第649話 いざ迷宮へ

 そんな事をしている内に、外にいた敵の殆どは大和武蔵だいわむさしが倒していた。

 みや緑川みどりかわ、それにみやの懐刀である中野なかの苅沢かるさわも途中から戦っていたが、それぞれ集団戦向きではない。

 というか、大和だいわも単体戦がメインだと聞いていたが、あそこまで行くと完全に範囲攻撃だ。

 森も酷い事になったが、まあ咎められる事は無いだろう。


「なんだ、そちらは面白い事をやっているようだな」


「お疲れ様。俺も夢路ゆめじのスキルは初めて見たが、なかなか凄いものだよ」


 相当派手に暴れたせいか、体中から湯気が立ち上っている。

 ビキニアーマーに積もっていた雪も、当たり前だが完全に無くなっているな。

 本当にお疲れ様だ。


「ふむ、君は彼女の事を小久保こくぼではなく夢路ゆめじと呼ぶのだな。自分の事も武蔵むさしと呼んでも良いのだぞ」


 そういえば普通に夢路ゆめじと呼んでいたな。


「単に本人がゆめって言っているんでね、なんか引っ張られちゃったよ」


 というか、大和だいわの場合、大和だいわと呼んでも武蔵むさしと呼んでもあまり変わらないような気がする。


「はーい、読んだかしらぁ?」


「あれ? スキルの方は良いのか?」


 実際、まだ地下からは爆発が続いている感覚がある。


ゆめのスキルは発動させるまでだけよ。後は勝手に続くわ」


 そのまま普通に近づいてきて腕を組む。

 またやられた。あれほど注意していたのに。

 見た目はスレンダーで中性的なのに、しっかりとした弾力が腕に押し付けられる。


「あらら、敬一けいいちさんも体は素直ですね」


 誤解招くようなことは言わないで欲しい。誤解じゃないんだけど……。


「どうです? 一息ついた事ですし――」


 そのまま顔がどんどん近づいて来る。

 腕で感じている弾力も胸に移動し、それは次第に強く――、


「はい、そこまでですわ」


 いつもの様に黒瀬川くろせがわがポイ。

 助かったには助かったのだが――、


「なんだか、わずかの間に隙が多くなっておりません?」


「いや、何と言うか」


 どうにも自分の意識が求めてしまうので誘われると断れない。

 ただそれでも、夢路ゆめじは別だ。

 見えている地雷――ここまで分かりやすい言葉が他にあるだろうか。

 普通は引っ掛からないのだかが、彼女の場合は無理やり踏ませるような異様な魅力がある。


「お前はやはりクロノスだな」


 そんな俺の様子に呆れたのか、いつの間にか後ろに来ていたみやが冷たく言い放った。

 まあたった今自覚していた所だけに何も言えねえ。

 それはさておき、大和だいわみやが来た時点で地上の掃討は終わっていた。

 ただ全滅させたわけではない。散り散りに逃げていった。

 多くはもう一つの、自然にできた穴へと入って行ったが、他は地上を広がるように逃げて行く。

 この動きは何度も見たが――、


藤井ふじい、全知はどうなっている」


「今は順調だよ。まだまだ問題無し」


 まずはホッと一息だな。

 なんか全体が逃げる時の動きに見えたんだよ。

 もし早くもここを捨てたのなら、ちょっと想定外だ。

 ここに主力を揃えてあるという俺の予想が完全に外れた事になってしまったからな。

 しかし全知が言うのなら、まだレールに乗っているで良いわけか。


「それにしても……もう片方の穴に入ったという事は、こちらの穴とは離れているって事だろうか」


 だがどちらに入っても、藤井ふじいの全知に変わりはないと言っていた。

 夢路ゆめじの範囲外で繋がっているか……いや、そうとも限らないのか。

 けどまあ、結論を出せない事をあれこれ考えても仕方がないか。


「それでどうするつもり?」


「時間が惜しい。連中が逃げたもう一方から入るとしよう」


「だよね、だよね。早く行こう」


 藤井ふじいはもう待ちきれないという感じだな。

 しかしこのバトルマニアが何で地上での戦いに参加しなかったのだろう?

