【 最終決戦 】

第656話 迫る敵

「ふう……やっぱり強いね」


「お前もな、東雲しののめ


 東雲しののめの上半身はノースリーブのシャツに襟の大きなブラウスであったが、その中央にはぽっかりと穴が開いていた。反対側が見えるほどに。

 そして緑川みどりかわもまた、藤井ふじいの三日月槍に貫かれていた。

 こうして2人が光に包まれて消える少し前、3者の戦いは大詰めの状態だった。


 東雲しののめとしては、一刻も早くこの膠着状態を抜けなければならなかった。

 だが現状は打つ手が無いのも事実。このままでは絶対に緑川みどりかわには勝てない。

 根本的な持続力が桁違いだし、藤井ふじいの攻撃もこのままでは通用しない。


 ――仕方ない。


 緑川みどりかわ全体にかけていた高重力のスキルを解除する。


 自由に動けるようになると同時に、無言で藤井ふじいとの戦闘に入る。

 もう最後の抵抗に全力を振り絞っている。軽口を叩く余裕すらないのだ。

 今までは全身を押しつぶす重力から空気の壁で身を守っていたが、今は攻防両面で使える様になった。

 そう言えば聞こえはいいが、逆に藤井ふじいからすれば攻撃する隙が出来た事になる。

 槍は確かにまだ空気の壁に防がれる。だがピンポイントだ。

 あの達人級の槍をそれだけで防ぎつつ、円錐形に固めた空気の槍が藤井ふじいを襲う。

 僅かの光さえ屈折させない完全な無色透明。そして無音で飛来する殺人兵器。

 だが藤井ふじいもまた、全知で全てを回避する。


 実に楽しそうではあるが、そんな事の為に高重力の檻を解除した訳ではない。

 ぽつんと小さな点が、緑川の近くに現れる。

 もし十分な意識があれば、より効率的に考えられただろう。

 それは東雲しののめの使える最小にして最強の技。限界まで圧縮した重力の玉だ。

 ブラックホールとは違うが、その圧縮した重力は触れた物を瞬く間に崩壊させる。

 吸い込まないだけで、引き付ける重力自体は桁違いなのだ。

 持続力はそれほどでは無いが、触れたが最後の必勝必殺の切り札だ。すぐさま空気の壁を作るが、この状態ではじわじわと侵食される。

 何より、互いのスキルの応酬で出来た隙を藤井ふじいは逃さない。

 連続した突きによって、2か所、3か所と体に穴が開く。


 こうしてほとんど反射で動いていた緑川みどりかわは正しい判断ができず、空気の槍で東雲しののめを貫いた。

 だが当然、自分から注意を外した相手を逃すほど甘くはない。

 藤井ふじいの槍が緑川みどりかわの喉を貫き、三日月の刃は頭部を真っ二つにしていた。

 本来の緑川みどりかわであれば絶対にしないミスが、勝敗を分けたのだ。

 それでも最後に言葉を出せたのは塔のシステムもあるが、それ以上に肉体が人間ではなくなってしまっていたからだろう。


「満足したみたいね」


 その状況に、敬一けいいちの指示を受けた風見が到着した。

 通常ならこんなに早く到着は出来ないが、岩瀬純一いわせじゅんいちが塞いだ道を神罰で消し飛ばした結果であった。


「まあねー。あんな形で横やりが入るところまでは視えなかったけど、いやー、どっちが勝つかは全知でも分からない楽しい戦いだったよ」


「呆れるけど、満足したなら良いわ。敬一けいいちから伝言。半日以内に迷宮ダンジョンの内外を問わず、可能な限りの敵を殲滅しろ――だそうよ」


「まあ予定通りだね。じゃあ始めるよ。そっちは?」


 進行方向からは、まだ無数の敵の気配がする。

 こちらに来ないのは、それ以上の脅威が目の前にあるからだ。


「行くしかないでしょ。多分だけど、みや大和だいわはまだ残っているわ。もしかしたら真理まりもね。早く伝えないと」


 そう、早く伝えないとこれ以上の戦闘に体がもちそうにない。

 それほどまでに、神罰の負担は大きかった。


