第641話 作戦はもう決まったな

 さて、ここからは椎名しいなのスキル待ちだ。ここで彼女が奴を見失ったら、それはスキルを使ったという事だ。

 逆に俺が召喚された時――大月歴の198年まで遡って探知が続けられたら、奴はスキルを使えない。少なくとも距離を外すという事はな。

 普通に移動して範囲外に出てしまう場合もあるが、よほどの事が無い限り巣は移さない。

 あ、でも何度も戦っているんだっけ……まあいいや。その場合は仕方がない。

 どちらにせよ、先代クロノスが死んでからは本体戦をほぼやらなかったようだし何とかなるだろう。


 蔵屋敷里香くらやしきりか達は、俺がこの世界に来た時点で精神が融合した。

 奴も同様と考えて良いだろう。

 当面遡る時間はたった4ヶ月。クロノス時代より成長をしていないとはいえ、この位は直ぐだろう。

 問題があるとすれば、奴がスキルを使っていない場合は藤井ふじいはどうして奴と戦えないのか?

 それが分からない点が不気味だ。


 もしかしたら追いつめられ逃げ場を失い、最後の賭けとして使う可能性も否定できない。

 結局俺は全能の神ではないのだ。

 ただやはりそれは無いだろうな。

 木谷きたにじゃないんだ。最後の最後で自分の命をチップにするやつじゃない。

 というか、木谷アイツはいつでもそうしているか。





 □     〇     □





「ちょくちょく範囲外に出ますが、また戻って来ていますね」


椎名しいなは今、どの位の範囲までを探知できる?」


「距離ですか? 大体120キロメートル位です」


 灯台下暗しというが、かなり近くに潜伏していたんだな。


「あ……消えた」


「いつだ?」


「ええと……ここは大月歴の254年で、7月12日……かな?」


 本当に融合して1日で使ってやがる。

 こういう所がますます怖い奴だ。単なる慎重なタイプなら、安全に実験出来るにはどうしたらいいか考える。

 時間をかけてじっくりとな。それこそ100年や200年だって考えて探し続けるだろう。

 だけどどれほど時間をかけても、そんな方法はない。スキルは怪物モンスター用ではないからな。

 なのに僅か一日。正確には数時間でその結論を導き出した。

 理由は本人にでも聞いてみないと分からないが、その時点で奴は俺を倒す方法を考え始めたのだろう。

 そしてそのために必要となったら、迷わず未知のモノに手を出す大胆さと使う為の方法を導き出す知能がある。

 本当に嫌な奴だな。


「それでさ、何処に行ったかはわかる?」


「ダメです。完全に消えました」


「大体どのくらいの距離にいた?」


「100キロと少しです」


 それだと実際にどこまで飛べたかは分からないか。だがここまでの行動を考えれば、やはり北は本命であるが同時に囮。出来なければこんな動きはしないだろうからな。南北の距離を考えれば、最低でも600キロメートルは飛べると

 中途半端に攻めればこちらの戦力は削られ、全力で攻めたらおそらくラーセット近辺かハスマタンの味方と合流しラーセットを攻める。

 これまでの時間軸と同じく、相当粘らないと南の援軍は届かない。何せ北より遠いしね。

 そしてラーセットには粘れるだけの兵力は無い。

 これは俺を倒すためでもあるが、やはり屋台骨を崩す事が目的に感じる。

 味方かラーセット。どちらを失っても、もう短時間で奴に届くことは無い。


 だけど一度見失ったとしても、椎名しいなはサーチした対象の特徴は忘れない。

 北で勝つ。それが大前提だ。

 この段階で勝てなければ、もうお手上げだろう。

 だが勝っても倒せない。奴が仕掛けた2段構えの作戦はそういうものだ。

 だから両方で勝つ。口で言うのは簡単だが、本当にそれしかないのだからやるしかない。


 不可能だろうか?

