第669話 ここで大変動かよ

 やっぱりおかしい。

 ジオーオ・ソバデと戦えない事は分かっていた。

 だがそれはスキルを使って移動すると読んでの事だ。

 だけど制限は必ずある。それがこちらを上回ったら全ての作戦を練り直しだが、こちらの想定通りか下回ってくれれば、決着の目はある。

 というか、必ず決着をつけたい。

 その為には、藤井ふじいの全知が絶対に必要だ。それは彼女が必要と言うだけではなく、その正確さまで含めてな。

 それが崩れる……全知を上回る何か……。

 あったとしたら、それは神か世界のなせる業だろうな。


 そんな事を考えながらも移動は続く。

 だがたまに100体ほどの群れに出会う程度で、戦闘と呼べるようなものは無い。

 新人ならまだしも、ここにいるメンバーなら一人でも一分と掛からなしな。

 それでもジオーオ・ソバデへと近づいているのを感じる。

 だが崩れかけているとはいえ、構築された未来は奴と出会えないものだ。

 しかしここで距離を外せば……いや、俺一人で行って何になる。

 ここは全員で行くべきだ。


 そんな時、通信機が鳴り始める。

 迷宮産をフランソワが改良したもので、使える中では最高級だ。

 とは言っても残念ながら、ここまで遠く、更に迷宮ダンジョンの中ではノイズしか入らない。

 しかしそれでも試したという事は緊急の要件か?

 だが返事をしようにもザーザーというノイズだけだ。

 こちらの返信も、伝わっているとは思えない。

 ザ、ザー、ザ、ザー、ザー。ザー、ザ、ザー、ザ、ザー、ザ、ザー、ザー、ザ、ザ、ザ、ザー、ザ、ザー、ザー。ザー、ザ、ザー、ザ、ザー……。

 それでもずっと続いている。よほどの緊急案件か? 一度俺だけラーセットに戻るべきか?

 だがラーセットで話を聞くまでは良いが、ここに正確に戻って来るのはさすがに厳しい。

 ザー、ザー、ザー、ザ……。

 まだずっと鳴っている。

 というか、ほんの一瞬の間がないか?

 リズムとしては

 ザー、ザ、ザー、ザ、ザー、ザ、ザー、ザー、ザ、ザ、ザ、ザー、ザ、ザー、ザー。

 フランソワが意味の無い事をするか? 今この時期に。

 考えられる方法は……モールス信号?

 C……Y……V……W。

 CYVW? いや、言葉じゃない。俺の勘違い……の可能性は低いよな。

 なら日本のモールス?

 に、げ、て……!?


「全員、セーフゾーンへ移動だ」


「そうは言っても、オレたちこんな所の地形なんて知らねえぞ」


「なにかあるかいな?」


 フランソワはこちらの状況を知ることが出来ない。

 だが脱出を促してきた。理由は……何かあるはずだ。向こうで分かって俺たちには分からない、もしくは気が付かない事。そして戻れとかの類ではない。分かりやすさならキケンの方だが、あえてニゲテを選択した理由。それは時間の無さだと思われるが……まさかな。


