第645話 この都市に入るのは初めてだったか

「俺にそんな勇気はねーよ。クロノス時代も同じだ。これでも分別は弁えているからな」


「嘘ね」


 ハイ、嘘です。

 神官の子たちとまとめて色々やっちゃいました。

 だがあれは仕方ない。緊急避難的な感じだ――なんて言うと失礼なのだろうが。

 そう考えると、ダークネスさんも色々事情がるのかもしれない。

 ある意味、俺は歴代のクロノスがトライ・アンド・エラーを繰り返して作った集大成だ。

 正しくは、最終的にはみやがだな。

 俺ではあそこまで自分を追い詰めることは出来なかった。

 緑川みどりかわが言う様に、至れり尽くせりの過保護な育成となっていたのだろう。

 まあ、実際に殺す気だった線が濃厚だから感謝をするというのも変な話だが。


「さて、では問題は無いという事で良いな」


「いや、問題大ありだから脱ぐな」


「ふむ、まあそれも良かろう。自分はこのまま密着しているので、耐えられなくなったらいつで構わないぞ」


 以前の俺だったら、おそらく途中で負けていただろう。

 だけどちゃんと出発前日は奈々ななと先輩の二人と過ごしたからな。

 今の俺は鋼の意思を持っているのだ。


「紙ストローみたいな意志でしょ」


 まあスキルを使いまくっちゃうと、歯止めが効かなくなるのは確かです、ハイ。





 ■     ☆     ■





 結局移動の最中、代わる代わる他のみんなと一緒に寝ながら初めてラーセットに来た時やクロノス時代の事などを色々と話す事になった。

 意外な事は、東雲しののめも毛布に潜り込んできた事だ。

 たしかに先代クロノスのお手付きとは聞いているが、中性的というより少年寄りの雰囲気なんだよね。

 体はしっかり女性だけど。

 ただこれも意外だったが、一緒に寝ていると意外と乙女だった。

 当たり前だが手は出していないよ。

 というか、季節は真冬。

 津々と降り積もる雪の中での野宿は召喚者でも負担はある。

 そんな訳で、大抵の人間は誰かと一緒に寝ている。

 そういった意味では、あまり不自然ではないのかもしれない。


 ただそんな事をしていると、夢路ゆめじが段々と不機嫌になって来るのが分かる。

 だけど彼女と寝たら、そこで俺の人生にはエンドマークが付く事が確定だ。

 そんな訳で、彼女とは見張りの時だけ一緒に話す事になった。

 ただゆっくりと近づいて来るのに逃げられない。それに目が離せない。

 あの瞳に見つめられていると、まるで本能の様に彼女が来るのを待ってしまう。

 柔らかそうな唇が近づいて来る。このままだと本当にこの世からおさらばする事になる――が、あと一歩の所で黒瀬川くろせがわが首根っこを掴んでポイと捨てる。セーフ。

 しかしこれだと日本だとどういう生活をしていたのか気になるな。

 怖いから聞けないけど。





 □     ★     □





 こうして寒風吹きすさぶ高山を越え、無数の亀裂のような谷を越え、大河や森も雪の中を行軍し、マージサウルの周辺都市であるウェースマイルが見えて来たのは8日目だった。

 まあ高山からでも見えたけどね。見るだけなら。


 こればかりは運というかなんというかだが、南のイェルクリオは奴らの進撃ルートが首都であるハスマタンへ一直線だった。

 ただ北のマージサウルは首都バルクマスコへの直撃コースではないのが幸いか。

 代わりに奴らの発見報告があったのはここウェースマイルだ。

 ラーセットよりも少し小さいが、地上に出たセーフゾーンが3つもある優良な都市だと聞いた。


「さて、こまで来たがどうする? やはり挨拶はしていくのか?」


「当然だろう。ある程度は地位のある人間に会わない事には、ここまで来たという証明にはならないからな」


 面倒だが仕方ない。俺はまだまだ元気だが、皆には少しだが疲労の色が見える。

 情報も必要だし、休憩も必要だろう。

 というか、俺のスキルの事は皆がもう知っている。

 特にクロノスと共にいたものは実感があるのだろう。

 大和だいわやひしお、東雲しののめが夜中に交代で毛布に入って来たのは、その事を気にしてくれたからなのかもしれないな。

 感謝しないと。





 ◇     ★     ◇





 こうして2日後には、予定通りマージサウルの玄関口であるウェースマイルに到着した。

 もう既に話は通してあるし、それは正しく伝わっていたようだ。

 みやが入り口に近づくと、壁に付いた窓にいた兵士が大騒ぎをしてすぐに門は開いた。


 それにしても、誰が向かったか分からないように最古の4人だけでなく全員が認識阻害をしている。

 向こうからすれば、半透明の亡霊集団だ。でも話さえ通っていればオッケー。

 なんだかんだでこの世界の住人は、さすがに怪物モンスター慣れしているなあ。


 まあこの姿は本体がばら撒いたセンサーである小さな同類対策だが、召喚者が出た事を隠す気は元々無い。

 大切なのは、誰が行ったかを悟られない様にするためだ。

 というか、元々外に出る時は全員が認識阻害をしていたそうだ。

 全員といっても、教官組までだけどね。咲江さきえちゃんも龍平りゅうへいもしていなかったし。

 まあそれなりに貴重なアイテムだし、いつ死ぬか分からない新人に持たせる事は無いか。


 だけど俺だけは認識されていた。

 アイテムに不備があったわけじゃない。おれと本体とのつながりが、同類にも伝わっていたって事だ。

 俺もまた奴が自分を認識した事を感じた。

 こういうのも相思相愛とか言うのかね。


 都市の中はすっかり雪景色だが、緑の壁や同じ素材の高層ビルには一欠片の雪も付いていない。

 ラーセットに雪が降った時もそうだったが、そういった素材なのだろう。

 その代り、レンガ作りの普通の建物には結構積もっている。さすがに北だけあって、ラーセットよりも雪は深いな。生活は苦しそうだ。

 だけどマージサウルの首都は更にこの北に在り、この更に北にも国がある。未だに恨みが消えていないリカーンなんかもそうだな。

 この時代のリカーン人にはまるで覚えのない事だろうが、それはそれで戦争はしていたそうだし、この時代でも別の形でやり合ってはいたんだろう。


 それはさておき最果ての国とか大変だろうなとか思うが、地球でも北海道よりさらに北にも人間は住んでいるんだ。

 案外何とかなるものなのだろう。


 そんな事を考えながらぼんやりと付いて行くと、レンガ作りの建物に案内された。

 高層ビルじゃない所にこいつらの態度が分かりやすく感じられるが、個人的にはどうでも良い。

 というか、ここで潰している時間がどうでも良いんだよな。

 宗教的な関係で、マージサウルとは決っして相いれない。

 それは俺がクロノスの頃から全く変わっていなかった。

 ただまあ、驚く事じゃないよな。宗教なんてものは100年足らずで変わりなどしない。

 しかも最初から険悪な状態からスタートし、その後も小競り合いを繰り返していたとなれば変わりようもない。

 ここに来たのは、単純にこの世界の常識に従ったからだ。

 それ以上でもそれ以下でもない。

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