第646話 さすがに苦労しているようだ

 中は人が住んでいるだけあって、それなりに暖かい状態が保たれている。

 そういやヒーターみたいのも出土するんだっけ。

 ただそれだけでは足りないようで、しっかりと暖炉もある。

 たが薪は高級品だ。

 壁の外に出るのは命懸け。しかも今は外に奴らがいる。

 まあ一冬分の薪は確保しているだろうが、長期の籠城ともなればそれ以前に感染者を生む。

 思ったよりも、彼らの事態は切迫しているのかもしれない。


 案内されたのは暖炉のある応接室だが、3人までといわれたのでみや風見かざみ大和だいわに任せた。

 俺たちは少し離れた兵舎のような場所で待機だ。

 まあみや以外は誰が行っても良いんだけどな。

 普通の会話であれば、こんなレンガの壁程度なら聞こうと思えば普通に聞ける。

 それに隔離されたともいえるが、こちらはこちらで広くて快適だ。

 必ずしも友好的とは言えないまでも、援軍をもてなす礼儀はしっかりしてるらしい。

 まあここの都市にいる兵士が全員で俺たちに襲い掛かっても、都市1つが滅びるだけだし。


「ようこそいらっしゃいました。私はマージサウル軍務庁長官、リンダボー・エック・ヘントと申します」


 へえ、さすがに相手が相手だけに、長官直々に最前線に出ていのか。

 真偽は後で風見かざみに聞くが、まあ嘘は言っていないだろう。


「前置きは不要だ。もう古より伝えてきたが、我らの目的はこの世界からセバト・ラウルト・プレト・イィ・シーシル・ワ・セルボン・ツワ・アリン・ザムムッテ・フォーン・クジャントレン・アブロナス・ブカント・アリンリーオ・エウ・ジャヴァ・ワスターワウ・エウ・ジオーオ・ケマ・ソバデを消滅させる事だ」


