第661話 行く場所は決まったな

 まだ外からは大量の敵が来ては壁に取り付いている。

 長期戦になれば現地兵はもたない。敵以前に環境に殺される。

 そんな訳で召喚者がメインになって迎撃しているが、確かに蹴眷がいなければ素直に上って来るだけの同類はただの雑魚だな。

 新人のスキルでも当たれば落ちる。

 数が多いしキリがないので交代制だが、逆にローテーションが崩れない限り何とかなるだろう。


 話によると地下は荒木幸次郎あらきこうじろう一人で守る事になったようだが、それだけ安定しているのは良い事だ。


 そんな訳で、俺はようやく休息をとって奈々ななの元にいた。

 残念ながら先輩とはローテーションが合わなかった。今は外で迎撃中だ。

 まあ夜休憩には合流するけどね。


「お帰りなさい、敬一けいいちくん」


「ただいま、奈々なな。ちゃんと戻って来ただろう?」


「うん、有言実行だね。怪我とかは……しないんだっけ。でもスキルの方は大丈夫?」


「今こうして癒してもらっているよ」


 そう言いながら、熱い口づけを交わす。

 みるみるここまでの悪影響が解消されていくのが分かる。

 北方面は予想よりずっと早く決着を付けられたとはいえ、やはりジオーオ・ソバデは強かった。

 あそこまでの態勢を整えながらも、結局最後は壬生みぶの隠し玉に救われた。

 アレが無ければ負けていたか、今頃はほぼ無傷のままこちらに来たジオーオ・ソバデをどうするかに頭を悩ませていたところだ。


「外の様子はなんとなく分かるけど、大丈夫なの? いざとなったら――」


「当然頼むさ。だけど今はいざという時じゃない。回復すべき時だ」


「あんっ」





 •     ●     ◆





 そして翌日、部屋に備え付けられた通信機がリンリンと音を鳴らす。

 相変わらず見た目といい音といい呼び鈴にしか見えないが――、


「俺だ」


風見かざみよ。やっと信号が届いたわ」


「そうか。じゃあ神殿に行く」


 それだけ言って通信を切る。


「動きがあったの?」


「私達も行く?」


 ベッドの上でシーツ1枚羽織っただけの奈々ななと先輩が心配そうに声をかけてくれるが――、


「ようやく決着を付けるための準備ができるよ。今度は奈々ななにも手伝ってもらう。それに先輩にもね」


「やっと役に立てるのね。もうずっとお姫様だったから、気まずかったわ」


「私も力の無さは実感したけど、必ず役に立つから」


「ああ、頼んだよ。それじゃあ俺は行ってくるから、二人は支度だけしていてくれ」


「「わかったわ」」


 息ぴったりだなー。

 因みに俺がこの必要な幸せな時間を甘受している間、龍平りゅうへいは壁の上で戦闘中だ。

 すまない。全部終わって地球に帰ったら、ラーメンでも奢らせてもらおう。





 ◇     〇     ◇





 真・召喚の間に到着すると、支度はもう既に済んでいた。

 というか施設自体は今更の話で、最初から変わっていない。

 ただ外で殲滅戦をしている夢路ゆめじや付き添いというか運搬係の東雲しののめ、それに全体の指揮を執っている緑川みどりかわはいないが、風見かざみ壬生壬生岩瀬いわせ苅沢かるさわ児玉こだま、それに要であるヨルエナとフランソワ、一ツ橋ひとつばしの主要メンバーが揃っているという事だ。

 因みに緑川みどりかわは、見立て通り死んだことによって元の体に戻っていた。

 まあ元のというとおかしいけどな。地球から新たに召喚した感染前の体だ。


 そして新たにというか再びというか、宮神明みやしんめい黒瀬川真理くろせがわまり中野円環なかのリング海野ひしおうんのひしお大和武蔵だいわむさし藤井つぐみふじいつぐみの6人を蘇生させた。

 話によると、みや大和だいわ黒瀬川くろせがわ藤井ふじいは残っていたそうだ。

 3人は分かるが、黒瀬川くろせがわのしぶとさは意外だった。

 囲まれたら真っ先に倒されそうな気がしていたが、そこはやはり最古の4人と言われるだけの事はあるか。

 ……元は自称だが。


 中野なかの海野うんのはスキル切れでダウン。

 これは予想済みだ。あの人海戦術は対策のしようがない。

 もう少し余裕をもって交代できる戦場なら良かったが、そんな悠長な事をしていたら今頃ラーセットがどうなっていた事やら。


「死ぬというのは初めての事で緊張しましたが、何とかなる物ですなあ。それに死んでいる間も、そことなく意識がありましたわ。あれは幽霊とでも言うのですかなあ」


「俺たち召喚者は、元々この世界からは外れている存在だからな。そのおかげで蘇生できるのだから文句は無しだ」


「文句ではありませんわ。ただ初めての体験談といった所でしょうか」


 黒瀬川くろせがわはいつも表情や感情が読めないが、とりあえず本当に嫌味を言ったわけでは無さそうだ。


「それで、戦況はどうなっている」


 こっちも初めて死んだというのに1ミリもぶれないな。


「今は迎撃をしているだけだな。ただかなり優勢だ。何せ向こうが眷族を殆ど投入できない状態なんでね」


「それですと、例の遠巻きにして感染待ちとかをするのではないですか?」


「迂闊にそれを止めようとして攻めれば、即座に囲まれて終わりだねぇ」


「ふむ……だがやるとしたら大変動を待つだろう。上手く我々が動けない地形になるまで地上での牽制は続けると思われるが、それを撃退し続けるのも難儀な話だ」


「だけどもまあ、相手も無限ではないのであろう? そこまで向こうもつものかねぇ」


「少なくとも今のままだと、ラーセット近辺数十キロの生き物全てと戦う事になりますけどね」


「ありゃ、そうなんか」


 他は分かっている様だけど、海野うんのはあまり詳しくないな。

 最初の教官ではあるが、生きている時期は短かった。それに、実際に奴との本格的な戦いに入るまではこっちでも前段階が色々とあっただろう。その辺りが原因だろうか。

 まあどちらにせよ、これからの数年で起きる大変動は知っている。しばらくは無いからこっちは安心だな。


「まあそんな訳で、はい、藤井ふじいの出番だ」


「全知でしょ? 前も言ったけど、万能ではないよ。あ、でも――」


「どうした?」


「いや、うーん……あはは、何でもない」


 なんか顔が真っ赤だ。いつもの藤井ふじいらしくもない。

 蘇生に齟齬そごでもあったか?


「大丈夫だって。ジオーオ・ソバデと戦うんだよね。でもうまく構築できないんだよね。どうしてもブツブツと切れちゃう」


「それはおそらくハズレで逃げているな。まあ間違いなく制限付きだ。尽きるまで追いかければいいさ。それで今ジオーオ・ソバデと戦う為には何をしたらいい?」


「うーん……ううーん……戦えないけど、最短で全知が切れるのはこっちの辺りかな」


 そう言って、地図を広げて察し示す。

 そこはおよそ南西に55キロメートルほど行ったところだ。

 元々外で冒険したという訳ではないので当然かもしれないが、行ったことも無い場所だ。

 本当に藤井ふじいがいなかったら、想像もつかなかったな。


「それでどんなふうに行けばいい? 言えるか?」


「戦える人間は多ければ多いほど良いかなー。だけど本当に出会えないよ」


「それで良い。では行こうか」

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