第653話 構築した未来

 こいつの表情は分からないし、感情も人間と同じとは限らない。

 だが俺なら確実に驚き、そして焦るだろう。

 まあ、知った事じゃないがな。


「やはりお前が来るか、クロノス」


 砂を擦り合わせたような不快な声。

 だがかなり冷静な感じがする。

 このわずかの間に言葉を学習したか?

 違うな。これが本来の奴だ。

 全部おかしかったんだよ、今までの奴がな。

 堂々と姿を見せたり、追いかけてきたり、こいつが絶対にしない事だ。

 なら簡単だな。こいつは自分のコピーを作っていたわけだ。単純に感知しただけでは、俺でも見分けがつかないレベルの奴を。

 だが失敗作の劣化品だな。色々と違いすぎる。そしてそれは推論通り、例え召喚者のスキルを取り込んでもまともには使えないという証明でもある。


 言葉は無くとも眷属共が一斉に仕掛けてくる。

 まあそうだよな。これもまた奴。

 自分に命令する馬鹿はいない。

 ただ多い。

 それにここはある程度広いせいか、10メートル近い奴までいる。

 背中から無数の触手を生やしたナメクジ。

 幾つも繋がってヘビのように動くヒトデ。

 2足歩行で動く、全身の8割りが頭で出来ている鳥モドキ。

 全身が四角い顔の様な姿で、カドからは蛙のような手が8本生えている怪物。

 ワニの足が生えた巨大な鮫。

 どれも単体でも会いたくないレベルだというのを肌で感じる。

 しかもこれは迫って来られる範囲にいるだけ。

 その後ろ、更に後ろには別の奴が控え、ジオーオ・ソバデは悠々と去っていく。

 こんな所まで来て逃がしてたまるかよ!





 ◇     □     ◇





 東雲しののめの重力が緑川みどりかわを釘付けにし、藤井ふじいの槍が襲い掛かる。

 だが届かない。

 見えない空気の壁はフランソワのカタパルトすら防ぐ。

 一方で藤井ふじいの槍はあくまで召喚者としての力だけだ。

 全知も全身を包んでいる相手に対して打つ手がないと告げている。


 同時に藤井ふじいは心の中で感心していた。

 自分が構築したのはこの未来だ。

 ジオーオ・ソバデとは戦えないが、最強の一人である緑川みどりかわと公然と戦える。

 だがそれ以外の道は、全て何も出来ず皆の屍を見る未来ばかりだった。

 しかしそれを伝えても無駄。予言とは、言葉にしたら消える泡。構築した未来も失われてしまう。

 だからこの道を選んだが、成瀬敬一なるせけいいちだけがこの結果を予想していた。

 ここまで短時間で、自分を理解してくれた人間がいただろうか?

 いや、誰一人としていない。誰もが、自分は何も考えていない人間だと思っている。


 ――なんだろう、これが惚れるって事かな。





 ここで風見かざみとしては、緑川みどりかわを神罰で倒す他に手段が無いように思われる。

 だがそれは絶対にダメだ。

 元々、神罰を使うのは大前提。

 だが今ここで撃てば、間違いなくジオーオ・ソバデに伝わる。

 そして奴は神罰使いの所在を確認し、悠々とスキルで逃げるだろう。

 それではダメなのだ。

 出来れば致命傷寸前までの傷を与え、ここで倒す。

 ダメでも、相当な深手を負わせた上でスキルを使わせなければならない。

 無傷で逃げられてしまったら、それこそここまで来た意味が無くなってしまう。

 それに今の段階では、当初の作戦の半分も完遂できていない。

 夢路ゆめじのリタイアが痛かった。

 大和だいわは無事だろうか?

 少なくともこの二人――いや、今できる力でやらなければ……。


 考える間もなく、腕を掴まれ土壁の中に引きずり込まれる。

 これは――!?

 風見かざみが消えた事は、緑川みどりかわからは見えなかった。

 彼もまた、そこまで悠長な状況ではない。

 全身をガードしているのは、僅かの隙を与えれば即、死に繋がるからだ。

 大丈夫、まだ自分の意志は残っている。思考できる。完全に取り込まれたわけではない。ただ命令に逆らえなかっただけだ。

 だからこそ、ここで意識を飛ばすような攻撃を受けるわけにはいかない。

 その時こそ、完全に取り込まれ奴の一部になるだろう。そうなれば、全てが筒抜けになって作戦が崩壊してしまうのだから。

 理想的なのは、意識すら一瞬で断ち切られる即死。

 だが体は戦う命令には逆らえない。それを伝える術は無いし、出来たとしてもやるわけにはいかない。

 もしこちらの言葉に少しでも耳を傾ける様な甘さを見せたら、この体はすぐに相手を倒してしまうだろう。

 すまないが、任せたぞ。





「ぷはっ!」


 普段は1時間程度なら呼吸を止める事は出来る。

 ただいきなりだったのと、体にある習慣でついつい勢いよく二酸化炭素を吐いてしまった。

 というか、それよりもついつい可愛い声を出してしまった自分に風見かざみは赤面した。


 ――ここは?


 周囲を見て、一瞬で状況を判断する。

 岩瀬純一いわせじゅんいちのスキルで迷宮ダンジョンの壁の中に引きずり込まれたのだ。

 本来なら対抗できない人間を即死させるほどの強力なスキルだが、こういった使い方があると知ったのは初めてだった。

 改めて、他の召喚者をきちんと見ていなかったと思い知らされる。

 成瀬敬一なるせけいいちが事あるごとに心の中でチクチクチクチク考えていたが、これでは反論のしようもない。


「大丈夫かしら? まあ、この程度でどうにかなるような人間じゃない事くらいは知っているけど」


 当然の様に、余裕綽々で壬生梨々香みぶりりかが腕を組んでこちらを見ている。

 おそらくこの機転は彼女だろう。


「一応確認はしたわ。梨々香りりかたちは行くけど、無理そうなら……ふふ。そこで休んでいてもいいよ」


「冗談でしょう」


 そうだ。まだまだ余裕だ。

 今までのジオーオ・ソバデとの戦いはこんなものじゃなかった。

 戦って、仲間が殺されて、でも逃げられて、それでも戦って……何度繰り返しても影すら踏めなかった。

 初めて指揮をした時、ようやくクロノスが奴を捕らえた。だけどそこまでだった。

 だけど今は違う。きっとまだ、成瀬敬一なるせけいいちは死んではいない。

 今やるべき事は一つ。

 僅かに遅れる事もなく、風見かざみは二人を追った。





 さて、これで眷属は何体目かな。

 最初に襲ってきた奴等は10秒と掛けなかった。最初から全力だ。

 だが次々と眷属がやって来る。

 それぞれ単体が一騎当千。

 並の召喚者なら、本来は複数人が連係して当たるべき相手だ。

 だけど全力なら、触れさえすれば、俺はこいつらを倒す力がある。

 当然無傷とはいかない。

 1体を倒す間に、もう1体に片足を食い千切られたりもする。

 背中から突き通った牙が、胸から生えたのも見た。

 どれも普通ならそれで終わり。だけど俺は死んではいない。


「俺を危険視する理由、こんな時にこそ実感するね」

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