第642話 これからはこういう席にも慣れていかないとね

 これで予定は決まったが――、


「構わないが、私は準備が忙しい。不参加とさせてもらおう」


「俺もちょっと不参加だな。人が多い所は苦手でね」


あんた、最高権力者じゃなかったんかい? こういう時は参加せんと」


「その辺りは黒瀬川くろせがわ風見かざみが取り仕切っておりますので」


緑川みどりかわ先輩もですか? こういった席には必ず参加していたのに」


「色々あるんだよ。まあ無用な詮索は無しってことだ。じゃあ3日後にな」


「は、はあ……」


 そう言って緑川みどりかわは出て行ったが、やはり体の事だろうな。

 まだ頭から内臓の辺りまでは比較的無事な様だが、筋肉の内側は相当に侵食されている。

 あれが頭まで回ってしまったらお終いだ。常にその事を気にしているのだろう。


「では解散するとしよう。こちらの宿舎は用意できるのかな? 今更我々の居た宿舎はもう無いだろう」


「来賓用の最高の部屋を用意するわ。それと、遺品には一切手を付けていないから。後で運ばせるわね」


「それは意外だねえ。全部国庫に納めたと思っとったよ」


「当初はそれも考えていたのですがなあ。ただ一所ひとところに纏めると、万が一の時に致命傷になりかねません。そこで、使う必要があるまで分散させといたのですわ」


 そこはもうちょっと感動的な話にでもしとけよ。


「それで使う機会が無かったという訳か。意外と物資は充実していたのだな」


「確かにな。オレたちの装備はそれぞれ特級品だ。次の奴にでも回していると思ったよ」


「それだけに迂闊には使えなかったのよ」


「どちらにせよ、きちんと残っているの嬉しいわ。木戸義春きどよしはるくん。長瀬博文ながせひろふみくん、大淀丸子おおよどマルコくん、井野辺信二いのべしんじくん、佐々木瑠偉ささきるいくん、福井東也ふくいとうやくん……ちゃんとまた会えるのね」


「その刺し殺した男の名前を使ったナイフに付けるのやめなさいよ」


「もうひとつ成瀬敬一なるせけいいちくんも加わりそうだねえ」


「絶対にお断りだ! まあ何にせよ、事務関係は任せた。今日は解散だ」


「そうね。詳しい割り振りは蘇生の最中に決めてあったから、それぞれの場所で休んで頂戴。装備品の場所も書いてあるから、気になるなら宿舎に行く前に受け取ってくると良いわ。あそこは今でも24時間体制で警備しているから」


「ふふ……相変わらず手際が良いのね。梨々香りりかたちの分は諦めていたから出発までに何か貰おうと思ったけど――ってこれって」


「まあ、武器は大体フランソワの倉庫に入っているわ。一応壊してはいないと思うけど」


「ええ、ある意味預かりものですから、最後の手段として使わずに温存していました」


「ねえやっぱしフランソワ教官の様子がおかしい。ゆめの知らない間に改心したの?」


「それは無いので、まあ油断しないようにするのが一番ですなあ」


 じろりと睨んだフランソワの瞳は、黒瀬川くろせがわが吐いた煙で遮られた。

 まあいつもの事だ。

 色々あり過ぎて、本気で疲れたよ。主に脳がな。さっさと帰って奈々ななと先輩に甘えるとしよう。





 〇     ★     〇





 翌日、奈々ななたちの顔見せも兼ねて、ラーセットにいる召喚者全員が集まる大宴会――もとい、歓迎会兼送別会が開かれた。

 場所は召喚庁にある、普段は倉庫に使っているホールだ。

 中央に芯となる巨大な柱があり、4か所には補強用の柱を兼ねたエレベーターが設置されている。

 普段は補強も兼ねて細かく壁で区切られているだけに、こういった部屋は新鮮だ。

 既にテーブルや椅子、料理なども用意されており、隅の方には調理コーナーまで設置されている。

 セポナも連れてきてあげればよかったが、悪いが今回の主賓は召喚者のみだ。

 それと残念ながら木谷きたにたち4人の教官組はまだ外回り中。それとみや緑川みどりかわ、探究者の村のメンバーが来ていないから――というか時間的に無理なので――35人の召喚者が集まったわけだ。

