思う?」


 全員に問いかけてみるが、当然ながら分かりはしない。

 ただなんとなくの仮説なら立てられる。それもまた、多くのメンバーが感じていた事だ。


「今まで何度か連中と戦ったけど、オレの経験だとこんな変な戦いは初めてだったよ」


「確かに、眷族も同類も異常に少なかったわね」


「まあ同類に関してはものすごい数でラーセットを攻めていたし、こちらまで手が回らなかった可能性はありそうではあるがねえ」


「アレはそういったタイプではありませんなあ。自分を手薄にしての全力投入なんて有り得ません。常に大軍がおりますわ」


「だけどいなかったよね? 私はどっちのアレも知っているけど、ちょっと変だよね。クロノスはどう思うの?」


 残念ながら、ジオーオ・ソバデの感じはまるでない。

 もう距離を外して逃げたか……。


「まあここでは成瀬敬一なるせけいいちだって。それはともかく、大変動の仕組みは以前説明したな」


「んー、大変動のエネルギーがこの世界を巡る魂で、それが飽和すると大変動が起きるんだよね」


「その辺りは教官たちから教わったけど」


「言いたい事は分かるけどよ、星全体の話だろ。こんなピンポイントな地域で何をしても急速に変わったりするものかね」


 ピンポイントか……。


 確かに大変動が発生する頻度は不安定だ。

 だが長い目で見れば、大体同じになるはずなんだよね。何処も人々や動物、怪物モンスターの営みは変わらないだろうからな。

 そうやって何処かで生き物が死ぬたびに、コップに水が溜まるようにじわじわと大変動の時が近づいて来る。

 そしてそれが起きると、セーフゾーンにいる生き物以外は全て死に堪え、大変動が終わると異物以外は全て復活する。

 セーフゾーンの主なんかも、倒されるとここで復活だ。

 ただセーフゾーンに誰かがいると、たまたま空いているセーフゾーンが無ければ放浪のセーフゾーンの身となる。後は他のセーフゾーンの主との取り合いだな。

 という事で、次の大変動まで黒竜は大変動のエネルギーとして世界を廻っている最中だ。多分もう会う事は無いだろう。


 話がずれたが、大変動の発生は実際には不安定だ。安定などしていない。平均を考えればおかしな話だ。

 おそらくだが、災害や戦争、疫病など何らかの形で大量死が起きると、急速に大変動のエネルギーが溜まる。

 もちろん惑星規模で作り替えるわけだから、一部の地域で大量死が起きても全体からすれば極僅かでしかない。

 しかしこれは世界を平均的に割り振る仕組みのようなものだと聞いた。

 となれば、何処かで大きな歪み――生命の空白地帯だな。そんなものが発生すれば、世界はそれを矯正する。

 あくまで聞いた話からの予想でしかないが……。


「事実として、奴はそれを引き起こした」


「だからどうやって? 俺たち全員で何かしたって、大変動を人為的に起こす方法なんてねえぞ」


「そうだな、俺達では無理だ。だが奴はやった。最後の手段としてな」


「最後とは?」


「それに肝心の、どうやっての部分は?」


「戦いの最初から、眷属があまりに少なかっただろう?」


「北には随分と居たぞ」


「あれは俺達を倒すための1段階目だからな。それなりに集めただろうさ。だけど地上の奴はほぼ放置。それにその後だ」


「確かにラーセットでは少なかったですが、感染した同類はとんでもない量でしたわ。数年後にイェルクリオの首都ハスマタンが襲われる話は聞きましたが、話より遥かに多かったですなあ。それはまだ3年後の話と聞いておりましたので、えらく驚きましたわ」


「そう。それだけの数を感染させたんだよ。思えば自分たちの集団を3つに分けたって時点でもう用意していたわけだ」


「……眷属による感染体の急増か」


「そういう事だ」


 決めたのは何時ごろだろう。

 こちらの時間の奴と融合した時か?

 それとも神罰を受けた時か?

 少なくとも、北での戦いは間違いなく本気だった。


 だけど負けたら終わりか? 素直に降参して死ぬか?

