第659話 今はまだこれでいい

 壁を塗り替えているかのように上って来る敵の群れ。

 それだけではなく、森の中にもまだまだ多数見える。

 こんなものを見ると、兵士たちの心に僅かながらも絶望が芽生えてしまう。

 しかし退けない。この後ろには家族がいる。それに行くところも無い。

 ここで産まれ、ここで死ぬのが定めなのだから。

 過去を思い出し、このラーセットへの愛着を再認し、僅かな勇気を振り絞る。

 その瞬間、森が一気に燃え上がった。





木戸義春きどよしはるくん。長瀬博文ながせひろふみくん、大淀丸子おおよどマルコくん、井野辺信二いのべしんじくん、佐々木瑠偉ささきるいくん、福井東也ふくいとうやくん、ごめんなさい。でも、みんなの事は忘れない。代わりにちゃんと成瀬敬一なるせけいいちさんが加わるから!」


「加わらねーよ!」


「最初から死んで戻って来る計画だっただろ。大事なものやメイン武具はこっちに置いとけって言われていただろーが」


「彼らと離れるなんて出来るわけがないじゃない」


 夢路ゆめじが流した涙が本物なだけに、逆に嫌。


 元々、北での決戦で決着がつくとは思っていなかった。

 勝つ事が大前提だが、奴がこのために戦力を分散させたことは最初から分かっていたからだ。

 だからこちらはその上を行かせてもらった。

 向こうの戦いに決着がついたら、数人を残党狩りに残して自決してもらう――予定だったが、まあ普通に倒されたのでその必要があまり無くなった。

 結局自決したのは黒瀬川くろせがわだけで、みや大和だいわ藤井ふじい中野なかのはまだ北で戦っている。

 こちらの方が戦闘は激しいのに藤井ふじいが残ったのは不気味だが、おそらく全知で一番良い敵を見据えての事だろう。

 あちらもまた、一区切りついたら自決する事になっている。

 一応は半日の予定だが、それは相手次第ではあるな。


 因みに死んで光に包まれ墓地である鍾乳洞に送られた時、こちらの世界で入手したものは迷宮ダンジョンの何処かへと消える。

 初めて一緒に落ちた先輩たちの服とかは残っていたのに、後から送られた新庄しんじょうたちの装備は無かった。

 だからそんな事は、もう最初から分かっていた事だ。

 そんな訳で注意はしてあったわけだし、こればかりは仕方がない。

 本当は自決前に地上に埋めて隠しておく予定だったらしいが、そんな余裕はなかったしな。


 決して油断していた訳でも甘く見ていた訳でもないが、そういった理由で皆が北に持って行ったのは基本的に予備兵装だ。

 まあ夢路ゆめじのナイフはご愁傷さまとしか言いようがないが、肌身離さず持っていたかったという以上は仕方あるまい。


 そんな訳で、小久保夢路こくぼゆめじらを蘇生させた後、彼女を抱えて4000メートルを落下した。

 衝撃は外せばいい。まるで羽毛のようにふわりと着地する。

 ちなみに自力で東雲充しののめみつるも降りてきている。

 3人の降下は強風と敵のインパクトのせいで見えなかったが、小久保こくぼが放った爆発の連鎖は豪炎となり、壁の上からでも十分に見えたわけだ。


 幸い夢路ゆめじのスキルは発動させるまで。後はオートモードだ。

 だからカウンターを気にせずに、俺たちの周りに来た爆発は外す。フランソワが射出した武器をカウンターしても意味が無いのと同じだな。

 そして現在、まるで見えないドームに守られているような形で、ラーセットの周りを移動しながら着火しまくっているという訳だ。

 ラーセットの外周はおよそ90キロメートル。

 俺たちの速度ならすぐだ。さほど時間もかからず、ラーセットを囲んでいた近くの敵は一掃できた。

 壁の方は下手に夢路ゆめじのスキルで吹き飛ばすと壁まで壊してしまう可能性があったので、俺のスキルで仕留めてから東雲しののめのスキルで敵の中に放り込んだ。

 重力操作は汎用性があって使い勝手が良さそうだな。


 ハズレスキルによって、殺虫剤を掛けられた虫のようにぽろぽろと落ちて行く敵の軍団。

 それは東雲しののめによって森へと放り込まれ、夢路ゆめじの爆発で森ごと焼き払われる。

 今のラーセットは炎に包まれているが、それはかつてとは真逆。

 クロノス時代は都市が炎に包まれた。

 だが今は、炎がラーセットを包み守っている。

 壁の上から歓声が聞こえるが、普通の人間には聞こえないな。

 まだ都市の中は不安に包まれているに違いない。

 早く安心させてやりたいが、その為には先ずは地上の一掃だ。

 ラーセットを包むほどの大軍でありながら、これは全体からすれば極一部。

 本当にどれだけの数をため込んでいたのやら。

 これでは南の大国と言われたハスマタンが陥落するのもよく分かる。

 炸裂する森の様子を見ながらそんな事を考えていたら――、


「これからどうするんだよ」


「これからどうしますの?」


 二人から同時に質問された。

 ただ俺としても、まだ決めかねているんだよね。


「とにかく、まだ全容が把握できていない。先ずは地上を静かにしよう。今頃ジオーオ・ソバデの奴は相当に困惑しているだろうが、その力は健在だ。当面は周囲の敵を殲滅しながら、みやたちを待つとになるな」


 状況次第だが、遅くとも明日には戻るだろう。

 魂だけど……。


「それじゃあそれまでこの繰り返しか。ただもう壁の方にはいかないし、暇なんだよな」


「油断はするなよ。本格的に眷族が来たら、どう転ぶか分からん」


「まあな。ただこちらも、見ての通りのメイン装備だ。油断はねーよ」


 そういう東雲充しののめみつるの装備はチェック模様で襟の大きなノースリーブシャツにデニムショートパンツ。ほとんど変わっていないと言われそうだが、上にはショルダーから指の先までを完全に覆っている漆黒のプレートアーム。今まで以上の重装備だ。

 まあ下は色だけ上に合わせたのか、黒いスパッツが追加されているだけ。他は標準的なスパイクブーツだな。

 ただ金属製ではなく、革製なのはこだわりか。


 小久保夢二こくぼゆめじも超マイクロミニのシスター衣装は変わっていないが、その上から前が大きく開いた紺のケープを纏っている。

 一見すると地味だが、中は翡翠色で美しい金の装飾が施されている。

 見えないおしゃれと言いたいが、見た目の華美さに対して禍々しさを感じる。

 アレは呪術的なものだな。


「心強いが、まだ蘇生したばかりで本調子じゃないだろう。そんな状態で引っ張り出して悪いが、今これだけの範囲を自在に攻撃出来るのは夢路ゆめじしかいないんでな」


「オレは万が一の時にこいつを運ぶ役目か」


「やあねえ。ふ・つ・う・に、敬一けいいちさんが運んでくれても良いんですよお」


 いつの間にか――というよりちゃんと見えていたのに、普通に首に手を回してしがみ付いて来る。というより、もうしがみ付いている。

 だめだ、本気で迫られると抵抗できない。

 これが蛇に睨まれた蛙って奴か!?


「ほら、そろそろ最初の爆発が消えかけてるんだ。行くぞ」


「はーい。今はお仕事優先ね」


 ――助かった。


「でも終わったらあ、ゆめご褒美欲しいかなー」


 あまり助かっていないかもしれない。

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