 ふと周りを見渡す。うん、女性ばっかりだ。

 いや、たまたまの偶然だよ。

 だけど、これなら勝てるさ。それで終わりにしよう。





 ◇     ★     ◇





 そんな訳で、再び召喚庁にご到着。

 ひしおと夢路ゆめじは少しお疲れか。

 まあ色々試したくて結構無茶な移動をしたからな。

 しかし他は平然としているところがすごい。


「随分早く戻ったな」


「結構簡単だったからな」


 珍しく、みやの眉がピクリと動く。

 相当に意外だったようだ。


「ならば作戦は決まったのか?」


「ああ、決まった」


「では説明を頼もうか。丁度――」


「よう、連絡を受けて戻ってきた。教官組で出ていた連中は雑魚狩り中だ」


 緑川陽みどりかわようが戻ってきていた。

 これで奈々なな龍平りゅうへい、それに木谷きたにらの教官組を除けば、最高のメンバーが揃った訳だな。

 話が早くて助かる。

 まあ同じ戦力でも児玉こだまは置いてきたが、これからいう作戦を伝えたら俺が殺されるからな。


「それで、どうやって奴を倒そうっているんだ? 何せクロノスすら倒した奴が相手なんだからな。なあ、みや


「……前置きは不要だ。作戦を教えてもらおう」


「丁度ここにいるメンバー全員で北のマージサウルに行く」


「んー、結局そうだよねー。残念。結局は全知通りか」


「いや、多分戦う機会はあるぞ。存分に作ってやる。作戦はこうだ」





 □     ◎     □





「正気か?」


「およそ人間の思いつく事じゃないわね」


「あたしは面白そうだから賛成」


「ふうん……こちらはどうせ死んだ身だし、良いけど。けど、そんな風に利用するとは思わなかったかな」


「こちらに異論はない。元々戦いに際し、死を恐れた事など一度もない。ただ恐れるのは死に様のみだ」


 大和こいつ絶対に日本では浮いてたろうなー。

 確実に生まれる時代を間違えてるわ。


「でもですけども、それだと結局は逃げられてしまう気がしますねえ。走って逃げる相手でも、もう大変で大変で。それが距離を――飛ばす、ですか?」


「外すです」


「そうそう。それを使う限り何をしても無駄じゃなかろうかと思うのだけど」


「それはオレもひしおさんと同じ意見だ。正直、アンタの作戦は悪くない。本当に決着を付けられるのなら、その案に乗ろう。だけど無限に逃げる相手をどうするんだ? それに時間まで戻るんだろ?」


「時間に関しては、今はまだできない。だけどこのまま間を置けば、やがてまた使い始めるだろうな」


「ですわなあ。それで、敬一けいいちさんは、スキルの問題をどう解消するおつもりで? ウチとしては初めての体験になりますので、やるからには覚悟というか、やるだけの価値が欲しい所ですわ」


 その言葉と共に、黒瀬川くろせがわの煙が漂ってくる。

 さすがに色々あって考える事も多いのだろう。このところ少し吸う量が増えているな。


「確かに俺以上に使われたらお手上げだろうな。とてもじゃないが追跡は出来ない。だけどおそらくできない」


「根拠は?」


「それをした時は、奴の終わりを意味する。何処で死ぬかは分からないが、結果はつながりが消える事で分かるだろうさ」


「へえ、自信だねえ。だけどどうしてそう考えたんだい?」


「第1に、俺より使えるならとっくに便利に使っている。だからそれは無い。それともうセーフゾーンの主に話を通してある事は――言ってなかったか」


 そういや双子の事に関しては謎の存在という事になっていたな。

 ダークネスさんも語らないし、今更変なのが付いていても驚きもしないしな。


「やるねえ。というか意味が分からねーよ。あんな人間を襲う事しかしない連中にどうやって話を通せるっていうんだ? いや、もうそんな常識が通用しないのは分かっているさ。後は付いて行けばいいんだろ。任せてくれ」


緑川みどりかわは少し黙っていろ。それで、セーフゾーンの主との話と奴にどんな関係があるんだ?」


「そもそもが、アイツは迷宮ダンジョンの住人からすれば異物なんだよ。その辺は人間と同じだな。だからセーフゾーンの主どころか迷宮ダンジョン怪物モンスターにすら襲われる」


「それでも倒されずにいるから世界を滅ぼす3体なんだろ? 今更じゃねーか」


 まあ東雲しののめの疑問もっともだ。

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