第640話 ここはやはり彼女に頼ろう

「それで結局どうするの?」


「まあ焦るな。慎重な奴の事だ、必ず一発勝負はやらない。それにハズレスキルをそのまま使えるわけでもないだろう。唯一警戒するべきは、距離を外す事だ。死なない方に関してはどうとでもなるからな」


「確かに、それが可能なら藤井ふじいさんが構築した未来も納得ですね」


「フランソワ教官が、あたしに“さん”を付けた!? ねえどういう事?」


「それはまあ、話すと長くなりますわなあ。今は取り敢えず流しておきましょ。それよりも、それを織り込んでの未来は構築できますん?」


「あれから変化はないなー。全知は自分がどう動けば正解に辿り着くかってスキルだから、周りの動きがある程度決まらないとダメなんだよね」


 まあそりゃそうだな。

 予言と一緒。どれほど正確だったとしても、言った事と違う事をすれば簡単に変わってしまう。

 さっきのは全員で北に行く事を前提にした結果か。


「このまま予想だけで話していても不毛なだけだな。他に手が無いのなら、結局は北への援軍に行くしかない。行きたくないだの、行っても無駄だと思うなんて話は世界には通用しないからな」


「まあ待て。どうせ少しは余裕があるんだろ」


「そうだな……軍務庁が遠征軍を編成して出立するまでに3日程か」


 早いな……と思ったが、元々ここはいつ迷宮ダンジョンで異変があるか分からない。

 しかも、今は南に対して備えていた状態だ。

 必要な出撃準備は出来ていて、後は移動ルートの決定や補給などの編成にかかる日数が3日と言った所か。


「それだけあれば十分だ。俺は一度戻るよ」


「全て任せる事にしたのだ。好きにしろ」


「じゃあ椎名しいなの所に行ってくるよ。あいつなら、俺の予想が正しいかどうかが分かるからな」


「もし違っていたら?」


「そんな事は毎度の事だよ。何度も失敗しては試行錯誤してここまで来たんだ」


「愚問だったな。それでは連絡事項は以上だ。全員、いつでも動けるように支度をしておけ。最終判断は成瀬敬一なるせけいいちに一任してある。以上、解散」


 完全に丸投げだな。

 だけどまあ、奴に関しては俺が一番わかっているからな。

 責任は重大だが、多分それが一番マシなんだろう。





 ◆     ☆     ◆





 そんな訳で、戻ってきました神殿庁。というか大神殿。

 まあ見た目は他の高層ビルと同じだし、移動はエレベーター。

 俺たちの世界の神殿とは見た目はかなり違うが、中はちゃんとしているから良いか。


 椎名愛しいなあいはまだここにいるんだよね。

 黒瀬川くろせがわは自分の宿舎で面倒を見るつもりだったようだったけど、あの状況だったしね。

 さすがに一人で外に行かせるとは思えない。

 児玉こだまはまあ……風見かざみが用意していたであろう個室だろう。

 ひたちさんより趣味はまともだとは思うが、まあ見たら殺される事には変わりは無いな。パス。


「あ、お帰り」


 と思ったら椎名しいな児玉こだま一ツ橋ひとつばしと揃って待機しているし。

 緊急事態だ。それなりに予想はしていたって事か。

 ヨルエナはいないが、さすがに聖堂庁の仕事もあるしな。


「悪いが椎名しいな、早速働いてもらいたい。実は――痛えええー!」


「アンタ本当にデリカシーってものが無いわね!」


「というよりも、コミュニケーション能力が絶望的に不足しておりますわ」


 風見かざみに尻を鷲掴みにされた。

 つか指の第一関節くらいまでが食い込んでいる。これじゃあ本当に猛禽類の爪だな。


「あはははは! 若くはなっているけど、本当にクロノスなんだね。感覚で分かってはいたけど、本当にこうして会うと色々複雑な感じだよ。それと、あたしと違って椎名しいなさんはクロノスあんたの事は知らないよ。残念だけどね」


「だろうな。分かってはいたけど、なんか習慣だな、すまない。初めまして、椎名愛しいなあいさん。俺は成瀬敬一なるせけいいち。今現在、本体戦に関しての全権を任されていると思ってくれ」


