第664話 確かにこの時代には眷属になっているよな

 目の前にあるのはすり鉢状のセーフゾーン。

 ぐるぐると回る柵の無い螺旋を降りると、中央からは普通の螺旋階段が続いているようだ。

 あの先に敵がひしめいているわけだが、そこを突破しないといけない。

 その為にも――、


「ここで少し休憩しよう。一応食事も持って来た」


「それはまあウチらも食料は持っておりますが、良いんですかねえ?」


「全知は?」


「そう言う事は決まっていたよ」


「だそうだ。俺の性格なんかも全部含んでの結果だ。藤井ふじいが口を出さない限り、自分がすべき事をやっていれば良い」


「そりゃそうかもしれんが、敵は相当に集まってきているぞ」


「それなんだが、緑川みどりかわ夢路ゆめじは暫くここに待機だ」


 あからさまに嫌な顔をして夢路ゆめじが睨んでくるが、ここは譲れない。


「先ずはこの周囲の敵を一掃。休憩後は俺たちは進むが、さすがに前みたいに奥へ夢路ゆめじのスキルをぶっぱなすわけにもいかないだろ。だけど後方から余計な敵が来るのも面倒だ」


「なるほどねえ。つまりはそれをこいつと一掃しろと」


「3時間程で良いよ。その間だけ、地上からの敵を殲滅してもらいたい」


「追いかけるといっても、中にも敵はいるんだろう? まあやるけどさ」


「どうせ相手は逃げるからな。終わったら戻って迎えに行く。さすがに死んで戻るって手は今回は使えない。負担が大きすぎるからな。そんな訳で、二人とも死ぬなよ」


「次の予定が狂うからってか?」


「その通りだ」


「良いねえ。やっぱりクロノスと一緒に戦うのは楽しいぜ。それじゃあ任せな。夢路コレの護衛はしっかりやってやるさ。貴重なハーレム要因だしな」


「あら、分かっているのね。なら良いわよ。しっかり務めを果たしてあげる」


 いや全然分かってねーよ。





 ★     〇     ★





 暫く空気の壁に守られながら渦巻く炎を眺めながら休憩したが、1時間程で出発した。

 ほんのわずかな時間だが、コンマ数秒、或いはコンマ一ミリが生死を分ける事になるだろう。

 絶対に無駄じゃないさ。

 ただ気になるのは、螺旋階段を敵が登って来なかった事だ。

 これは最初から違和感があった。

 前回は待ち構えていたところを夢路ゆめじのスキルで一掃された。

 だから今回は必ず迷宮ダンジョンから出てくると思ったんだよ。

 そして後ろから来る敵を二人に迎撃してもらうのは予定通りだったが、実は素直に休憩できるとは思っていなかった。

 出来たら儲け。出来なかったら別の手段を考えていたが、無駄になったのは良い事だ。


 螺旋階段はかなり古い木製という感じで、所々が朽ちていて歩くたびにぎしぎしと不気味な音がパイプ状の空洞に響く。

 例えセーフゾーンとはいえ、この朽ち方は本物だ。

 本当に踏み抜いて真っ逆さまという事も有り得る。

 俺たちはともかく、連中が登って来なかったのはそれが理由かもしれないな。


 一番下まで降りると、そこは北と同じ砂岩のタイプ。

 まあまだ大変動は起きていないし、形状は何処でも一緒。

 たとえこの星の反対側であっても、同じ迷宮ダンジョンなわけだ。


 それよりもある意味構造上当然なのだが、螺旋階段は通常の迷宮ダンジョンに切り替わった時点で途切れていた。

 そこから床までの高さはおよそ10メートル。

 当然全員飛び降りたが、物凄く使いにくいな、ここは。

 安定していても、よほどの余裕が無ければ放置したかもしれない。


 ここからどう行くかは藤井ふじいに聞けば早いかもしれないが、全知が崩れる可能性を自分からやるわけにもいかないし。

 そんな訳で、ここは素直に自力でやる。

 やはり近くに感じる。方向も分かる。

 それなりの準備は整えているのだろうが、踏み潰して行けば良いだけだ。


「来たよ」


「そりゃそうだよな」


 上で夢路ゆめじが暴れている以上、今が全力を投入するべきタイミングだ。

 ここには出入り口と言えるような通路が6か所ある。

 その全てから、まあゾロゾロゾロゾロ雲霞うんかの如く湧いて出る。

 しかし今更、こんなもので足止めできるとは思っていないだろう。


