第655話 前半戦の勝利

 もう何の配慮も必要ない。後は各自、自己の判断で戦ってもらうのがベストだ。

 下手に指示なんてしたら、かえって邪魔になるだろう。

 だが風見かざみは別だ。

 彼女には目立たず、あまり戦いには参加せず、ただし不自然に温存している事を悟られないようそこそこ戦闘に加わってもらわなければならない。

 大変な事を要求しているのは分かるが、いざという時の指示だけは俺が出さなければならない。

 それまでは頑張ってくれよ。


 それぞれ各自の判断で突撃する。当然、俺が最初だ。

 何せ奴の目標は俺。眷族たちも、当然集まって来る。

 その隙に、1発でも多くの攻撃を入れて欲しい。


 三頭大蛇の攻撃をかわし、巨人の攻撃で頭が吹き飛ぶがそんな事は気にしない。

 外して戻った目の前にはピラミッド。ヤバい! と思った時には閃光と大音響のノイズが響く。

 だけどまあ、こいつは一番楽だな。両方外して中に手を突っ込む。


「消えろ」


 内側から外されてピラミッドは内部から空洞が広がるように崩壊していった。

 同じスキルを使っても、消え方はそれぞれ違うな。

 雑魚はただ単に動かなくなるだけ。奴の本体は破裂したが――なんて無駄な考えをしている内に上下に別れたサンショウオに足元をすくわれ、そのまま食われた。

 こういった継続したままの攻撃は、外しても同じ状態だから外すわけにもいかない。

 全身穴だらけだが、痛みだけを外し僅かに動く右腕の肘を下に、拳を上にめり込ませる。

 同時にスキルを使うと、その周辺がボワンと円形に消え去った。

 ようやく体を元に戻せる。


 その頃には壬生みぶが巨人を塵にし、大蛇は岩瀬いわせが地面の中に引き込み、渦の様に捻じっている。

 よし、予定通りだ。

 これで敵の眷族は1体。逃げ場はない。

 最期の1体を倒すまでの間に――と思った瞬間には周囲全てに衝撃派が放たれていた。


 マジかよ――。


 確かにやるとは思っていたが、それなりに状況を見て躊躇すると思っていた。

 目玉は健在、蛇も拘束されていたとはいえまだ動いていたんだぞ。もう吹き飛んだが。

 岩瀬いわせは衝撃波の直撃を受け、全身から血を吹くとビニール人形の様に崩れ落ちた。

 骨も筋肉もズタズタにされたな。

 そのまま岩瀬いわせは、光に包まれて消えた。


 俺は何とか直撃は外しつつ、それでもダメになった肉体は外している。

 風見かざみは咄嗟に通路の影に隠れたが、この状態で神罰は難しい。

 というか壬生みぶ


 壬生梨々香みぶりりかは壁にめり込んでいた。

 軽い事が幸いしたのだろうが、衝撃波はスピーカーの様に続いている。

 逃げ場に無い壬生みぶの骨が砕かれ、体が壊れていく。


「……そう……これが……ジオーオ……ソバデ……ね……」


 クソ! この状態では近づけない。一気に距離を外しても、触れる前に弾き飛ばされるだけだ。

 そこで体を外しても、出て来たところは衝撃波の最前線。動けないのでは同じ事。

 俺が消えるまで留まるか、また吹き飛ばされて仕切り直すだけだ。

 詰んでいる事には変わりがない。

 最初に出会ったコピーよりも遥かに長く継続している。見た目の威力も段違いだ。

 やはり強い。こうなったら最終手段だ。風見かざみ、俺、奴と一直線にして、俺を撃たせる。

 大丈夫、奈々ななに何発も撃ち込まれているんだ。

 問題は、奴がスキルで移動するのが早いか、俺がダメになった体を外して奴に一撃を入れるのが早いか。

 もし衝撃波を出しっぱなしで逃げられたら……アウトだな。





 ――ここで……使うのは……得策では……無いけど……もう……薬が……。


 壬生梨々香みぶりりかとしては、ここで手の内を晒したくは無かった。

 だがこのままではリタイア確定。一矢も報いずに終わってしまう事になる。

 おそらく敬一けいいち風見かざみに神罰を撃たせ、同時に距離を外して攻撃しようとしている。

 だけどそれはただの賭け。しかも成功率は限りなく低い。

 撃たれた瞬間、アレは1手で逃げる。それに対して、敬一けいいちは壊れた体を外し、距離を外し、攻撃の3手。

 相手が怯んでくれれば良いが、今まで聞いた話ではおそらくそれは無い。

 身の危険を感じたら反射的に逃げる。