「セーフゾーンの位置はハズレを使って探す。大変動までの時間は?」


「出かけた時には余裕があるんじゃないっけ?」


「まあ急激に変化する事もあるけど――」


 そう言いながらビキニパンツから懐中時計のようなものを取り出した風見かざみの顔色が青ざめる。


「大変動が近い! もういつ起きてもおかしくないわ!」


「冗談はやめて欲しいところ」


「あっ、あー」


「ここでそれは無いっしょ。やれやれだねえ」


 ここから引き返して最短のセーフゾーン……そのまま移動してもだめだ。5時間は余裕でかかる。直線に近いからショートカットも意味がない。

 もっと近い場所……ダメだ。幾ら見つけても、単純な距離とかが分からない。ただどう進めば最短かを消去法で導いただけで、詳しい事まで計算されるわけじゃない。

 他に何かないか? 確かにハズレスキルだが、便利でもあるんだ。

 というか、こういう時にこそ使えなきゃ本当にただのハズレだぞ。

 焦る俺のスキルに、何かが反応する。

 いや、何かじゃない。もう明確に分かる。先輩の広域探知スキルとは違う。どちらかと言えばスキルの要素は低い。ただ俺には、あまりにもなじみのある感覚だったんだ。


「穴を開けてショートカットする。多分3回だ。その後すぐ戦闘に入る」


「お前に従うと決めた。好きにやるがいい」


「こっちも手が無いんだ。説明不要。さっさとやってくれ」


 下、横、下と穴を空けて迷宮ダンジョンをショートカット。

 目的地までは僅か5分。

 だが目の前にあるセーフゾーンに飛び込んだ瞬間、大変動が始まった。

 大地が粘土のように揺らぎ、張り付き、練られ、もう全てがぐちゃぐちゃだ。

 こうして新しい迷宮ダンジョンが作られ、全てがリセットされるわけだ。





 ※     △     ※





「またお前か」


 ここは青い水晶で作られたかのような美しい壁。

 遥かに高い天井まで伸びる何本もの透明な水晶の柱。

 黄金を敷き詰めたように輝く床。

 形は円形。そして、とても広いセーフゾーンだった。

 その中央に、そいつはいた。


「すまないな。緊急時なんで、避難させてもらった」


「何が避難だ、異物風情が。我も舐められたものだな」


 そいつはもう何度も出会い、初めて出会った時は貴重な食料になって貰い、その後も何度も話してこの世界の在り方を教わった。そして最後は必ず戦ったのだ。


「久しぶりだな、黒竜」


「一度外からこちらを見ていた異物だな。一匹程度と思い放置したが、まさか戻って来るとは意外であったわ。もっとも数は増やしたようだがな」


 寝そべりながら、顔だけ向けてそう言い放つ。当たり前だが不機嫌だな。

 そこにいたのは、いつもの黒竜だった。

 かつては勇者サンが……というか多分実際にやったのは緑川みどりかわだろうが、この時代の黒竜は倒されていない。

 だから相変わらずあそこにいると思っていたのだが――、


「というかさ、前のセーフゾーンを追い出されたんだ。意外だったな。もしかしたら男女のペアにやられたのか?」


「兵士どもと二人の召喚者か。あんなものは直ぐに追い返したわ」


 そう言いながら、ゆっくりと立ち上がる。

 もうやる気だな、こいつ。


「まあそうだと思ったが、なら何でこんな所に移動しているんだ?」


「逃げた連中を追いかけて行ったが逃げ足が速くてな。逃げ遅れた異物どもを潰している内に大変動が来た」


 あー、そういやさっきなんとか倒した奴と違って、こいつはセーフゾーンから平気で出てくるんだよな。


「しかし間抜けな死因だな」


「我らに死という概念は無いわ。この星が続く限り存在し、この星が消える時にともに消えるのだ」


「気の長い話だねえ」


「貴様の寿命は今尽きる。短い命であったな」


 そういうと、真っ赤に燃え盛る炎を息ブレスを吐く。

 まあ外すけどね。


「知り合いみたいだけど、やっちゃっていいの?」


「そりゃ向こうは絶対異物を殺すマンだからな、竜だけど」


「分かっているのなら覚悟は出来ていよう」


 言うな否や、雷光が走る。

 正しくはみや。稲妻を描くように一瞬で黒竜の元まで行くと、すれ違いざまに太い首を一太刀で斬り落とした。

 いやいや、マンガじゃないんだから――と思ったら、2メートルを超す斬馬刀の様な刀を持ってら。

 まあここまで貯めたアイテムは大量にあるだろうからな。色々持ってきているのだろう。

 というか、友好的な態度ではないが会話が通じる相手に全員が少し躊躇ちゅうちょを見せる中、こいつだけは何の迷いも無かったな。

 単なる性格ではあるが、周りが黒竜相手に躊躇したのは、侮ったからというのも大きい。

 意図はしていないだろうが、そいつは黒竜に対する侮辱だ。ここはみやの行動が正しい――が、実はもう少し聞きたい事があったのだがそれは仕方がないな。

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