 そんな博打をする性格じゃない。

 どんな時でも勝てる手段を用意しているはずだ。

 多分だが、ここまでは全部アイツが決めて来た事だ。


 自分たちを3つに分け、俺達を北へと移動させる。

 来なければ下がってやり直しだ。散々に俺達を振り回し、疲弊させて上で次の手段を取っただろう。

 だが実際に俺たちは北へと向かった。

 ここで、間違いなく自分の位置を特定する手段がある事を理解したに違いない。

 もし少数の召喚者を斥候として犠牲にすればそうしなかったかもしれないが、俺の性格上は無いな。それは先代の俺を取り込んだ奴なら理解しているだろう。

 神罰を知らなかった以上、多分記憶はないだろうけどな。

 というか、あったらむしろ神罰を自分に撃たせてさっさと逃げているか。


「つまりは、私たちが北に向かった時点でラーセットと南にいた眷属の殆どは離れたわけね」


「ああ、そうだろうな」


 地上、迷宮ダンジョン、眷属たちは場所を問わず移動しまくったに違いない。

 生物は感染体になった時点で死ぬ。

 俺たちが北に行くまでに10日。そこから一昼夜かけて追い回している間にも、眷属は周囲の生物を次々と同類へと変えていった。

 特にラーセット襲った量を考えれば、地上は相当なものだろう。

 一極集中の歪んだ大量死。それはやがて大変動の引き金になる。

 だが分かっていても止められたか?

 それは不可能だ。そこまで割ける戦力は無い。

 こうして増えまくった同類はラーセットを襲うが、俺たちはジオーオ・ソバデ本体へと向かった。

 そして自分を探し出す方法を逆に利用した。


「俺たちが出て、いきなり奴が移動しただろ。俺はあの時大慌てで逃げたと思っていた。だけど違った。あれはもう予定済みの行動だったわけだ」


「こちらの全知が利用されたってわけ? そんなスキルも知らないのに?」


「そういう奴なんだよ」


 だからこそ、今まで誰一人として倒すことは出来なかったんだ。

 そしておそらく、あの強力な眷属の所におびき寄せるため、最後の最後、ギリギリまであのセーフゾーンが最短な位置で身を潜めていた。必ずあそこから入るように。

 その間にも、眷属たちは周囲や迷宮ダンジョン怪物モンスターを片っ端から感染させる。

 維持するには相当なエネルギーが必要だ。よほどの食事をしなければ身がもたないだろう。

 だけど奴は飢えに苦しみながらもこれに賭けた。

 そして俺たちが強敵を倒した時には、既に大変動の引き金は引かれてしまっていたのだろうな。

 おそらく、到着が遅かったか、それとも早く倒し過ぎてしまったか、どちらにしても藤井ふじいの全知から僅かだけ外れてしまった。

 そして奴は逃げた。おそらく別の巣へと。


「でもさ、そうなると地下にいた眷属って、全滅していない?」


「セーフゾーンにいた奴以外は全滅だな。ジオーオ・ソバデは地上かセーフゾーンにいるとして、まあそこにいる奴は残っているだろう。後は地上にどれだけ残しているかだが、おそらく数だけは多い。けど一部地域の大量死という形で大変動を発生させた。そしてあのいくらでも流れてくる同類の数だ。眷族たちは相当に離れているだろうな。間違いなくもう戦力外になっている。だが感染は続く」


 実際にどれほどの動物が感染したのだろう。

 ここでは天敵がいるから地球ほどには広がらないと思っていたが、殺すだけなら同等の速度で広げられるわけか。

 少なくとも、近隣の地上動物は全滅だな。

 どの都市もそうだが、ロンダピアザも自給自足。外へ狩りに行くなんて、命がけというかただの馬鹿だ。同じ命を懸けるなら、都市にある食糧よりも迷宮に潜って宝さがしだろう。

 そういった意味では、人々の生活にはあまり影響がないのが救いか。

 それにこれで本当に奴の切り札は終わりか?

 これだけの事を起こしたんだ。もう奴と、それを守る眷属との戦いが残されているだけ……他には考えられないけどな。

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