第639話 ハズレスキルがあるなら根底から変わるな

「それで援軍はどうるするつもりだ」


「はいはーい、北に行ってきまーす」


「だからお前はダメだ!」


「けちー!」


「どうせ期待に沿える相手がいるとは限……いるのか?」


「うん、出会う所までは構築した。本体は北。だけどやっぱりそこまでかな。逃げられちゃうけど、まあ一番楽しいよ」


「それは一部正しいだろうが、最後は間違っているな」


 いや、藤井ふじいにとってはそうなるのかも知れない。

 だが確定情報となれば情勢が大きく変わる。

 こいつのスキルは”全知”。奴と戦える未来は既に構築された。

 なら本体は北にいる。

 しかし逃げられるのだろうな。藤井ふじいは今のままでは残念賞だ。

 だが倒すのは彼女じゃなくてもいい。俺でも他の誰でもいいんだ。

 絶対に逃がさない。


「全員で北へ向かうで良いの? まあ当然、十分な守備も残さなくちゃいけないだろうけど」


「そうだな……」


 主力は全員で北に向かって良いか。

 ここの守備はここまでの生き残りである新庄琢磨しんじょうさんや須恵町すえまちさん、それに咲江さきえちゃんや元14期組がいれば十分にと……いや、北にこぞって行けば、ラーセット周辺にいる連中が必ずここに攻めてくる。

 南で確認された連中も来るだろうな。

 ここが俺や他の召喚者の拠点である以上、ラーセットの破壊はかなり優先順位が高い。

 やはり半端な守りじゃダメか。


 今の段階で南を警戒している木谷きたにらの教官組を加えれば足りるか?

 さすがに探究者の村のメンバーをここに呼ぶのもな。元々戦力外が多すぎるし。

 ただ今度はこちらが南の援軍を得られる立場だ。

 現地人はあまり当てにはならない事はハスマタンの援軍に行った時によくわかったが、3分割された連中を背後から襲うのなら何とかなる。

 だけど最初にラーセットが襲われた時と同様、よほど上手いこと籠城しないと南の援軍は間に合わない。


藤井ふじいの全知が北に奴がいると示したのだ。迷う事はあるまい。折角成瀬なるせがこれだけの戦力を整えてくれた。我々には知る事すら敵わなかった時間遡行を知り、尚且つ奴を時空の断層まで追い詰めている。今ここで奴を倒さねば、次の機会はいつになるのか。可能な限りの戦力を持ってマージサウルへ行くべきだろう」


 こいつは目の前に壬生みぶたちが居ても全くぶれないな。

 殺したのはお前らだろ。まあ反乱の鎮圧ではあるけれど。

 まあそんな事など今はどうでも良いが――、


藤井ふじい、お前は奴との出会いまでは構築したと言ったな。そしてそこまでだとも。奴は今どこにいて、どういうルートで行けばいい? 敵の戦力などは視えるか? それに、最期はどうやって逃げられる?」


「さあ?」


「いや、さあじゃなくて」


「そいつに聞いても無駄だ。オレも何とか分かるようにならないかと思ったが、それは根本的にダメなんだよ」


「スキルの効果の問題か? それとも藤井こいつの知性の問題か?」


「ひどーい!」


「確かに今のは酷いですなあ」


「あまりいじめちゃだめだねぇ」


「いや、言い方が悪かった。なにせ人知を越えたスキルだ。説明するには言葉で表現しきれる限界を超えているのかと思ったんだよ」


 確かに脳筋だがアホの子ではないだろう。多分。


「まあボキャブラリーの少ない馬鹿と言った事には変わりはないけど」


「だからそこまでは言ってないって。それでどうなんだ?」


「んー、見えないパズル的な? 確定でこうなるって未来までの道は、暗闇の中に続く一本の線の様に感じるの。その先に結果を構築して、その様子は視えるんだよ。でもその線の示した通りに動かないとダメだし、途中も視えない。その線がどういうものかは、実際に動いてみないとわかんないの」


「本体まで辿り着ければ良いのではないですか? 倒すのは敬一けいいちさまでも別の方でも良いわけですし」


「あ、ああー、あうう」


 岩瀬純一いわせじゅんいちの言葉はやはり分からんが、フランソワの言葉はもっともだ。

 実際、俺もそうは思っているんだが……。


「んん? 何か心配事? 梨々香りりかで良ければ聞くよ」


「そうだな――」


 これは向こうの意思じゃないだろうが、事が上手く運び過ぎている気がする。

 俺のスキルがハズレのせいだろうか。これぞ完璧と思った事は大抵失敗する。不安が残るくらいがちょうど良い。


「このまま行ったら、多分取り返しがつかないミスになる。そんな気がする。藤井ふじい、奴を逃がしてしまう未来を、どうにか逃がさないように再構築できないか?」


「んー、ダメかな」


「それほど重要な事かねえ? 君のスキルもその子のスキルも分からないけど、君が一度倒している話は聞いているよ。それにこれだけの戦力を加えれば、大概何とかなるんじゃないのかい?」


