第652話 分かってはいたさ

 藤井ふじいの感覚は掴んでいる。だからその方向だけに絞ってスキルで敵を一掃する。

 やはり残るのもいるが、それはかなり強い奴だろう――が、このスキル自体がものすごく強いという訳ではない。特に距離があるとさすがにダメだな。

 特にジオーオ・ソバデにとってはそよ風みたいなものだろう。

 こいつの真価は、やはり以前の奴を倒した時の様に接触してこそだ。

 だが――、


 鱗粉を撒き散らす1メートル程の蛾を叩き斬る。

 ハズレスキルで死ななかったとはいえ、今の俺なら剣でも倒せる。

 鱗粉も触れれば相当にヤバいのだろうが、さっきのウサギの棘に比べれば無いも同じだ。

 全部外せばいい。

 後ろではぞろぞろと脇道から出てきた奴をみや大和だいわ黒瀬川くろせがわ、それに海野うんの中野なかのが押さえている。

 だけど多勢に無勢。今は優勢でも、どれほど危険な奴が混ざっているか分からない。

 それに長期戦になれば、休息を取れないこちらが不利だ。

 かつての磯野いそのを思い出す。

 大和だいわなら3日は戦い続けられるそうだが、他はそんなに長時間スキルを使い続けられない。

 だからこそこの人海戦術の前では、今までは召喚者ですら成す術が無かったわけだ。

 更にまだまだ山ほどいる強力な眷族。

 そりゃ厳しかっただろう。今だって厳しい。


 そろそろスキルで跳ぶべきか。

 なんとなく奴を感じる。少しずつだが、追いついているんだ。

 ここは俺たちでも少し手狭だ。2メートルだった頃の奴なら丁度問題無いトンネルだが、5メートルにまでなってしまった奴は移動ルートが限られている。

 それに対し、俺たちはショートカットしている状態なわけだな。


 それに――再び湧き出て来た集団をスキルで一掃する。

 あまり多用はしたくないが、今が最高の使い処だ。

 藤井ふじいの前に敵は無く、彼女はウキウキ一直線。

 ただスキルなしなら壬生みぶが上という話は確かだな。

 召喚者としての身体能力はこちらが上だ。段々と追いついてきた。


「あ、来たね。他のみんなは?」


「俺たちを進ませるために残ったよ。今頃は派手に戦っている頃だ」


「それで後ろから敵が来ている訳ね」


「まあそんな所だ」


 追いかけ始めてからもう5時間ほど。

 みやたちが無事かそうでないかは別として、かなり距離が開いてしまった。

 当然ながら、その間にいた連中は後ろから追って来ている。

 こちらも一掃したい所だが、今は前だけに集中だ。後ろは追いつかれた時に、改めて一掃すればいい。


「それと、小久保こくぼ教官は逝ったんだね」


苅沢かるさわもな。スキルの持続時間を考えれば、海野うんの中野なかのもそろそろ危ないな。案外……」


「あたしが言っちゃなんだけど、覚悟の上だったんでしょ?」


「何を今更。俺が気にしているのは、後ろが壊滅した時の問題だよ」


「確かに挟まれると、もうジオーオ・ソバデを追えないわ。また別けるの?」


「いや、その心配はないな。もう追いついた」


 スキルを使って、前方に大穴をあける。

 距離はせいぜい300メートルほど。だがそれで十分だ。

 もうその先に、奴の一団が見える。

 ようやくここまで来たぞ!