 何とも壮観だね。


 そして集めったメンツを見ると、当然の様に壬生みぶらの視線は奈々ななと先輩に集中している。

 まあ当たり前すぎて驚かないけどな。なにせ蘇生組では小久保夢路こくぼゆめじ苅沢和代かるさわかずよそれに椎名愛しいなあい以外の全員がクロノスと肉体関係にあった。風見かざみ児玉こだまも今更言うまでもない。

 そのクロノスの本来の恋人には、全員が興味津々という訳だ。


 まあ害意のある目で見る人間はいないし、こういった視線には二人とも慣れっこだ。

 ちょっと夢路ゆめじを警戒したが、特にこれといった動きは無い。

 まだ俺が彼女の所有物になっていないからだという事だろう。

 絶対にならないようにしなければ。

 俺だけでなく、奈々ななたちの安全のためにも。


 それに児玉こだまは俺とも関係があるしな。彼女も彼女で複雑なところだ。

 ただ奈々ななと出会った児玉こだまはもういないから、彼女もまたこれが初顔合わせという事になる。

 そんな訳で、宴会が始まると二人は蘇生組にあっさりと囲まれて質問攻めにあっていた。

 だがまあ、これは日本では毎度の事だ。

 内容は「何であんなのと付き合ってるの」とか「人の男に色目使ったでしょ」みたいなのばかりだったが。

 だけどこちらではそういった質問は無いな。日本での俺がどんな感じだったかとかは聞かれているが、まあ素直に話してしまって良いだろう。減る物じゃないし。





 †     †     †





 こうして各自がワイワイ話している中、俺はというといつの間にか部屋の隅っこに移動していた。

 どうもやはり、人が多いと酔ってしまう。

 いや分かってはいるんだよ。色々あった事は確かだが、それを理由に奈々ななたちとしか人間関係を作らなかった。

 それは変えないといけないのだが、なかなかうまくいかないものだ。


「主賓がこんな所で何をしている。ちゃんと輪の中に入ったらどうだ?」


大和だいわか。それは分かってはいるんだけどね。ちょっと人に酔っちゃったよ」


「ふむ。面白い事を言う。君が本来のクロノスなのだろう? しかも若い。自分が知るクロノスは、一晩で10人は相手にしたぞ。君なら20人は相手に出来るだろう。とても人に酔うなどとは思えぬのだがな」


 ダークネスさん――というか先代の俺が撒き散らした風評被害が凄い。


「さすがに先代と比べられてもな。そういえばまだ誰にも話していなかったな。俺が一度クロノスだった話は聞いているだろ?」


「ああ、当然だ。そうでなければ、君をクロノスなどとは呼ばぬよ」


「そういえばそうだ。どうもまだ本調子じゃないな。まあそれでなのだが、確かにクロノス時代は大勢との式典もあった。責務だったが、苦では無かったよ。それは日本での体験が大きいな。あの頃は一人でいられる時間ってものが殆ど無かった。ごくたまに自室に戻った時くらいか。後は大勢の人間とひたすら研究や話し合いさ。ただ今はどうも高校生だった成瀬敬一なるせけいいちの精神に影響されているようでね。何というか、心が若いんだよ」


 そう……今の俺には知識も体験もある。だけど心の本質は初めて召喚された頃の、3人がいれば誰もいらない――そう考えていた頃のままだ。


「ふっ、自分で言っていて恥ずかしくならぬか?」


「言ってろ。だから今はちょっと、人込みは苦手だ」


 だけど、この中で何人が――いや、もう俺とラーセットが無事なら本当に意味では死なないんだ。

 とは言っても、何度も致命傷をくらった身から言わせてもらえれば、あれは慣れない。

 けれど……。


「さて、自分はそろそろ戻ろう。君はどうするね」


「戻るさ。ちゃんと全員に挨拶をしておかなければね」


「そうだな。今は君がリーダーなのだ。今後ともよろしく頼むよ」


「努力させてもらうさ。皆にかけてしまう負担以上にはね」

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