「その、これだけの戦力でって所がね」


 そうだ。これだけの戦力の中でも、藤井ふじいの戦力は突出している。

 本体戦では、絶対にメインとしてぶつけたい。というか、絶対にぶつける。

 だけど逃げられる。それはなぜだ?

 死ぬわけではい。彼女のスキルは自分の死すら理解する。

 足止め? それは別の者が対処すればいい。大体、俺がいるんだ。彼女が戦えない訳がない。

 ならなぜだ?

 考えたくはないが、考えられる手段があるにはある。

 一つは逃げられた後、俺だけが距離を外して追撃。これなら藤井ふじいが戦えない事に理由がつく。

 しかしその場合、戦っているのは俺だけか。

 勝てるか? 無理だな。

 ただそれでも俺の予定がちゃんと機能するのなら、やはり藤井ふじいの戦いは終わってなどいない。

 必ず追いついて来させる。


「奴は確かに北にいる。そして全員で当たらなければ倒せる相手ではない。だけど、倒せる時にはおそらく倒せなくなっている。そう考えるのが妥当って所かな」


「理由を聞こうか?」


「奴の切り札が、1つ増えているって事だよ。ハズレというスキルがな」


「意味が分からぬ。説明はしてくれるのであろうな」


武蔵むさしは死んでいたから知らないが、奴はクロノスの死体を取り込んだ。姿も別ものになっているよ」


「なんと!? 死んだ事は聞いてはいたがな……」


「だが使えるのであれば、これまでも使っているはずだ。神罰まで受けたのだからな。今になって急にスキルに目覚めたとでもいうのか?」


「それより、本当に敬一けいいちさんのスキルが使えるのであれば、今頃は頭がおかしくなって暴れまわっている頃ではありません? 制御アイテムを入手できるとは思えませんなあ」


「あいつらと人間が同じ精神構造とは思えないから、悪影響に関してはどうかな。だけどそれと同時に使いこなす事は出来ないと見たよ。これもまた、スキルが人間用――それも召喚された地球人専用だからだな。だけど先代クロノスの一部が取り込まれている。完璧ではなくとも、その一端くらいは使えるかもしれない」


「可能性は無くも無いって程度ですか」


「そうなんだが、ずっと引っ掛かっていたんだ。あいつは今、北のマージサウル周辺にいる。そこは最初に発見され、最も俺たちが行く可能性が高い場所だ。そこで俺たちと戦って、不利になったらラーセット周辺と南の同類や眷族を動かすのは間違いないだろう。だがそれでどうする? 俺はもう、近くまで行ったら見失わないぞ。戦って勝てなくとも、雑魚を倒しながら皆を待つ。幾ら逃げても死ぬまで追いかけて潰す。逃走手段が今まで通りなら、逆に詰みだ。だけど本当に自分が北で死んだんじゃ、今回の分散自体に意味がない。あいつに北からラーセットか南へと一瞬で移動する手段が無ければ、この作戦自体がもう作戦とは呼べない。無謀な自殺行為なんだよ」


「でもクロノスの言う様に、使えるなら神罰をどうにか出来たんじゃないの?」


「それは俺が出来ないから無理だな」


「堂々と言われましても……」


「まだちゃんと見せて貰っていないけど、そのハズレスキルって言うのは何が出来るスキルなの? 岩瀬いわせ君との一戦を見た限りでは、少し便利な回復系程度に見えたけど」


 藤井つぐみふじいつぐみ興味津々といった感じだが、確かに説明はしていなかったな。

 というよりも、詳しく説明できる人間はいないか。俺も含めて。


「まあ何でもできるよ。そして何も出来ない。何せハズレだからな。便利なようで不便。かゆい所に手の届かない、そんな曖昧なスキルだ」


ゆめにはさっぱり。今度――じっくり、ね」


 明らかに張り付こうという動きを見せたが、フランソワが間に入った瞬間に引いた。

 流石に実に頼りになる。

 指揮官としてはダメだが、軍曹的な感じか。まあ教官組だしな。

 それはさておき、俺の説明に納得する者も居ればそうでない者も居る。

 これは実際にクロノスと共に戦って来た者なら、実際に見て知っている事なのだろう。

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