 それを防ぐには、まだこちらを倒せるかもと思わせるギリギリのダメージと、一瞬の隙が必要。

 壊れかけの体が悲鳴を上げている。痛みすら感じなくなってきた。もう長くはもたない。


 ――あーあ、残念。でも中途半端なダメージで逃げられても仕方ないしね。





 ジオーオ・ソバデは完全に勝利を確信していた。

 今までこの時代で生きて来た自分。それに目の前にいる矮小な人間がクロノスであった時代の自分。

 融合した2つの意識と経験、それに取り込んだ多くの力が絶対的な結果を約束していたのだ。

 その体の半分が、突然粉となって消えた。

 正しくは、本体である球体部分は少し削れただけだ。

 だが上に生えていた人間の様な上半身。そして下から生えていた無数の足は完全に消滅した。

 もし人間の様な精神があれば、あまりの事に絶叫を上げていた事だろう。

 だがそんな人間性は無い。冷静に、自分を脅かす存在が他にいる事を察知した。


 ――どこだ!


 冷静に、速やかに周囲を確認する。

 再び攻撃される前に倒しておかなければ、恐ろしくてクロノスとの戦いに集中できないからだ。

 だが、ジオーオ・ソバデが周囲に意識を向けた時、壬生梨々香みぶりりかは既に光に包まれて消えていた。





 そうか、壬生みぶは今の今まで、ジオーオ・ソバデに関する戦いに一切参加したことが無いといっていた。

 それは当然、同類や眷族相手も含むのだろう。

 それに少し変だと思っていたんだ。

 初めて彼女がスキルを使った時、風見かざみの投げた岩は一瞬で粉となって散った。当たってもいないのにな。

 だがここでは必ず触れて倒していた。

 相手が強かったから触れる必要があった?

 確かにそうだったのかもしれない――そう思わせるほどに、彼女の戦い方はスマートで洗練されていた。

 だから俺すらも騙されていた。本当の彼女のスキルは遠距離攻撃系。それも、比較的広い範囲に有効か!


 付属物が粉砕されたせいか、それとも本体にダメージが入ったせいかは知らないが、放ちっぱなしだった衝撃波が止まる。

 チャンスはおそらくここだけだ。

 奴に触れる距離まで、一気に距離を飛ばす。場所は奴の真上、乗る形だ。

 当然身の危険を感じて発せられる衝撃波。

 1撃はくらう。だが再び距離を外す。風見かざみなら分かると信じているから。


 成瀬敬一なるせけいいちが距離を外す為に消えた瞬間、通路の壁を貫通した神罰が、ジオーオ・ソバデのど真ん中を貫いた。

 それは一瞬の光。その光が消えると同時に、ジオーオ・ソバデはハズレを発動する。

 だが1手ではない。コンマ数手、場所を決めるというわずかな時間が必要だった。

 一方、敬一けいいちは既に、神罰で空いた穴に入っていた。

 一瞬にも満たない時間。だがそれで十分だった。


 思考する時間すら惜しい。ただ無意識の内にスキルを使う。

 内側から外されたジオーオ・ソバデの体が、弾けるように破裂し――消えた。

 辺りに残ったのは、ただ静寂だけであった。


「倒した――訳じゃないのね」


「ああ。奴は完全にこの世から外される前に、ハズレスキルで逃げた。だけど同じスキルなせいか、感覚で分かるな。あいつはまるで使いこなせていない。距離を外すのも、そう何度も使えないだろう」


 それに何より、俺なら距離を外すのにあんなに時間を掛けない。もっと短縮できる。

 場合によっては、俺のスキルより先に逃げる事だって出来ただろう。

 たけど、今のは致命傷に近かった。

 作戦の前半は成功と考えて良いだろう。


「俺はウェースマイルに行って報告してくる。後は再びちょっかいを出せないくらいには殲滅しておかないとな。中途半端に俺たちが逃げたと思われたら色々と面倒だ。風見かざみは皆に報告しておいてくれ。ここでの戦闘は終わった。最終段階に入るので、予定通り速やかに残敵を掃討してくれとな。ただ今頃ラーセットも襲われている頃だ。あまり徹底しなくてもいい。精々半日だな」


「予定通りならそうね。分かったわ、私もすぐに行くから」


「じゃあまたな」


 こうして俺は、ウェースマイルの都市へと跳んだ。

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