第667話 きつい戦いだった

 この攻撃は!?

 先は完全に意識外からの不意打ちだった。

 奴にとっても俺にとっても。

 だが今回ははっきりと分かる。海野うんのひしおだ!


 最初に吹き飛ばされ、白銀の甲冑は潰れ銅色の6本のハンマーピンクも全部折れたり潰れたりしていた。

 死んではいなかったが、かろうじて生きているだけ。残念だが時間の問題だと思っていたが、全身甲冑フルプレートメイルも武器も元に戻っている。

 新しいのに取り換えたのか? だがその辺りはどうでも良い。

 面壁の奥にゆらりと漂う紋章の光は、最高潮の状態を示している。

 考えてみれば、彼女のスキルは”集団”。周りが強ければ強いほどに力が増す。

 俺たちがいるだけでなく、目の前には最強クラスの眷属だ。

 今の彼女は、かつてないほどに強い!


「よくもやってくれたねえ!」


 再びの一撃で大きくよろめくが、同時に再生が終わった鎌の一本が海野うんのを貫いた。


「ふんっ」


 だが腰に付けていた予備のハンマーピックを取り外すと、そのままカマを吹き飛ばした。

 鉄より硬いゼリーの体が、本当のゼリーの様な飛沫しぶきを上げながら切断される。

 そしてそのまま突進すると、奴の胴体をフルスイングで下からすくい上げた。

 轟音と共に、僅かだが叩かれた一部が浮く。そこに発動する壬生みぶのスキル。

 今までと同じように円を描いて避けようとするが、海野うんのが与えた衝撃を消し切れていない。

 完全な形では回避できず、体の一部が削れたように粉へと変わる。


 しかしまだまだ浅い。同時に再生が完了した2本の鎌がそれぞれを襲う――が、今や動きにキレがない。

 海野は持っていた一番大きなハンマーピックを切断されながらも耐え、壬生みぶに至っては――、


「ふふ、ようやく捕まえた」


 ギリギリで避け、鎌の途中を掴む。

 確かにあの距離なら!

 即発動された壬生みぶのスキルをかわそうとするが、肝心の壬生みぶが10メートル以内に張り付いているのだからもうどんな態勢でも範囲内だ。

 それでもギリギリの被害に抑えたのは大したものだと思う。

 自ら鎌を切り離して僅かに離れたが、それでも上半身から下半身の側面を半分ほど削れらた。


 ――これ以上の好機は無い。


 先ほどと同じように距離を外し、上半身と下半身の間にある傷口に入り込む。

 再び両方を繋ごうとする無数の針。

 だがこの一発は覚悟の上だ! と思いきや、双方から飛んできた針は、外から飛来した2枚の盾に阻まれた。

 正確には元は1枚。最初に大和だいわが斬られた盾。こんな事が出来るのは!


 見なくても、児玉こだまが親指を立てているのが分かる。

 ああ、分かっているさ。

 前哨戦としては、悪くない戦いだったぜ。お前の魂も大変動のエネルギーに帰り、やがて復活するんだろう。

 その時にこの事を覚えていたら、少しは感謝しろよ。


 繋がろうとした両側を完全にこの世界から外す。

 同時に支えを完全に失った上半身は地面に伏し、下半身も自らを支えられなくなったかのように日干し煉瓦の土煙を上げながら鈍い轟音と共に地面に付いた。

 暫くは上半身の鎌が力なく虚空を攻撃していたが、これで再生力も何もかも失ったのだろう。

 やがて動かなくなり、沈黙が訪れた。


「も、もう大丈夫?」


 奈々ななと先輩が入り口からこちらを見ているが――、


「大丈夫とは保証できない相手なんで、注意しながらこちらに」


「う、うん」


 そう、こいつに限らず、怪物モンスター連中を倒したと思ってはいけない。

 さすがに他のメンバーも、死体となったこいつに僅かの油断もしていないしね。

 だが最後は夢路ゆめじのスキルで火葬にされ、ようやく全員に倒したという実感がわいた。

 さすがに急ぎたい身だが、壬生みぶ藤井ふじいがへたり込んでしまった。

 というか、他も皆、多かれ少なかれ疲労が見える。

 さすがにアレとやりあったのだから当然か。


 というか海野うんのは!?

 と思ったら、死体の様にうつぶせになって地面に突っ伏していた。

 まあいきなり巨大な力の供給は断たれたわけだしな。


「もう疲れたわい……寝てもいいかねえ。お迎えがそこまで来ているよ」


「それには帰ってもらって、しばらく休んで下さい」


 北での戦いから死と再生。それに今の奴との戦い。

 時間が刻一刻と過ぎていく事に心はくが、ここまで無理をさせ過ぎた。これ以上無理をする事の方が愚かだ。


 見れば、海野うんのひしおの使っていた武器は全て元に戻っていて、鎧に穴も開いていない。

 邪魔な鎧を視界から外して透視した限り、服や下着に穴は開いているが肌には傷一つない。

 武具は再生機能付きの珍しいタイプだが、体の方は集団スキルの恩恵か薬、或いは黒瀬川くろせがわ。色々考えられるが、今本当にすべき事は無事を喜ぶことだ。

 早々にリタイアした苅沢和代かるさわかずよには申し訳なかったが、それだけの犠牲であれを倒せたのだから喜ぶべき事だろう。


「何とか一山超えたな」


「だねえ……ああ、でもダメだ。本当に少し寝かせてもらうとするよ」


「ああ、お疲れ様」


「それじゃ、こちらも何とかしておかないとね。このまま連戦させたら、こっちの主力が消えちゃうもの」


 どうなに気を張っていても、座っていた俺の上にいつの間にか壬生みぶまたがっている。


「ふふ、貴方も相当消耗している。こんな状態で戦えるなんて思っていないんでしょ? それに……ふうん、体は正直よね」


 そう言いながら、首に手を回しながら密着する。


「……敬一けいいちくん」


「誤解だ、奈々なな。これはまあ、以前にも話したスキルの副作用だよ」


「なら私たちで良いでしょ!」


「……」


 ”たち”という言葉に龍平りゅうへいのこめかみがピクピクと反応している。


「ここはあ、間を取ってゆめがするね。大丈夫、王子様に痛い思いなんてさせないから」


「まあ刺すのは後での話ですからなあ。ただ寝言で他の女の名前なんて呼んだら、その晩には消えておりますが」


「だからお前らはそんな危険人物を俺に近づけるな!」


「危険人物なんてひどい!」


 夢路ゆめじの大きく可憐な瞳から大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちる。

 ああ、普通の人だったらここでコロッと騙されて人生終わるんだろうなあ。


「どちらでも何人相手しようと構わん。だが時間も無いのであろう。効率的に済ませる事だ」


「まあ男がいても邪魔だよな。俺も覗くつもりはないんでヨロシク」


「どうでもいいです……不純なスキルだ」


「おおう、あお」


 そう言ってみや緑川みどりかわ中野なかの岩瀬いわせは見張りに行ったが、龍平りゅうへいは残った。

 すぐに女性陣に捲し立てられて逃げていったが。


 それはともかく、この状況どうするよ。

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