 謎ではあるが、もうこいつに常識が通じない事は話を聞いて分かっている。

 よし、気にしない事にしよう。


 改めて周囲を確認するが、奴らの多くはもう一方の穴へ入り、残りは遠くへと離れるように逃げて行く。

 しかしこいつらには、自分の命を惜しむという思考は無い。

 というか、自立思考自体が無い。

 たとえ離れていても、あくまでジオーオ・ソバデの一部だと考えて良い存在だ。

 考えられるのは、勝てないと見て戦力を温存したか……無いな。

 こいつの事はもう嫌というほど分かっている。

 まだこの状況で使い道があるから逃がしたのだろうが……。


「ねえまだー?」


「はいはい、それじゃあ行くとしようか。ただどうにも気になる点があってね……いや、今は良いさ。では行こうか」


 という言葉が終わらないうちに、藤井ふじいは自然にできたであろう穴へと飛び込んでいった。

 他のメンバーもやれやれという感じで続く。

 おそらく外を逃げている同類や眷族は、やがて大きく迂回してウェースマイルに姿を現すだろう。

 俺たちを分散させるためにな。

 全部つぎ込んでも勝てない事は理解しただろうし、使い道としてはその程度しかないだろう。


 さて、俺もそろそろ行こう。

 外に散開した同類や眷族はどのみち脅威にはならない。

 戦いが次のステージに移行した時に、周囲の大半は一掃した事をウェースマイルにいる軍務庁長官に説明しておけばいいだろう。

 人間相手にはまだまだ脅威になる量ではあるが、戻って来る頃には終わっている。

 もし終わっていなければ……俺たちが敗北したという事だ。





 地上に開いた穴は、直径2メートル程度。

 巨大な岩が隆起したように周囲を囲んでいる。

 まるで何かが飛び出たようにも見えるが、大変動で出来た地上の穴は全部こんなもんだ。

 さすがにかつての大穴戦のようなでかい穴が開く事など普通は無い。

 これは奔流した大変動のエネルギーが暴走して吹き出た跡だからな。


 そして奥は深かった。

 傾斜角60度ほどの急斜面で、迷宮ダンジョンまでは300メートルほど。

 中に入るというより落ちるという感じだが、最初に入った藤井ふじいはともかく、他のメンバーには東雲しののめの重力操作が効いているのだろう。

 緩やかとは言えないまでも、少し体が軽くなった感じで底に到着した。

 少し広めともいえるが、大体30人も入れば満杯だろう。

 そしてここからは、何本もの穴が開いていた。

 奥を完全に把握するには時間がかかるが、ざっと見た所相当にグネグネと入り組んで、枝道も多そうだ。


「あーあ、派手にやったもんだ」


「死骸が邪魔で進みづらいわね」


 東雲しののめ風見かざみが言う様に、ここには無数に同類の死骸が積み重なっている。かなりギチギチに詰め込まれていたらしい。

 まあ確かに、ここしか入り口が無いなら普通に待ち受けているよな。


 しかし他のメンバーはいるのに、眷族も藤井ふじいの姿も見えないな。

 まあ気配で分かるが。


「では追いかけよう」


「歓迎はまだ終わっていない様でありますけどなあ」


 見ればあちこちの穴から、まだまだ続々と集まってきている。


「親切な歓迎だが今は遠慮しておこう。殲滅しながら行く」


「いざとなりましたら、誰かが残るという事で」


「ウチは荒事には向いておりませんからなあ、取り敢えず敬一けいいちさんに付いて行きますわ」


 とは言ったものの、感じる数が尋常ではない。

 ハスマタンを襲った数を目安にそれぞれに数を予測したが、あれは氷山の一角に過ぎなかったって事か。

 最終的には誰かに殿しんがりを任せなければならないだろうな。

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