「……は、はあ」


「早速だが君のスキルを使ってもらいたい」


「でも、あたしのスキルは――」


「場所はここだ」


 そう言って、座標を書いた紙を渡す。

 ラーセットのセーフゾーンを起点としても方位図に、距離、方角、高さを書き込んだものだ。ついでに今回は時間もな。

 俺は最初にこの時代に来た時は全然こういったものに触れていなかったが、ひたちさんや咲江さきえちゃんも方位図はと現在位置を示すコンパスのようなものは持っていた。

 というか、こういうものが無いと俺でもない限り迷宮ダンジョンも外も移動できない。

 俺みたいにスキルの勘任せなんてのはそんなにいやしない。

 なんとなくの記憶でクロノス時代にも同じ物を使っていたのが幸いした。


 この場所は、俺が本体とこの時代で初めて会った場所だ。

 当然、俺が行く事は分かっていた訳だが、あの時点でもう色々と手を回していたのか。

 だがその分、他に強大な相手はいない。間違える事もあるまい。

 奴は確かに慎重だ。故に強い――強かった。というか今でも強い。

 だが俺を取り込んだせいか、隙がある。

 少なくとも、これは致命的なミスだ。

 クロノスを取り込んだことが災いしたな、馬鹿め。

 俺が言うべき事じゃないけど。


「この時間にこの時点だと、2つ反応がありますけど」


「俺は分かるだろ? もう片方を過去へ遡って追跡してくれ」


「えと――」


 ちらりと黒瀬川くろせがわを見ると、うんと頷いた。

 まあそう簡単に信用しないよな、この時間軸の人間は。


「こちらは大型ですね。それに早い……少し時間を頂けますか?」


 そういえば、椎名しいなは今の本体を知らなかったんだな。


「構わない。ただ次の事が起きたら中断して教えてくれ」


「次の事?」


「一瞬で場所を移動した場合だ」


「え、そんな事が?」


「まあとにかく、言われた通りにやってみましょ。ね」


「う、うん」


 そうだ。奴は慎重だ。

 ぶっつけ本番で意味も分からないスキルなんてものは使わないし、使えない。

 必ず何度か試す。

 当然だが俺と出会った時点ではまだという可能性もある。

 だけどその線は薄い。


 この時代の奴と、クロノスと戦い破れた奴の意識が融合した。

 その時に思ったはずだ。取り込んだクロノスの力を自分の物に出来ないか。

 となればすぐに試す。時間を置くべき理由がない。

 1年待とうが10年待とうが何も変わりはしないのだから。

 ただ気になるのは、初めてこちらで対峙した時だ。

 もしハズレで距離を飛ばせるのなら、なぜやらなかった?

 可能性は3つ。


 一つは全く使えない。これが一番楽だが、楽観はできないな。

 というか有り得ない。


 次の可能性は切り札として力を隠している。実はクロノスを取り込んだ時から使えていて、それを知られたくないって可能性もここに入るな。

 初めてこの時代に戻って来て本体と出会った時。あれは奴にとって千載一遇のチャンスだった。俺は単独で、しかも圧倒的な力の差がある。

 だけど奴は使ってこなかった。俺を見つけることが出来なかったのか、互いに距離を外しての追撃戦が不毛だと理解していたのか。

 何せそんな事をすれば、俺はラーセットまで逃げる。

 そうなったら、奴一人で単身ここに乗り込むのか?

 絶対にないな。

 だがそれだと神罰をくらいながら逃げた説明がつかない。あれは本当に死の危険を感じたはずだ。

 それでも使わずに温存した。

 普段なら考えも付かないが、あの時点で配下を分けていたのならそこまで計算していた事は十分にあり得る。


 次は使えるが、使える回数に制限があるかだな。

 その制限が何なのかは分からないが、俺たちは精神を削りながらスキルを使う。

 奴もまた何かしらの代償があり、それが俺たちより大きいとしたら?

 いや、使えるなら確実に大きい。

 俺より多く自由に使えるのなら、とっくに北も南も、下手をすればここラーセットも火の海だ。

 自由に飛び回り破壊や感染を続ける本体を止める術なんてそうは無いからな。

 だが現実にはそんな事は起きていない。

 だから何度もは使えない。最後の最後、本当に追い詰められた時の最後の手段。

 もしくは、それにより必勝が期待できる場合か。


 そう考えると、やはり2番目と3番目の複合って最後の可能性が一番しっくりくるな。

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