第663話 ここからはダンジョンだ

 敵は群がって来るが、後ろから来る奴は追いつけない。

 連中はそんなに足は速くないからな。特に野外では。

 行動が単純な分、障害物や起伏に弱い。

 木や岩があると一度ぶつかって止まるし、こちらが崖とかを飛び越えるとレミングスのようにボロボロ落ちて行く。

 こういう時、この雄大な大自然に感謝したくなるね。


 最初に奴がいた所はとっくに通り過ぎた。

 というか向こうが即時に動いた分、あそことここでは相当な距離がある。

 間違いなく、強力な眷族に守られていたはずだが無駄になったな。

 移動はしているだろうが、距離を外すのと徒歩ではウサギと亀どころではない。どう考えても俺たちの方が早い。もう戦力外だ。

 それでも急いで離れたという事は……往復して戻ることも一応は考えておこう。


 最初から俺たちの動きに合わせて眷族がいなかった可能性は無い。

 何と言っても、こうしている間にも双子たちが迷宮ダンジョンを移動している。

 当然、ラーセットに向けて。

 とは言っても地図があるわけでもないし、セーフゾーンの主と言っても構造を理解しているわけではない。

 あっちにフラフラ、こっちでウロウロ、到着までは相当に時間がかかるな。

 それでも、移動中であることは同類を通して察知しているはずだ。

 クロノス時代はしっかり準備を整えていたとはいえ、何度も奇襲されては倒されている。

 その記憶がある以上、単体でいるなんて事は性格上絶対にない。

 最初のポイントを見つけただけで、藤井ふじいの十分なファインプレーだな。


 それでも前方から来る相手は防ぎようがない。

 しかも遅いとはいえ、手間取れば追いつかれるし、眷族も合流してしまうだろう。

 ただその心配はあまり無い。

 何せ最前線では大和だいわ藤井ふじいが嬉々として暴れている。

 やはり倒している数は圧倒的に大和だいわが上だ。

 足を止めず、進んでいく端からバラバラになった水色のゼリーが宙を舞う。


 因みに彼女の服装は北に行った時と違い、色は同じブルーのアーマーなのだが腹の部分も鎧で覆われている。

 ビキニアーマーからワンピースアーマーになった感じだ。

 マントも付けており、武器もあまり飾りの無かった両手剣から、青と金に宝石まで付いているゲーム出て来る伝説の剣の様な剣に変わっている。

 こちらが本気の装備って事なのだろう。


 その一方で藤井ふじいの戦いは別の意味で感心する。

 狙うのは明らかに強い眷族。それでもスキルを使えば十分倒せる相手だろう。

 だがそれを、槍一本の一突きで倒している。

 確かに生物としての構造はしていないが、破壊した場所によっては死ぬ。

 俺の場合はそれっぽい場所を5割ほど吹き飛ばして倒しているが、実際にはもっとピンポイントに弱点があるのだろう。

 全知で見つけているのかと思ったが、スキルを使っている様子はない。野生の勘という奴か。


 そういえば大和だいわと入れ替わりのように、今度は藤井ふじいの方がビキニアーマーになっている。白銀に輝くなかなか立派な奴だ。

 それに同じ素材の手甲も付けているな。

 クロノス時代に見た事があるが、確か相当に硬い分、それだけ重い奴だ。

 まあ元々全知スキルのおかげで鎧は使わない。使うとしたら、どうしても避けられない時だけだしな。あのくらいの面積があれば十分なのだろう。

 ただ槍は相変わらずあまり良い物を使っていない。こだわりだろうか?