「じゃあ、そこまでの道は切り開いてあげる。風見かざみはそこまでで良いよ」


「そうね。もうスキルを使った戦いは出来そうも無いし、任せるわ」





 •     〇     ■





 一度ウェースマイルに戻った敬一けいいちは、軍務庁長官のリンダボーの元へと赴き、現在の状況報告をした。

 周囲の敵は一掃したが、まだそれなりの脅威はまだ残っている点。それにジオーオ・ソバデの撃退には成功したが逃げられた事だ。

 このままだと再びやってきた群れが攻撃してくるだろうが、数も規模も以前の1割……いや、主力の眷族を失った今、1%にも満たないだろうという事も伝えた。

 当然ながら、応接室はもちろん、盗み聞きしていた外からも喚声が上がる。

 早速祝勝会を開こうといたリンダボーであったが、そのまま別れを告げるとすぐさまラーセットへと帰還した。

 もうとっくに、戦いが始まっていると予想していたのだから。





 △     ◆     △





 ラーセットと南のイェルクリオ周辺にいた群れがラーセットを目指したのは、敬一けいいちたちが出発して5日目の事だった。

 そして8日目には、既にラーセットの城壁からは周辺の森の中に青白いゼリーの群れが見えるようになっていた。


 温かいわけではないが、壁の上に雪は積もらない。

 水になるわけでもなく、ただ張り付かず風に流されていく構造だ。

 ただその温かくないというのが問題で、4000メートル級の壁の気温はマイナス30度近い。

 それに風速20メートルの強風が加われば、体感温度は軽くマイナス50度を超える。

 そんな中でも、壁の上で様子を見ているフランソワの格好は、いつもの黒と白を基調にしたゴシック調のドレスに馴染みの大型剣という、普段と全く変わらない格好だ。


「よっと」


 そんな凍てつくような冬の強風が吹きすさぶ壁の上で外の様子を観察していたフランソワの横に、甚内じんないが現れる。

 人間の目では追えない速度。並の召喚者でも無理だろう。まるでテレポートでもしてきたようだ――急ブレーキを掛けさえしなければ。

 だがフランソワは遠くから気が付いていた。というより、むしろ遠い方が分かりやすい。

 もっとも、探知能力がそれほど広ければの話だが。


 彼もまたラフな黄色のポロシャツにスラックス、手にはビスの付いたレザーグローブという、防寒性の欠片も無い軽装だ。

 高速で移動している分、想像を絶する寒さの中を動いているであろうのに。


「それで他の様子は?」


「周辺はすっかり囲まれているな。つか、遠くに行くほど数が増えている。今囲んでいるのは足の速い連中だな。やるか?」


「わたしたちが暴れた所で焼け石に水。むしろ、あんな雑魚の相手に消耗する方が間抜け」


「確かにな。折角小久保こくぼを蘇生させたんだから、こっちに回して欲しかったぜ」


「向こうが終わったら来る。それまではここで迎撃」


「まあそうなるか。一応は大神官のヨルエナと一ツ橋ひとつばしは召喚の間で待機。例の水城奈々みなしろななってのも神殿庁に待機中だ。木谷きたに荒木あらき、それに敬一けいいちが推薦して行った4人はセーフゾーン、他は全員城壁の上に移動した」


 見れば、それ以外にも分厚い防寒具に身を包んだ兵士たちが壁に集まってきている。

 同類の相手は彼らに任せる事になるが、この風と寒さだ。矢は使えず、戦闘になっても普段の実力は出せないだろう。

 だが奴らは登って来る。ここで迎撃する以外に手は無いのだ。


「俺はまだ何とかなるが、玉子たまこは雑魚相手の消耗戦はきついだろう。大型が来るまで――」


 そこまで言った時点で、甚内じんないは壁から蹴り落とされていた。

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