「行け! 藤井ふじい!」


「残念ながら、あたしが構築した未来はここまでだよ」


 まるで硬く透明な壁があるように、藤井ふじいがコンコンと透明な壁を叩く。

 これは――、


「す、すま……ねえ……」


 緑川みどりかわの目や耳から、青いゼリー状の体液が流れている。

 やはり近すぎると影響が出てしまうか。


緑川みどりかわ、あんた!」


「すま……ねえな、風見かざみ。だけ……ど、お前……でも……分からなかったんだ。俺はさっきま……で、本当に……俺で……いられたんだよ」


「万が一の時は覚悟の上だよ。それに奴を見つけるが藤井ふじいは戦えない。その未来を実現させる為にも、これが必要だと思ったんだ。ここから先の未来がある為にはな」


「さすが……だぜ、惚れ惚れ……する……ね」


「……藤井ふじい緑川みどりかわを倒せ!」


「了解!」


 俺は奥へ跳べばいい。幸い、この壁は俺の移動スキルは止められない。


敬一けいいち、もう使うわよ!」


 跳ぼうとする俺を、風見かざみの声が制止する。

 確かに、今奴は見えている。だがほんの数秒で見えなくなるだろう。

 しかし神罰の威力なら緑川みどりかわの防御を貫くのも容易だ。当然土壁なんて無いも同じ。

 倒してはいけないが、そもそも倒せないだろう。

 だが大きな牽制にはなる。

 膨大な量の思考が頭を巡り、周りがゆっくりに感じる。

 風見かざみの右手がゆっくりと上がる。神罰を使うために。

 当然、その隙は逃せない。俺は改めて距離を外す為にスキルの準備を始める。

 しかし何かが……何かが引っかかる。


 俺の脇を逆走して、後ろにいる緑川みどりかわに向けて藤井ふじいが駆け出す。

 東雲しののめも背後から緑川みどりかわへの攻撃態勢に入っている。

 間違ってはいない。これで良い。

 緑川みどりかわさえ倒せばこの壁は消える。

 それまで神罰で傷ついた奴を、俺が足止めすればいい。

 万が一ハズレスキルを使って奴が逃げたら、その時点で作戦の1段階目は成功だ。

 ここにいる奴の主力を全力で一掃すればいい。

 これで良いはずだ。

 その瞬間、まるで走馬灯のようにクロノス時代が頭を過った。


風見かざみ、止めろ!」


「え!?」


「俺だけで行く。お前は待機だ!」


 反論を聞く時間も惜しい。

 だがそもそも、その必要も無いだろう。

 風見かざみなら分かったはずだ。

 今の緑川みどりかわは支配されている。

 だが同時に意思と思考が残っている。

 なら考える事は、命令でやった事では無く、あいつ自身がやれる事だ。

 クロノス時代のアイツはどうだった?

 少しヤンキーっぽい所があったが、基本的には陰キャ。

 必ずしも秀才と呼べるようなタイプではないが、とにかく機転が利き、気配りができるタイプだった。

 それに応用力も高く、その点からも教官組にした。


 こちらの世界では? やはり本質は変わっていない。

 ならあいつは、持てる限りの全てを尽くしたはずだ。

 当然、こちらの戦力を把握した上で……なら!


 緑川みどりかわの作った壁を越える。

 その先には、先ほどまで見えていたジオーオ・ソバデは居なかった。

 やはりとしか言いようがない。

 おそらく穴が開いた時点で、もう本体に操られていたのだろう。

 そして空気の壁を張った。藤井ふじいを遮った1枚だけではない。何枚もだ。

 最初は先へと行かせない防御の壁。そしてそれ以外は、空気を屈折させ蜃気楼のように違う景色を見せるための物。

 あのまま神罰を撃たせていたら、見当違いの場所を撃つだけでなく、作戦自体が失敗するところだったよ。


 だがこれで俺は届いた。

 さすがに光を屈折させるといっても、ここは入り組んだ穴の中。蜃気楼とは根本的に違う。

 奴がいるのは精々100メール程度。それもここから道が通じている場所だ。


 意識が思うままに、ハズレで壁に穴を開ける。

 さすがにさっき開けた穴から追いかけるのは面倒だったからね。

 そしてすぐそこには、多数の眷属を連れたジオーオ・ソバデが居た。

 今度は――本物だ。

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