 さすがに他国の現地民相手に俺たちの使っている略称は通じないか。


「ジオーオ・ソバデだけで十分です。今の所はあれしかおりませんからな」


「了解した。こちらも今後はそう呼ばせてもらおう」


 あ、やっぱり現地の人もアレをいうの嫌なんだ。

 ジオーオ・ソバデ……現地語で破壊する1体か。まあ悪くはない。

 俺たちは意味さえ通じれば適当に読んでいるが、単語の共通化は情報伝達の基本だ。

 彼らがそう呼ぶのであれば、こちらもそれに従おう。


「それで発見場所は?」


「ここですな」


「周辺にセーフゾーンは?」


「ありません」


 話しか聞こえないが、紙の音がする。

 地図を見ながら色々と話しているのであろうな。

 しかしセーフゾーンが無いのなら、大変動で空いたか自分で開けたか……とにかく迷宮ダンジョンからの出口が必要になる。

 言葉で言うのは簡単だが、とても普通に掘って到達できる深度じゃない。

 不可能ではないが、掘っている間に次の大変動が来てしまうだろう。

 だからこそ、この世界は地上にある普遍的なセーフゾーンを起点に町が出来る。

 まあよほど切羽詰まっていなければ、探究者の村の様に繋がったり塞がったりする不安定な所は無視されがちだが。


「ならば別の所から移動してきたのだろう。幸い雪で経路は分かる。どこだ?」


「それは――」


 少しの重い沈黙があった後――、


「強行偵察隊を幾度も派遣してはおる。だが戻ってきた者は4人。内2人は手遅れであった。既に5000人以上が無駄に散った。今はこれ以上の確認は出来ない状態なのだ」


 クロノス時代に学んでいなければ国家の内情など知る余地もなかったな。

 だが今は分かる。ウェースマイルと派遣されてきた部隊は、遊撃に出撃できる部隊を使い切っている。

 勿論、首都や近隣諸国からも援軍は来るだろうが、それも状況不明では何処まで派遣できるか。

 結局、本格的に動くのは何処かが襲われた時でしかない。

 そしてどこも、その時に生き延びるための準備が最優先。

 要は、殆どの戦力を籠城の為に割り振るしかないわけだ。

 実際に何処かが襲われれば大挙して動くが、このままではそうなる日は永遠に来ない。

 それに――、


「ラーセットにいる召喚者の目的は知っている。それでも我々にも譲れない事はあるのだ」


「そんな事は知っている。今回の派遣も、表向きは条約に従っただけだ」


「条約か……そんなものに頼らねばならぬのであれば、最初から人が人と争うなどしなけれ良かったのだ」


「北の大国、マージサウルの軍務庁長官ともあろうものが、その様な事を召喚者に言って良いのか」


「まともな協力どころか援助も謝罪すらして来なかった我らがこの様な事を言うのは滑稽であろう。だが素直な意見である。軍務庁など、本来は迷宮ダンジョン怪物モンスターを相手にしていればいいのだ。マージサウルもまた小国を従える大国ではあるが、リカーンや デモネル、それに他の国も、武力で併合した国は無い。人が協力するのに武力など要らないのだ」


「それは今回の事とは関係ない。場所は分かった、我らは出発する」


 せっかく良い事を言ってくれて有効的なムードができそうなのに、本当にみやはぶれないな。


「それより、ここから目的地近辺の迷宮ダンジョンにいる兵士、セーフゾーンの住人は避難させたんだろうな?」


「……いや、まだである。特に迷宮ダンジョン都市の避難には時間がかかる。少なくとも一ヵ月や二ヵ月で出来る事ではないし、護衛の兵士も必要だ」


「話にならならないな。これから行くのは召喚者だぞ。この意味が分からないはずはないだろう」





「いやー、見事にクロノスを演じてるねえ」


「え、俺あそこまで高圧的で話をはしょってる?」


「自覚が無いって怖いですなあ」


「あー、オレでも感じていたからそんなもんだと思っていたよ。自覚無かったの?」


「いやいや、アレこそがクロノスなんだからそれで良いんだよ。なあ」


 ……全然慰めになってねえ。


「まあ言葉はぶっきらぼうではあったけれども、なんか優しさは伝わってきていたよ。その辺り、やっぱりみやはダメだねえ」


「そうね。彼はやっぱりみや。安心しなさい、成瀬敬一なるせけいいち。貴方は違う。ただ人との距離感が測れていないだけ。今度梨々香りりかがゆっくりと教えてあげる。その固まった心の芯がとろけるまで……ね」


 え、いつ!?

 気が付けば、壬生梨々香みぶりりかが膝の上に座っていた。

 今さっきまで岩瀬純一いわせじゅんいちの隣に座っていたよな!?

 しかも服の中に手を入れてお腹をまさぐっている。いや待て待て。

 ――と思ったら、こちらも黒瀬川くろせがわが首根っこを掴んでポイした。

 まあ小久保夢路こくぼゆめじと違って綺麗な着地であったし、少し悪戯っぽい頬笑みを浮かべている。

 完全に弄ばれている感じだ。





「とにかく、奴等の全てが地上にいるとは思えない。必ず地下にいる。特にジオーオ・ソバデは確実に迷宮ダンジョンだ。この都市や国を本気で守りたいのであれば、こちらは一切の手加減は出来ないぞ」


「それは重々理解した上で援軍要請を出した。今のままでは、遠からずこの周辺の国は全て消え去るだろう。その時はラーセットもであるな。だがその様な事はさせぬし、我らもその気はない。そして、それは無傷で達成できるような相手ではない。存分に、その強大な力を振るってくれ」


「承知した」


 みやが出ていた後も、軍務庁長官のリンダボーは呟いていた。


「我が祖先の国リーフォン、流れ着いた国エザメルト、ユーノス……皆滅んで行く。そして今は我が故郷マージサウルが……我らの血脈は呪われてでもいるのか。ならばいっその事……」


 ユーノス……あの廃墟の都市の国名がそうだったな。

 けど安心してくれ。そんな呪いなど無い。

 ただ単の行動パターンがそうだったというだけの話だ。

 そしてもう、滅びる国は無い。


「俺達も行くとしよう。ここで片を付ける」


「そうだね。大丈夫、まだ構築した未来は崩れてない。あたしは無理だけど、確かに本体――じゃなかったね、ジオーオ・ソバデとは誰かが戦えるよ。だからきっとうまく行くんじゃないかな」


「それは何よりも心強いな」


 今の状況で、確定情報程助かるものはない。

 疑心暗鬼は鎖となり、体と意識を縛る。そこから解放される事の何と頼もしい事か。

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