第654話 やっと追いついたな

 傷を全て外しながら、眷属の存在も外す。

 本来ならとうに限界を超えている。だけど、今の完全な俺ならまだまだ戦える。

 奈々なな瑞樹みずき、そしてそれらをお膳立てしてくれた黒瀬川くろせがわ

 そして此処まで僅かでも力を温存させてくれたみんな、ありがとう。

 奴の存在が近くなってくる。

 逃げる速度は上がっているが、追う速度の方が上回っているんだ。

 この際だ、一気に距離を飛ばして追いつきたい。

 だけどそれをしてはダメだ。

 まだ勝てない。

 仮に勝てたとしても、奴は普通に逃げる。

 絶対に逃げられてしまうのなら、ちゃんとした勝ち方というものがあるんだ。


「ふふ、これだけの眷属が転がっている姿は初めて見たかも。それも、一人でやったなんてすごいわね」


壬生みぶか」


「ちゃんと梨々香りりかって呼びなさい。もう他人じゃないんだから」


 こんな時に、さらっと怖い事を言わないで欲しい。


 彼女の服装は何というか、普通。

 いや、俺も毒され過ぎたな。

 ごく普通の紺のスクール水着にベルトポーチ。足にはソックスとスパイクブーツを履いているだけだ。

 雪中行軍をしている時はコートを着ていたから、あれは仕舞ってあるのだろう。

 武器は持っていない。かなりの軽装だが、まあ千鳥ちどりよりは布面積はあるか。


「とにかく急ぐんでしょう?」


「ああ、もう捉えられる距離だよ。だがさすがに敵が多くてね、カメの歩みだ」


「ふうん……ちゃんと距離も位置も把握して追いかけているのね。実は闇雲でしたって言われたら、ちょっと殴る所だったかしら」


「お互い死ぬまで離れられない身でね。ここまで近づくと、所在がはっきりと分かるんだよ」


 そんな話をしている間にも、群がる眷属は倒していた。

 とはいっても、やっているのは殆どが岩瀬純一いわせじゅんいちだけどな。

 カポエラ使いのオークという印象だったが、さすがにスキルを使うとなれば話は別だ。

 群がる眷族はまるで蟻地獄の様に地面に飲み込まれて行く。それに壁沿いにいる奴は、まるでそれが意思を持つかのように掴んで引きずり込んでいった。

 最初の戦いがそうだったからてっきり単体系かと思っていたが、思ったよりも強力な範囲攻撃だ。


「なら、梨々香りりかの後に付いてきて。来られるならね。岩瀬いわせ、貴方は休みなさい」


「ああああ、うああー」


 見れば、もう岩瀬純一いわせじゅんいち疲労困憊ひろうこんぱいでスキルも切れている。

 あれだけ強力な分、消耗も激しいか。だが今の僅かの間だけで30体は倒している。

 十分な戦果だよ。

 何て考える間もなく梨々香りりかは走り出している。

 まあ時間は少しでも無駄には出来ない。一応、岩瀬いわせも戦わなければ動けるようだしな。


「舐めるなよ。これでも元クロノスだ」


 走ってすぐに追いつくが、奴との間にはまだまだ100を超す眷族が控えている。

 クロノス時代もこれだけの数を相手にした事は無い。

 合計すれば50は超えるだろうが、全部の戦いを合わせてだよ。

 さすがにクロノス時代にこの数を見たら逃げ出したくなるね。

 だが今は、多分そんな必要は無いのだろう。

 頼もしい味方に感謝だ。


 そう思えるほど、壬生梨々香みぶりりかの戦いは圧巻だった。

 何本もの鞭のような触手を振り回す巨大イソギンチャクの攻撃を全て躱し、触れる。

 ほんの一瞬。だがその瞬間、その眷族は青い粉となって宙を舞った。

 だが走る速度は緩まない。隙を狙って突っ込んできていたのであろう4本腕で頭の無い人間、チェーンソーの様な腕を持つカマキリが襲い掛かるも、最小限の動きで避けて触れる。

 当然の様に、そいつらも粉となった。


 ――何がスキル無しなら梨々香りりかの方が強いだ。何でも有りでもあれに勝つのは至難の業だぞ。


 だけど多分、弱点はある。

 あれほど強力なスキルだ。おそらく岩瀬いわせと同じく持久力って所だろうな。

 そうでなければ、反乱を起こされた時点でみやたちの方が全滅していただろうさ。

 それでも、まるでモーゼが海を割るように、眷族の群れが次々と粉となって消えていく。

 距離もどんどん近づいている。

 やはり大きくなった分、前よりも遅いな。

 しかし――、


「うああああ、あ、ああああー」


「そう。お疲れ様。最後の健闘を祈るわ」


「おい、何て言ったんだ」


「十分休めたから、ここから後ろの枝道は全部塞ぐそうよ。だから先に行くようにって」


「休めたといっても、5分ほどしか走っていないぞ」


「スキルに必要な分だけ休めたから……いいの」


 確かに、まだ後ろから眷族が追いかけてきている。枝道から出てきた奴だ。

 全て塞いでしまえばそいつらの相手をする必要は無い。

 だがそうすると、後ろの味方まで追い付いて来られなくなってしまう。

 逆に向こうは迷宮ダンジョンを完全に把握しているはずだ。

 枝道を塞がれた奴らは、すぐに別ルートを通ってこちらに来るだろう。

 味方の援軍を断ち切って、相手を増やすだけだ。

 だけど――、


「違うぞ、岩瀬いわせ。全部塞いでしまえ。もう後ろを気にする必要は無い!」


「あああ?」


「良いの?」


「良いんだよ。もうそんな時間は与えない」


 そうだ。奴はもう目と鼻の先だ。

 塞いだ瞬間に全ての眷族がそれを知ってこちらに来るが、元々それで追いつける奴はこちらに向かっている。

 後ろにいる敵が迂回して戻っているまでには、ここでの作戦は終わっている。

 というか、終わらせるんだ。


「じゃあこのまま行くね。でも……ふふ、見た目は若いのに、前のクロノスより堂々としてる。本気になっちゃいそうよ」


「彼女がいるんで、それは勘弁してくれ」


「あら、梨々香りりかは気にしないわよ」


「こっちが気にするんだよ」


 そんな話をしながらも壬生みぶの速度は落ちない。

 だが次第に不安定になってきている感覚がある。

 さすがの壬生みぶも、ここいらが限界か。

 だけど、もう良いんだ。


「見つけたぞ! いつまで逃げる気だ!」


 もう奴の背中が見えた。いよいよ本番だ。


「やはりお前だ。いつもお前だ。クロノス、クロノス、クロノス! ただ平穏に過ごすだけの静寂な時を、お前はいつも邪魔をする。お前が存在する限り、常に警戒を続けなければならない。何という邪魔者。何と凶悪な存在か」


「それは遺言として聞いてやるよ」


 今奴を守る眷属は6体。

 細胞分裂途中の様な形をした目玉みたいな奴。

 宙に浮いたサンショウオの上半分とした半分。それぞれの間には無数の牙が生えている。

 両腕が無く、頭も半分以上めり込んだ巨人。

 頭部と尾が三又に別れたヘビ。

 幾何学的な模様が浮き出たピラミッド。

 茨を丸めたような、まるで西部劇に出てくる回る草の様な奴。

 どれも3メートルから6メートルといった所か。

 特に巨人とヘビがでかいな。それに今までとはやはり威圧案が違う。

 これこそ俺を倒す為に用意した最強クラスの眷属なのだろう。

 だが慎重なこいつの事だ。まだまだ上がいる。

 こんな所で、手間取ってなどいられるか!

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