 とにかくこの二人が先陣を切ってくれているおかげで、後ろから追いつかれる事も無く、尚且つ全員がスキルを温存出来ている。実に助かる。

 ただ時折藤井ふじいが褒めて褒めてという目でこちらを見てくる。

 一応は手を振って謝意を伝えているが、もうわんことしか思えない。

 何故か後ろで風見かざみが溜息をついたが、理由が分からないから気にしない事にしよう。


 ただ問題がやはり距離だ。

 北のマージサウルまでの250キロメートルの道のりは休みながら10日の道のりだった。

 今回は序盤で少し角度が変わった分だけ余計な移動が無かったとはいえ、移動する距離は結局80キロメートル。

 それをノンストップで行かなければいけない。しかも全員が蘇生の疲労が抜けきっていない状態でだ。

 かなりきつい事を要求してしまっているな。


「でも向こうには予定以上のダメージを入れられたわ。今ここで無理しないでどこで無理するのよ」


 確かに風見かざみが正しい。そして、俺もまたそれを前提で動いている。

 それを文句の一つも言わずについて来てくれているのは、やはりクロノスへの信頼か。

 正しくは俺ではなく先代の俺ダークネスさんなわけだが、片っ端から女性に手を出しまくっていたという割にしっかり人望はあったんだな。


敬一けいいちくん、大丈夫?」


 ラーセットを出てからそろそろ日が暮れる。

 その間ずっと走りっぱなしだし、ちゃんと俺や他のメンバーも戦っている。

 けれど休めない。そんな事をしたら囲まれて終わりだ。

 それにジオーオ・ソバデにも時間を与えてしまう。

 いきなりの距離外しには驚いたが、連発できるのなら今頃はあちこちに移動して俺たちを振り回している。

 といいつつ、実は背中に感じる奈々ななの弾力のおかげで俺は平気どころかもりもり回復中だ。

 休めるものなら、とっくにあの丸いベッドを用意しているね――と思ったが後ろから殺気を感じたので不謹慎な考えはここまでにしておこう。


 既に移動した距離は50キロメートルを超える。

 北に比べてはるかに速いのは休んでいない事もあるが、もともと地形は南の方が緩い。

 雪も少なくなってきているしね。

 戦闘も戦っているというよりは移動ついでの殲滅戦。足止めにもなっていない。

 この様子なら、夜明け前に目的地に付くな。





 ◇     ◆     ◇





 夜でも勢いは落ちない。

 というか、後ろが迫っているだけに落とせない。

 そんな訳で進んでいくと、森の中に一部をくりぬいたようなすり鉢状の穴を発見した。

 直径は20メートルほど。アリ地獄の巣の様な平坦ではなく、ぐるぐると円を描くような螺旋の坂になっている。

 当然それだけでは迷宮ダンジョンまでは到達できないが、途中からは同じ筒状の螺旋階段になっている様だ。

 何処からどう見ても人工物だな。という事は……。


「ここはセーフゾーンか」


「その様ですなあ」


「その様子だと、知らなかったのか」


「さすがに外の全域を確認した訳じゃないしね」


「私たちの本分はやはり迷宮ダンジョンよ。外は敵が攻めてこない限り、あまり気にしないわ。精々たまに見回りを出すくらいね」


「ここは途中で途切れるタイプだ。今は繋がっている様だが、ここに都市を建設するのは無駄が大きすぎるだろう。ラーセットの文献にもあったな」


 まあこういう事は現地人が長い歴史の中で色々確認しているだろうしな。資料もあるか。

 さすがにみやはこういう点も抜かりはないな。

 地下にあるセーフゾーンは基本的に安泰だ。何度大変動が来ても、そのままの形状を維持している。

 地下街のように人が手を加えてもその点は同じ。一切変化は起きない。

 一方で外と繋がるセーフゾーンには2種類あって、都市が作られている場所は地下と同じように安定している。

 迷宮ダンジョンから得る資材がこの世界の産業であり生命線。だからこそ、そこに途方もない労力をかけてロンダピアザの様な都市を建設し、人が生活する国が出来るわけだ。

 一方で探究者の村の外にあるように不安定な場所は、迷宮ダンジョンに繋がらない事がある。

 ここもその一つって事だな。

 こういう場所は、基本的に放置される。

 折角都市を作っても、大変動次第で迷宮に行けないのでは完全に無駄な期間を過ごす事になる。

 それに自前のセーフゾーンがあるのに、命懸けでここまで来てダメでしたじゃ本当に話にならない。

 だからこういった場所は放置されている。


「知っていたなら移動中に教えてくれても良かったんじゃないか?」


「どうなっているかは来るまで分からない情報だ。言うだけ無駄だろう」


 そりゃそうなんだけどね。

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