第665話 やはり強いか

 かつて双子に、人間ではどれほどの軍勢をもってしても決して勝てないと忠告された。

 理由は力と知性。特に知性は、人間など遠く及ばないと聞かされていた。

 別に馬鹿にされたとは思っていない。そう言うのなら実際にそうなのだろう。

 人知を超えた存在がいる事なんて、地球が滅ぼされた時にとっくに体験済みだ。

 だが今の奴は、命令で動くだけのロボットみたいなものだ。知性なんてない。

 それでも戦い方は生前の生態と等しい。北で夢路ゆめじを殺したゼリーウサギなんかもそうだな。

 あんな姿形になっても、生前の能力と戦う本能はもっている。

 知性が無いと言っても、戦闘に関してはそのままだと言って良いわけだ。

 とんだ隠し玉だよ。


 先程の攻撃で壬生みぶを危険と判断したのだろう。2本の鎌が襲い掛かる。

 だが――いや!

 距離を外し、全力で壬生みぶにタックルをかます。

 かなり驚いた表情をしているが、それはどちらなのか。

 速く鋭いとはいえ、壬生みぶは奴の鎌を正確に、かつギリギリの動きで避けていた。

 だが振り下ろされた鎌が横に来た瞬間、急激に45度角度を変え、先端だけを横に薙いだのだ。

 しかも地響きを立てて芋虫のような体が迫る。それも横に付いていた足が、今は横に直立して鋭い槍となっている。

 すぐに壬生みぶがスキルを使うが、床の一部が粉となり、奴自身は先程と同じ様に円形に体を曲げてかわす。

 俺たちはその下を潜る形になったが、奴の攻撃はぐるりと一周した。


 最初に当たる位置にいたのは緑川みどりかわだった。

 すぐさま空気の壁を作るが――、


「何!?」


 その壁はあっさりと貫かれ、左肩を足の一本が貫いた。

 だが僅かの抵抗もあったのだろう。弾き飛ばされ、幸いな事に槍は抜けた。

 進路上にいたみや東雲しののめは空中に逃れたが、そこにも鎌の一本が襲い掛かる。

 今度の狙いは東雲しののめだったが、幸いみやが空中で軌道を変え、俺と同じように東雲しののめを救出した。

 だが海野うんのひしおは巻き込まれ、まるでバットで撃たれた白球のように壁まで一直線に吹き飛ばされた。

 前回北に行った時と同じ全身フルプレートにハンマーピンクだが、鎧はひしゃげ武器は全てが潰れたり折れたりしている。

 彼女はぐったりとして動かない。だが光に包まれてはいない。幸いまだ生きている。


 もう一人、進路上には龍平りゅへいがいた。

 アイツは奴の動きを見切り、一瞬で飛び乗った――かに見えた。

 だがそれに合わせるように槍状になった足が上を向く。


「ちっ」


 それでもその槍が刺さる瞬間に横からフックで殴り、反動で自分を弾き飛ばしたのは良い判断だった。

 幸い、大したダメージは受けていない。


 アイツの下半身が1周するのに2秒と掛かっていない。巨体とは思えない速度だ。

 秒速は目測で160メートル。音速の約半分って所か。

 しかも一回転する間にも続いていた鎌の攻撃は、藤井ふじいの槍を断ち斬っている。

 大和だいわは何処からか取り出した巨大な盾で身を守ったが、触れると同時にまるで電気のこぎりのように鎌が動き、大量の火花を散らしながらその盾も真っ二つに切り裂いた。

 幸い、その時にはもう大和だいわはバックジャンプでかわしていた。さすがに見事な判断だが、攻め手が見つからない様だ。


 生きている時なら、元の本体ジオーオ・ソバデよりも強かったんだったよな。

 一度はこいつを利用してタイムリープさせたが、いざ自分が戦うとは思ってもいなかった。


「あれ、多分移動速度はもっと早いわよ」


 まだ俺に抱きしめられたままの壬生みぶが冷静に観察する。


 確かに。片側の足だけの移動であれだ。

 両足でまっすぐ走られたら俺のように距離を外さなければ逃げようがない。


「見た所、出入り口は5か所。どうする? 全員で分散すれば犠牲は最小限で済むけど」


「残念ながら却下。奴が守るのはジオーオ・ソバデへと繋がる道だけだ。俺が別の道に入ってから壁を外してそちらの道へ行く事も出来るが、どっちにしてもこの広さだ。逃げ込む前に何人が辿り着けるか」


 というか、向こうが先に動いたのだから仕方ないとはいえ、俺たちは入ってきた場所が一番近い。

 ここから他の道に分散しても、多分全滅だ。

 どうする、戻るか?

 そこからハズレスキルで穴を開けながらここを迂回する。それ自体は出来ない訳ではない。

 だが迷宮ダンジョンに穴をあけるのは、普通より負担が大きい。ましてやジオーオ・ソバデを追いかけるだけの迂回路を一発で作るなんてとても無理だ。

 途中で力尽きてしまう。

 十分な休憩を挟みながらでは、もう一生追いつけないだろう。


敬一けいいち君、私が――、」


 まだ通路に待機させていた奈々ななから声がかかる。

 言いたい事は分かっている。

 自分もあんなのとやり合うなら、ここは風見かざみにぶっ放してもらおうと思っていた。

 ただその決断が出来ない。

 奈々ななの神罰は最後の最後まで温存だ。ある程度の連射は出来るが、それで倒せるかの保証が何処にもない。

 ここは、全弾ジオーオ・ソバデに当てるべきだ。

 だが風見かざみは蘇生して間もない。負担を考えたら、それほど多くの神罰は撃てないだろう。

 それに、出来れば風見かざみの神罰も温存したい。

 ジオーオ・ソバデがまだ神罰使いは一人と考えているのであれば、風見かざみの不意打ちが決定打になる事もありうる。

 というか、最終的にはそれを期待している。

 それが分かっているから、風見かざみもあれを見て迂闊に撃たなかった。


 そんな事を考えている間にも、奴の攻撃は止む気配を見せない。

 緑川みどりかわの空気の壁さえ突き破り、変幻自在に方向を変える鎌が4本。それに――、


 再び芋虫のような下半身が一回転して襲い来る。

 みや東雲しののめは完全に空中に避難中だが、他はどうにもならない。


 ――だが、こいつならどうだ!


 起点となっている中心の地面を外す。

 ボコンと空いた穴は決して深くはないが、停止させるには十分だった。

 回転していた体を停止させ、踏ん張りながら抜けてくる。

 でもまあ止めたし――と思った俺の体は、鎌の攻撃で軽々と縦に真っ二つにされていた。

 というか、今回のこれはある意味覚悟の上だ。

 ダメになった体を外すと同時に距離も外す。

 普段ならこれでも対応しただろう。しかし体を止める。穴から出る。鎌で攻撃する。

 3つの行動が僅かの隙を生んだ。

 目的地は芋虫のような下半身と、鎌の生えているナマコの様な上半身の中間部分。

 その背中に着地と同時にスキルを使う。


 ――外れろ!


 触れた部分がはじけ飛ぶ。

 が、浅い!

 同時に背後からの攻撃で俺の方の上半身と下半身はサヨナラしたが、ついでに触れた瞬間に外した体と一緒に俺を切り裂いた鎌にも外れて貰った。

 これで残りの鎌は3本。体の中心部も半分弱は吹き飛び、もう回転は出来ないだろう。

 時間はかけたくないが、迂闊な無理をしても仕方がない。

 ここはたとえ長期戦になったとしても、確実に倒す。


 そんな考えをあざ笑うかのように、ナマコの口から真っ黒いガスが噴き出された。

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