 10キロ圏内にいる全ての敵の命を外す。

 まあ命なんて言っても、実際には無い。こいつらはもう死んでいるのだから。

 それだけに、糸が切れた様にあっさりと動かなくなる。

 後の事を考えれば連発はしたくないが、今は急ぐとしよう。

 ただ相変わらず数体とはいえ眷属はいるな。

 それも意外と強い力を感じる。やはり迷宮ダンジョンに配置されている戦力の方が上だな。

 さて、やらなきゃ進めないんだ。さっさと殲滅してしまおう。





 〇     ◇     〇





 奴のいる方向は――というよりも、入るべき通路は分かる。

 ハズレではあるが、使い方によってはいろいろと便利だ。

 今回も、ここだと思った所を全部外せば残った所が当たり。迷う事もない。

 毎度の事だ。


 ただ先程の一掃で数が相当に減ったのか、敵がまるで出てこない。

 音もなければ気配もない。さっきスキルを使った時も、倒した気配を感じたのはほんの数キロメートルだ。

 殆どを地上に割り振った?

 ジオーオ・ソバデと一緒に逃げている?

 どちらもピンとこない。何か裏がありそうだ。


「あれ、追いついちまったぞ」


「えへへー、やっぱりこういう運命なのね」


 先ほどの眷属との戦いや方向の確認があったとはいえ、もう緑川みどりかわ夢路ゆめじが追いついて来た。

 思ったより時間を食っていたか。


 夢路ゆめじの様子を見て奈々ななが説明を求めるような眼でこちらを見ているが、大丈夫です、やましい事はありません。

 俺だって命は惜しいからね。


 そんな事を考えていると、だだっ広い場所に出た。

 まるでスタジアムを思わせるような広さ。そして日干し煉瓦を敷き詰めたような不安定な足場。壁も天井も全て同じ構造で、まるで巨大な窯の中の様だ。

 もっとも、耐火煉瓦じゃないからそんなことは出来ないが。

 だがそんな気楽な考えは、奥からゆっくりと来るものを見た瞬間に緊張へと変わる。


 全身は青白い半透明のゼリー体。奴の眷族なのだから当然だろう。

 そして体長はおよそ20メートル。芋虫のような体から生える80対の足。

 体の上部は4本のカマキリの鎌を持つナマコの様であり、先端には歯の無い口が付いている。

 忘れもしない。かつてクロノス時代の最終決戦で利用させてもらった、この近辺最強のセーフゾーンの主だ。

 だが場所が違う。よくもまあ、これほどの巨体をここまで動かしたものだ。

 しかも通路の大きさを考えたら、こいつここから出られないぞ。


「物凄い強敵の気配がするよ。始めて良い?」


 藤井ふじいはやる気満々だが――、


「あの図体なんだし、牽制しながら他の通路に入ったらどうかねえ」


 海野うんのはここで時間を取る必要は無いという考えだ。


 どちらの考えも理解できるが、個人的には海野うんのに賛成だ。戦わないで済むのなら、わざわざ相手をする必要が無い。

 もっとも、そんなことが出来る相手ならばだ。


「全員――」


 散開! と言おうとした時には、既にそいつは目の前に移動していた。

 そして足元ギリギリを、水平に振られた鎌が薙ぐ。

 当然全員がジャンプして避ける。だがそこには既に目に見えないほどの速度で残り3本の鎌が襲い掛かっていた。

 幸いだったのは、襲われたのがみや大和だいわ藤井ふじいだった事だ。

 みやは空中制御ができるし、大和だいわは剣で受け、藤井ふじいもまたビキニアーマーのブラで受ける――が、大和だいわの剣は粉々に砕け、鎧もまたあっさりと砕け散った。

 下にブラも何もつけていなかったので、薄いながらもツンと上を向いて主張したものが露になる。


「ふうん、早いのね」


 もう隠す気もないとばかりに壬生みぶがスキルを使う――が、


「へえ……」


 改めて見て分かったが、彼女のスキルは小範囲の球体だ。

 まあ小範囲といっても10メートルほどはあるが。

 ただそれを、あの巨体を不自然に伸ばし、捻り、その空間が分かるほど分かりやすく円形に体を変化させて躱したのだ。

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