第668話 全知を越える力

 さすがに事細かく説明するわけにはいかないが、無事スキルの悪影響は解消された。

 当然奈々なながメイン。

 正妻だからね。

 大事な事なので得もう一度言うぞ。

 正妻だからね。


 いや色々と収拾がつかなくて困ったのだけど、こういう時に奈々ななは強い。

 力とかスキルではなく、心の芯がだな。

 もちろんここまで生きて来た――と言っても多くは蘇生した訳だが、彼女らの心の強さは奈々ななを子ども扱いできるほどだ。

 しかし芯の強さというと、張り合えるのは大和だいわ壬生みぶくらいだろう。

 一応黒瀬川くろせがわもそうだと読んでいるが、彼女の場合は常に一歩引いた位置から物事を見ているからな。こういう時は素直に退いてくれた。


 まあ今はそんな事はどうでも良いじゃないか。

 ここでやる事は他の件だ。


「それで、敵は来なかったのか?」


「ああ。気持ち悪い位にな」


「近隣のルートはどれも確認しましたが、敵のいる気配はありません」


 みや中野なかのの方に敵は無し。

 これは緑川みどりかわや、途中で交代して周辺の見回りをしていた大和だいわ壬生みぶ、それに別方向を確認していた風見かざみ児玉こだまもそうだ。


「奇妙だな……」


 アイツに絶対の自信があったのか?

 例えそうでも、性格的にあり得ない。必ず見張りは立てておく。


藤井ふじい、全知に変わりはあるか?」


「無いと言えば無いんだけど……」


 構築するまでが大変だが、一度構築した未来は絶対。そんな全知を持つ藤井ふじいが言い淀む。


「何か気になる事でもあるのか?」


「段々とね、構築したはずの未来が崩れていくの。こんな事、今までは一度も無かったのに」


 未来はある意味決まっている。

 どんな奇抜な行動を取ろうとも、未来とはそれをする事を前提に出来ている。

 全知とは、その結果を先に知るスキルだ。色々な行動を試し、そうして起こる結果から更に様々な選択肢を選び、最終的に自分にとって都合の良い未来を決定する。

 と言っても完璧な道筋など、どうやっても存在しない事もある。

 北の戦いで、彼女はジオーオ・ソバデと戦う未来を構築できなかった。

 根本的に不可能な事はダメなわけだ。

 だがその変わり、俺の考えすら前提に緑川みどりかわと戦う未来を選択した。

 あの時点で、全知とはその名の通りのスキルなのだなと感心したものだ。

 だがそれが崩れかけている?

 何か全知を超える大きな力があるというのか?





 〇     ※     〇





 その頃、地上でブラッディ・オブ・ザ・ダークネスは、未だ戦火の中にあった。

 何日も何日も、いつまでもいつまでも、休みなく倒し続ける。

 普通の人間では体力が持たないし、仮に無限の体力があったとしても心が持たないだろう。

 だが彼も、彼と共にいる双子も気にしない。

 ダークネスは戦いを楽しみ、双子はそれこそが使命だと言わんばかりに黙々と殲滅する――が、


「ブラッディ・オブ・ザ・ダークネス様、地下の分身から思考が入りました」


「ほう、何か変わった事でもあったか」


「複数の箇所で、相当数の感染体と遭遇したそうでございます」


「それだけではなく、今回は参加する予定の無かったペアの所にも現れたそうです」


「ほう……それは妙であるな。強力な眷属か?」


「いえ、それが感染したばかりの、いわゆる“同類”や“感染体”と呼ばれているものばかりだそうです」


「……ふむ」


 ダークネスの知るジオーオ・ソバデは、敬一けいいちが知るモノと大差ない。

 まあ同じ相手なのだから当たり前ではあるが、力の差からこちらの世界の方がより大胆な活動をしていた。

 みやがクロノスを継いでから召喚者に大量の犠牲が出たのは彼の方針でもあるが、実際にジオーオ・ソバデの同類や眷族と戦って命を落とした者も少なくない。

 だがある意味それだけだ。少し活動が大胆になっただけで、基本的には大量の眷族らに守られ、外敵を排し、極力目立たぬように行動する。

 だがそこにいるだけで周囲を感染させ、全てが一つの生物とも言えるジオーオ・ソバデは、肥大した自分を維持し、また同時に間引くために地上の国を襲うのだ。


 それが地下の、それも参加する範囲外で発見されたというのは妙な話だ。

 あれはもう異物だ。セーフゾーンにもずかずかと入ってくる。

 もちろんそんな事で倒されるヌシはいないし、わざわざ外に出て本体を倒しに行く事は無い。

 だがはぐれヌシや、双子のあるじの様な特殊な例もある。

 発見されれば、すぐさま殲滅される。

 それだけではない。感染させる力を持つのはジオーオ・ソバデ本体か、それなりに力の付いた眷属だ。

 だが感染した雑魚を殲滅して行けば、必ず眷族にも辿り着く。

 奴にそこまでの余裕があるだろうか?

 眷族の数だけならあるのかもしれない。実数など誰にも把握できていないのだから。


 だが他の強敵との遭遇は致命的な問題になりかねない。

 明確に敵視されれば、今まで放置していたヌシたちが本格的に動き出す可能性がある。

 伝説にも残る世界を滅ぼす1体にも数えられるほどの存在ではあるが、迷宮ダンジョン全体からすれば所詮は1体の異物なのだ。

 しかしこの状況は……。


樋室ひむろには悪いが、少しスキルを使わせてもらおう」


 ハズレを使い、ジオーオ・ソバデと眷族を探す。

 だが周囲にはもちろん、遠くにも感じない。

 ダークネスは村からラーセットへと向かった。だからここはラーセットサイドの敵集団だ。

 ここにジオーオ・ソバデがいない事は敬一けいいち達は知っていたし、ダークネスも薄々は理解していた。

 だからこそ探索に眷属の含めたが、あまりにも少ない。

 遠くに点々と数体いる程度。これでは周辺の雑魚を一掃するのも時間の問題だろう。

 もっとも、もう周辺に感染させる生き物などいないだろうが。


「なるほど――考えられない事ではないが」


「何か心当たりがございますか?」


「クク……有り得ない事をやる。さすがは我が仇敵だと言っておこう」





 ◆     〇     ◆





 その頃、探究者の村では|樋室《ひむろがダウンしていた。

 ダークネスには既にスキルを使う力は残されてなどいない。それ故に制御アイテムが無くても平気なのだ。

 だが使う事は出来る。スキル自体はダークネスの精神に残されているからだ。

 その反動を肩代わりするのが、あの殻の中にダークネスを封じ込めている樋室ひむろという訳だ。

 本来なら動く事は可能だが、そんな訳で自室にこもっている訳である。


「使うなとは言えないけど、きついわね」


 天井を見上げながらぼそりと呟くが、当時、絶対に誰かがやるべき事だと確信した。

 そしてそれが出来るのが自分しかいなかった。

 だから今の状況自体に後悔はない――が、


「やっぱり辛い」


 頭から布団を被って、ふて寝する事にした。

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